第471話「人生根無し草の移ろい」

 さて! 旅立ちの準備も出来たことだし食堂で不味いメシでも食うかな!


 俺はシャキッと気合いを入れて部屋の中の私物が全てストレージに入っていることを確認する。うん、取りこぼしはないな。これで安心して町から出て行ける。お別れの挨拶もすませたことだし、後顧の憂いはさっぱり見当たらない。これで気分良く出て行ける。


 そして俺はしばし滞在をした部屋を出て、最後の食事に宿の食堂へと向かった。


「日替わり朝食を頼む」


 この宿で食事を取ろうという物好きはやはりおらず、旅立ちの朝も一人での食事ということになった。少しだけ寂しいが盛大に送り出して欲しいわけでもないし仕方ないか。


「お待たせしました、黒パンと野菜スープです」


 ガッチガチに固くなった黒パンと、野菜クズの浮かんだ温かい塩水が運ばれてきた。この辺はいつも通りなので一々気にしない。黒パンを噛みちぎってスープを口に含む。塩味しかしないし、野菜クズが異物感を醸し出しているが、それでこそこの宿のスープだ。俺だってまさか今日温かな焼きたてパンが出るなどとは思っていない。これは至って妥当なものだと言える。


 全てを食べ終えた俺は給仕を呼んだ。


「何かご用でしたかお客様」


「薬草茶を頼む」


「かしこまりました」


 やはりこの町でのラストはこの宿の薬草茶で締めておくべきだろう。衝撃的な味だと思ったのは初めの頃だけで、今ではすっかり不味いけれどクセになる謎の飲み物として定着していた。あの不味さは何故か無性に飲みたくなるのだ、この宿のブレンドがどのようなものかは謎だがこの町の謎のトップと言っていいくらいの不思議だ。


「お待たせしました」


 コトリとテーブルにカップが置かれたので緑色の液体をすする。薬草特有の青臭さと薬品のような刺激が舌を刺す。それでも飲み込んでしまえば口の中はスッキリさわやかになり、次の一口も新鮮に味わえる。満足がいくまで味わってから宿を出た。無論のことだが引き留められることはなかった。この宿も細々ながらやっていけることを祈っている。


 町を出ることにして門まで行き、門番さんにこの町を出ていくことを伝え、きちんと出て行ったことを記録しておいて欲しいと伝えたところ大層驚かれた。


「クロノさん! 出て行くのかい!? この町でなら十分暮らしていけるだろう? 誰もあんたのことを厄介者なんて思ってないですよ?」


「ええ、そのくらいは分かっていますよ。この町は良い町でした。それでも……ずっと一緒にいるわけには行かないのです。俺は結局のところ旅人であることをやめようとは思っていませんからね」


「でも……旅人なんて明日をも知れぬ身よりギルドで職員にでもなった方が良いんじゃないか?」


「きっとその方が楽に生きられるのでしょうね、嫌われることもないのかもしれません。それでも俺は一カ所に留まろうとは思わないんですよ」


 それを聞くと門番さんは俺の決意が固いことを認め、門を開けてくれた。


「クロノさん、お世話になりました。あなたの旅路に幸多からんことを祈っております!」


「はい、あなたもお元気で」


 それだけ言って門をくぐった。これでこの町ともお別れだ。草原を撫でる風が心地よかった。


 轍になっている道を歩いて行く、少しだけ寒い風が気持ちいい。まるで俺を町から送り出してくれているかのようだった。


 加速魔法を使えば次の目的地に着くのは一瞬だが、それでは旅の醍醐味を楽しめない。旅なんてものは楽しむべきものだ。苦痛に思っているのならわざわざ危なっかしい生活をするべきではない。危険と隣り合わせであることさえも心地よいと思わなければ、旅なんて出来たものではない。


 道を歩いていると狼が出てきた。


『グルル……』


『ストップ』


 動きを止めて先に進んでいく。殺しはしない、殺したところでなんのメリットもないからな。素材としての価値はあるのだろうが、それは端金にしかならないし、わざわざ狩って歩くとあの町で整理したストレージがまた圧迫されてしまう。


 動きを止めたまま歩いて行くとプツリと時間停止の効果範囲から離れたことが感じられる。どのみちこれだけ距離を取れば追いつけるはずもないので放っておく。


 それからしばし歩いていると荒野に出た。草はポツポツと生えているものの、お世辞にも草原とは言い難い荒れ地が一面に広がっていた。地図ではこういったことが分からないので行ってみて初めて理解することになる。所々に魔物がいるようだが相手をしようとも思わないし、向こうも一々人間を襲うような種ではないらしく、平和に歩いて行ける。


 よく見ればゴーレムもいるようだ。見たところロックゴーレムのようなので無視をすることにした。メタル製なら幾らかの金になるだろうが、岩なんぞ回収したところで役に立たない。幸い襲われているような人もいないようだし無視だ無視。


 そこから先に湖が広がっていた。綺麗な澄んだ水でその周囲に多少の草が生い茂っていた。


 念のため探索魔法を使っても、敵意を持った相手の反応は無いので安心してそこで野営をすることにした。この調子で歩き続ければなんとか夜も更けた頃に次の目的地に着くことは出来そうだが、無理をしてギリギリたどり着けるようなスケジュールは好きではない。


 余裕を持ってたどり着くためにここで野営の準備をする。テントを張って結界用の時間停止魔法を設置してからストレージから取り出した薪を積んで、魔力で火を付けてたき火をする。


 オーク肉を取りだして串に刺したき火にかざす。ジリジリと焼けていく肉を見ながら美味しそうだなと感じている自分がいた。まったく……あの宿の不味いメシに慣れすぎてこんな素朴な料理でさえ貴重に感じてしまう。調味料も何も無く肉を焼いただけのものを美味しそうに感じるのは重症だなと思った。


 割と早めに火が通ったのでそれにかじりついた。肉汁が口の中に溢れ出す。このオーク肉はなかなかの良品だな。売るべきだったのかもしれない。そんなことを焼いてから考えても手遅れなので諦めて心ゆくまでその肉を味わった。


 腹が満足だと主張してきたので俺はテントに入って寝た。


 翌朝、起き出して気がついたのだが、なんと一匹たりとも設置していた魔法に引っかかっていなかった。この辺の魔物は勘がいいのか、あるいは食事に困るようなことが無いのか、アレだけ肉の匂いを垂れ流していたというのに一匹も引っかからないのは新鮮だった。


 テントと宿泊セットを収納魔法でストレージに入れて、俺は再び歩き出した。朝この地点にいるなら加速魔法を使わなくても日が高いうちに次の地点へ着くだろう。


 俺は安心をしてのんびりと荒れ地を歩いて行った。そうしてしばし経った頃、ようやく目に見える範囲に町を囲う壁が見えてきたのだった。

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