第470話「ギルドに不要品を納品した」

 さて、この町を出るにあたって身軽になっておくか……しかしこの食堂もそろそろおしまいか、マズい食堂だったがなんだか妙なところで才能の片鱗を感じるような店だったな。宿賃込みでなければ絶対に来ないであろう食堂だが、この変わった味は小綺麗な食堂では絶対に出せない味だ、そういった意味ではある意味貴重だろう。


 ストレージの中にはガラクタがたくさん入っているのでギルドに納品出来るものは納品して整理をしておこう。町を出る度にものが増えていったらキリが無いからな。そうは言っても町を渡る度にものが増えて言っているのが現実なんだがな……幸い圧縮して収納魔法で保存しているおかげでストレージの容量はほとんど消費していないわけだが。


 宿の朝食の薬草茶と謎肉のステーキを前に考える。誇張でもなんでもなく何の肉だか一切明らかにされていない肉のステーキというのは不気味だ、給仕に尋ねたところ『さあ? なんでしょうね?』とお茶を濁されたので本当に不気味だった。


 しかし食べないというのももったいないので肉をフォークとナイフで切り分ける、変なものが入っていないのを確認してから食べてみた。


「不味くはないな……」


 それだけになんなのか分からないのがもったいなかった。しかし美味しいというのは正義であり、食事を終えて宿を出た。向かうはギルド、少しでも高く売れるといいなあと思いながらギルドへの道を歩いた。


 ギルドの前に立ってドアを開けるとマルカさんがにこやかに出迎えてくれた。


「あら、クロノさんですか。何か受注しますか?」


「いえ、買い取りをお願いしたいのですが」


「何か珍しいものでも手に入りましたか?」


「そういうわけではないのですが……」


 なんとなく察したらしくマルカさんもカウンターを空けて買い取りをしてくれることになった。この人、こういう事には察しがいいよなあ……


「さあさあ、クロノさんの不要品を買い取っちゃいますよ!」


「では一つ目はこんなものでどうでしょう?」


 俺はそう言いながら収納魔法でガラスの美術品をいくつか取り出す。古物商から買い取った品だが、俺にはその価値がさっぱり分からない。こういうものは価値の分かる人に買い取って貰った方がいいだろう。


「なんですこれ? ゴミ? 新人職人の失敗作ですか?」


 ボロクソな評価だった。一応古物商はうるときに高名な職人が作った品だと言っていたのだが、まあ実用性が皆無っぽいし無理もないか。


 何しろティーカップのようだが明らかに持つところがとげとげしい、お茶を飲ませたくないやつに差し出すティーカップだろうかと思ったものな。


「値段がつきませんか?」


「うーん……クロノさんのお願いなので買い取ってあげたいのですが……ティーカップどころかティーポットもまともにお茶が淹れられそうにないデザインですしね……芸術品としての価値はさっぱり分かりませんが……」


「美術品ですからねぇ……」


 どうして芸術家という連中は実用性を考えなかったのだろうか? ティーセットなんて使うことで価値を発起するものにこんな実用性の低いものを作って恥ずかしくないのだろうか? 自己満足がしたいなら市場に流さないでくれ。


「そうですね……金貨五枚でどうです? 腐ってもガラス製ではありますし、そのくらいは払えますよ?」


「じゃあそれでお願いします……」


 そうしてマルカさんから金貨を受け取り、ティーセットは丁寧にくるまれて倉庫に運ばれていった。


「次はこんなものはいかがでしょう?」


 俺が次にストレージから取り出したものは魔導具であり写真機だった。暗いところでも撮影出来る優れものだ。しかも撮影したものを印刷して出してくれ、使い捨てではないという優れものだ。


「これはどう使うんですか?」


「ここに紙を差し込んで前面の布をめくって素早く戻すだけです」


 するとマルカさんは早速紙を用意して機械を興味深そうに見ながらペラりと全面を覆っている布をめくって戻した。それに反応して写真機が紙に撮れたものを下から排出してきた。そこには前面を覗き込んでいたマルカさんが大写しになって出てきた。


「なんでしょう! 美少女が出てきましたね!」


「言うほど少女か?」


「は? 何か言いましたか……?」


「いいえなんにも」


 黙って査定結果が出るのを待つ。じっくりとマルカさんはこの魔導具を調べてから俺の方に顔を向けた。


「金貨三十枚でどうですか? 用途は限定されそうですがそれなりに便利そうです」


 俺もその言葉に異論は無かった。しいていうなら少し安い気もするが、俺が持っていても使い道のない品だしな。


「分かりました、その金額にしましょう」


「ありがとうございます、これは証拠の保全などに使用させていただきますね」


 商談成立、ものはギルドの職員が運んでいった。さて、後は何を売ろうかな?


「それと、これも買い取っていただけますか?」


 そうして俺が収納魔法から取りだしたのは魔道書だ。一通り記憶に焼き付けたのでもう売り払っても問題無い品になる。そういったまるっと内容を記憶した魔道書はいくつかあるのだが、上位魔法は魔道書があっても魔力が足りないと使えないので初心者向けの魔道書を数冊取りだした。氷結魔法と炎熱魔法のセットだ。この二冊で日常的な用途には十分なほどの魔法が載っている。


「ほう……これはまた貴重な品ですね」


 マルカさんも興味深そうに魔道書を眺めていた。珍しいのは初級魔法は自分で覚えるものであって、魔道書を使ってまで覚えるようなものではないからだろう。魔道書で覚えた方が効率はいいのだが、いかんせん写本というものは価格が高くなってしまう。丁寧に加筆修正まで加えてある特製の魔道書だ、多少の価値はあるだろうと思っている。


「ふむ……これは便利ですね……」


 マルカさんは一通りページを眺めて汚損などがないことを確認してから俺の方をまっすぐに見て言った。


「一冊金貨百枚、二冊で金貨二百枚でいかがですか?」


 悪くない金額だ。裕福な町ならもっと稼げるのだろうが、残念ながらそんなに都合良く金銭的に裕福な町に狙って行けるわけでもない。ならばこの場で売ってしまった方がいいだろう。


「いいでしょう、その金額で」


「ありがとうございます、これは貴重な初心者向けの教本の一つにしますね!」


 満面の笑みでそう答えて金貨の袋をさしだしてくれた。俺は中身を確認してストレージにしまった。


「クロノさんは変わったものも持っているんですね……出来ればずっとこの町にいて欲しいほどなのですが……」


「それが無理なことはご存じなのでしょう?」


 俺の決意を見て取ったのか、諦めたようにこちらを見据えてマルカさんは頭を下げた。


「ありがとうございます! お世話になりました!」


「気にすることは無いですよ。俺だって金を貰いましたからね」


「はぁ……ギルマスにお説教されそうですね。ハハハ」


 力なく笑うマルカさんだが、いずれこうなることは分かっていたのだし、引き留められても困る。それはしっかり分かっているのだろう。


 俺は少しマルカさんを気の毒に思いストレージから一本の酒を取りだした。


「ギルマスに詫びとして渡しておいてください」


 少しお高い酒だが、ギルマスのご機嫌を取るのに使ってもらおう。多少はマルカさんへのあたりもやわらぐだろう。


「お気遣いありがとうございます。それでは、楽しかったですよ?」


「俺もです、それではこれで」


「はい、良き旅路が待っていることをお祈りしていますよ」


 そうして俺はこの町での最後の夜を過ごすことにしたのだった。

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