第469話「町の酒を買い込んだ」
さて……酒でも買い込んでおくか……そろそろこの町から離れるべきだしな。
少々長く滞在しすぎた。そろそろ出ていく準備を始める頃合いだろう。そのためにはまずこの町の名物を買っておかないとな、他所で売るための商材の確保は急務だ。次の場所でもまともに金をもらえるかどうかは分からないのだからな。
商材といえば……まずは酒だな!
ということで、まずは宿の食堂で不味い薬草茶を飲みながら、この町に美味しい酒があっただろうかと考える。あまり美味しいと意識に残るようなものは無かったな……まあ探せば一本くらいあるだろ。
そんなことを考えながら薬草茶をすする。「まっず」思わず声に出たもののそれを聞くものは誰もいない。いい加減飽きたのかこの宿の薬草茶を飲んでいるのは俺だけだった。
そうしてマズいお茶を飲んでスースーする口の中を感じながら宿を出た。せっかくなので美味しい酒を仕入れておきたい。しかし都合良く美味しい酒があれば良いんだがな。
宿を出てまずいくのは町の雑貨屋だ。酒を買い取るなら大量に売っている店が良いだろう、好きなものを選べるからな。
町を歩いて雑貨屋に行き、酒を売っているコーナーに行く。そこにはエールから蒸留酒まで様々な酒を売っていた。
俺がしばし悩んでいると店員が近寄ってきた。迷惑だったかな?
「お客様、お酒をお探しでしょうか?」
「ええ、まあ」
俺がそう答えると店員は置くに引っ込んでいき、それだけ訊いたのかと思った俺は酒選びを再開しようとすると奥から店員がトレイに小さなカップをいくつも置いたものを持ってきた。
「お客様、よろしければ味見をして頂けませんか? 当店では満足して頂けるものを選んでくださるように試供品を提供しております」
なるほど、とりあえず飲んでみろというわけか。
「ありがとうございます、それではいただきましょうか」
「はい、それではまず、この町名物の葡萄酒からどうぞ。町の葡萄畑で採れた葡萄だけを使い、樽で寝かせた貴重品ですよ」
なるほど、それならなかなか美味しいのだろう。せっかくなのでじっくり小さなカップを味わって飲んだ。深みのある渋み、それから僅かな甘みを感じる。確かにこれはなかなかの酒のようだ。
「これは良いですね、五本ほど頂けますか?」
「はい! お買い上げありがとうございます、金貨五枚になります!」
そこそこいい値段をするなと思いながら金貨を支払い葡萄酒を五本買い取った。美味しい酒なのでこのくらいなら捌くことが出来るだろう。葡萄酒は需要も多いことだし売りやすくて助かる。
「あの、他の酒も味見をしていいですか?」
「もちろんです! 当店の素晴らしい酒を是非味わっていってください!」
俺は透明な酒を選んでカップを傾けた、下にピリピリとした刺激が伝わってくる。なかなか強い酒だな……いかにも酒といった味の酒だ。これなら酒飲みたちにも満足してもらえるだろう。
「これはどんな酒なんですか?」
「ああ、それですか……安い蒸留酒ですよ。お世辞にも美味しいとは言えないでしょう? 一応当店でも町で作ったものとしておいているのですがあまり美味しくないんですよねえ……」
「十本買います」
「は?」
店員があっけにとられているのも構わず、積んであった一ケースを持って店員の前に置く。
「これを買うんですか……美味しくないでしょう?」
「正直に言えば美味しくはないです。ですが酒がないと何も出来ないようなやつにはこういった酒が需要あるんですよ」
「随分とニッチな需要があるんですね……」
店員もあきれている様子だった。
「それで、十本でおいくらですか?」
「そうですね……あんまり出るものでもないですし全部で金貨一枚でいいですよ」
葡萄酒とは偉い値段の違いだな……しかし安い分にはそれを歓迎するぞ。金貨一枚で結構な酒がたくさん手に入ったな。
「変わった酒をお望みでしたら、ここを出て右にまっすぐ行ったところに酒店がありますよ。そちらの方がここよりは変わった酒を置いていますよ」
なるほど酒屋があるのか。そちらの方が面白そうだ。
「いいんですか? ここで買う必要が無くなっちゃいますよ?」
俺はそう尋ねた。
「構いませんよ、ウチにはニッチな需要に応えるようなお酒はありませんからね」
なるほど、要するにウチじゃあ面倒を見きれないということか。まあ各地の酒クズはなかなか一癖も二癖もあるので当然のことだろうな。
「ありがとうございます。いってきます」
「お買い上げありがとうございました!」
その声に送り出されて酒屋に向かう。出来れば強い酒があるといいな。飲みやすくて強い酒はよく売れるんだ。冒険者なんて明日をも知れない作業をしている奴にはそう言った酒の需要が大いにある。勇者たちも何故あんな酒を好んで飲むのか疑問に思っていたものだが、今ならその答えが分かるのかもしれない。
そして案内された酒屋に着いたわけだが……
「デカいな……」
それが初見の感想だった。大きな建物にガラス張りの扉から様々な酒が並んでいるのが見て取れる。
中に足を踏み入れると「いらっしゃいませ!」と声がかかった。陳列棚を見ると『試飲をご希望の方はお声がけください』と書かれていた。高そうな酒を置いているのに試飲も可能なのか、
様々な酒が並んでおり、棚から取って会計に持っていく方式だった。俺は迷うことなく蒸留酒で一番安いやつの箱を抱えて会計に持っていった。何と十本で銀貨三枚だ。破格の安さだがこの値段の酒を自分で飲む勇気はない。しかし人に売り払うにはこの上ない安さである。
「いらっしゃいま……これ全部買うんですか!? 失礼、お買い上げですか?」
店員さんもさすがにこの量はビビったようだ。しかし売ってもらわなければならない。この酒は酒クズたちが望んでいたものだと俺の勘が告げている。
「では……銀貨三枚になります」
「じゃあこれで」
銀貨を三枚差し出すと購入が成立したのでそれを収納魔法でしまった。
「あと、なにか美味しい酒を一本欲しいのですが、いいものはありませんか?」
「先ほどのは自分でお飲みになるわけではないんですね……」
あきれている店員さんに案内されながら、ややお高い酒のコーナーに向かった。
「こちらのロイヤルスピリッツなどいかがでしょう? 飲みやすくてあとに残らない良い品ですよ?」
「味見は出来ますか?」
「もちろんです!」
そう言ってさっさと奥に入っていって小さなカップを持ってきた。見たところ蒸留酒のようだしカップ一杯といえば結構な量だな。
「どうぞ」
手渡されたカップを一気に飲むとかあっと焼けるような感覚が喉に残ったものの、その後に不思議な清涼感が口の中に残った。これはちびちび飲むには悪くないな。
「一本買いましょう。いくらですか?」
「こちら金貨五枚となっております」
「うーん……」
少し高いような気がするが……金はあるしな。
「よし、買いましょう!」
「お買い上げありがとうございます」
俺は会計に持っていき金貨を支払ってやや金貨で買ったとは到底思えないほどの小さな瓶を一つ受け取った。高級な酒なので少しずつ飲むことにしよう。
そして店を出ると日が傾きつつあったので宿に帰ることにした。その日の夕食は宿で料金を払いオーク肉のステーキを食べた。ここから旅立ちの準備には体力を消費するのでたっぷり食べておこうじゃないか。
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