エクロン町編

第472話「エクロン町への入町」

 俺は町の門の前に立っている。ここには『エクロン町へようこそ!』と書かれていた。


「ええと……クロノさんだったかね? この町へは一時滞在と言うことでいいのかな?」


 門兵さんの言葉に俺は頷いた。旅人だと言っているのに今さらの話ではあるがこの人とはまた初対面だからな。


「旅の途中で寄っただけです。定住しようなどとは考えていませんのでご心配なく」


 門兵さんは俺の言葉にため息を漏らした。


「移民の連中は皆そう言うんだよ……あんたは大丈夫なのかね?」


 要するに移民問題に困っているということだろう。俺はストレージから革袋を一つ取り出して中身を見せた。


「これは……金貨か? ハッハッハ! なるほど! こりゃあ確かに金に困ってきたわけじゃあなさそうだ」


 どうやら納得してもらったらしい。


「では俺が町に入っても?」


「ああ、あんたなら不法滞在の心配も無さそうだ。入っても構わんよ」


 ということで門が開いて俺はエクロン町へ入った。門が開いて気がついたのだが、町中は綺麗に整備されていた。綺麗な町ということはそれを維持するためにコストを支払えるということだ。そういったものを支払っても財政的に問題が無い程度には裕福なのだろう。


 綺麗に整備された町並みを歩いていると、様々な店が目に入った。焼きたてのいい香りが漂うパン屋や、熱気が外まで漂ってきそうな鍛冶屋など、住人からぶらっと寄った人まで様々な人に対応出来るように大概のものは売っていた。


「さて……ギルドに行くか」


 筋を通しておくことは必要だろう。明日突然ギルドに行って『依頼を紹介してくれ』などと言えるほど無礼ではない。


 ギルドはわかりやすい建物だった。看板に『エクロン町ギルド』と書かれているので迷いようがない。分かりやすいことは良いことだと思いながらギルドのドアを開けた。


「いらっしゃいませ! ……あら? 新人さんですか?」


「ええ、旅人のクロノです、よろしく」


 黒髪の受付担当が俺を出迎えてくれた。


「ようこそエクロン町へ! 私はディニタと申します、以後お見知りおきを」


 礼儀正しく挨拶をするディニタさんに俺は礼を返してから、この町の案内を受けた。


「まずこの町での生活にはお金がかかりますね、通信魔法でクロノさんが十分な滞在費用を持っていることは聞き及んでおりますが、資金が尽きないように依頼を定期的に受けることをお勧めします」


 なるほど、綺麗な町を維持するためには金がかかるということか。気持ちよく滞在するためにはそれなりにお高くつくということだろう。


「何か伺いたいことはありますか?」


「お勧めの宿を教えていただけますか?」


「ギルドとして特定の宿は贔屓出来ませんが……」


 ディニタさんは少し躊躇ってから言う。


「スラム区画の宿には近寄らないことをお勧めしますよ、ここを出てギルドの裏にいけば宿屋が並んでいるのでそこから選べば間違いありませんよ」


 参考になる情報を聞いた後で気になったことを一つ訊いておいた。


「スラムに好き好んで滞在する人がいるんですか?」


 そんな物好きがいるとは思えないのだが、世の中にはよほどの物好きがいると言うことだろうか?


「クロノさんはそういうことをなさらないようですが、時々いるんですよね……『俺がスラムの貧困をなんとかしてやる』と息巻いて向かう方がね……まあそういった方は大抵ロクな目に遭いませんし、最悪死ぬことだってあります。我々も処理に困るのでそういったことは避けてくださいね?」


 ああ、ギルドに妙な正義感を持って入るとロクなことにならないというやつか。そんなことは旅をしている上でよく分かっている。今さら言われるまでもないことだ。


「分かりました、少しクエストボードを見させていただけますか?」


「どうぞ、クロノさんは今日入町したそうですが依頼を受注なさいますか?」


「いや、見るだけですね。受けるかどうかはまた別ですよ。この町の空気感を掴んでおきたいと思いましてね」


 するとディニタさんはクスリと笑った。笑われるようなことを言ったかな?


「熱心な方ですね。あなたなら不法滞在の心配は無さそうで何よりです。本当にいい加減な気持ちで入ってきてスラム行きになることの多いことといったら……真面目に受注して欲しいものですよ」


 ディニタさんには受付としての悩みがあるらしい。そこを深掘りしても何の益もなさそうなのでそこに触れるのはやめておいた。


 俺はその場を離れてクエストボードを見に行った。そこには様々な依頼が貼られており……


『エリクサーの納品、報酬金貨千枚』


 わあ、とても景気が良いなあ。その依頼を迷うことなく剥がして受付へ持っていく。


「あら? クロノさん? 受注なさるんですか?」


「気が変わりました。ちょうどエリクサーの在庫もありますしね。納品ならすぐ出来ますよ」


 ディニタさんは驚きの声を上げて俺をじっくり見てきた。


 俺は収納魔法でストレージから一本のフラスコを取り出す。それをディニタさんに見せると、じっくりと観察している様子だった。


「ふむ……これは確かにエリクサーですね。クロノさん、これを何故お持ちになっていたのですか?」


 疑わしげな視線が俺の方へ向く。たまたま立ち寄った旅人がエリクサーを都合良く持っていれば疑われても無理はないか……


「俺が錬金して作ったものですよ。効き目には問題ありませんのでご心配なく」


 俺がそう言うと驚きの顔を見せるディニタさん。まあ都合が良すぎる話ではあるか。


「そうですか、納品依頼なのでこれで完了となりますね。報酬を用意しますので少しお待ちいただけますか?」


「はい、それは構いませんよ」


 それだけ聞くとディニタさんは駆け足でギルドの奥へ入っていった。確かに旅人がふらっと訪れてエリクサーを納品することなど想定外だったのだろう。受注してから調達するのだとでも思っていたのだろう、前もって報酬を準備出来ていないようだ。


 しばし待っているとディニタさんは帰ってきた。肩で息をしながら俺の方へ一つの革袋をさしだしてきた。俺はそれを受け取って中を見る。きらびやかな金貨がしっかり入っていることを確認するとそれをストレージに入れてギルドを出た。この町の景気はなかなか良いようだ。


 そしてギルドで言われたとおりのところに宿屋街があり、その中でも三食付宿泊費込みという宿を選んだ。少々安直な選び方だが先の宿がそれなりに料理が……いや、薬草茶が美味しかっただけに期待をして宿に入った。受付嬢に宿泊したい旨を告げると、一泊金貨五枚だと言う。なかなかの値段だが依頼の報酬も良いので問題はあるまい。


 俺は気前よく代金を払って鍵をもらい部屋に向かった。


 部屋のドアを開けるとふかふかのベッドとちょっとした作業をする机という必要最低限の設備があった。足りないものはストレージから取り出して宿泊環境を整えてからベッドに飛び込んだ。そこからは記憶が途切れる。あまりの眠さに意識が泥のように崩れていった。

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