第468話「フォレストドラゴンが居た」

 その日は妙に平和だった。何故平和なのか意味が分からないくらいに平和な日だった。散々面倒なことが舞い込んできていたのに、突然町が平穏を取り戻すと奇妙に思えてしまうくらいだ。


 俺は朝食後の不味い薬草茶を飲みながらエリクサーの需要がこの町にあるだろうか考える。うん、これだけ薬草があるなら不要だろうな……残念だか金になりそうもない話だ。


 金にならないという事は用も無いのだろうか? 案外この町ももう安心なのかもしれないな。それはきっと良いことであり、俺が無理をして依頼をこなすような必要も無いのだ。町が俺を用済みとするのか、俺が町を用済みとするのかは分からないが、どちらにせよそろそろ潮時なのかもしれないな。


 コトリ


 そんな音を立てながら薬草茶の注がれていたカップを置く。うん、やっぱり不味いな。それでも何故かクセになるのだから奇妙なものだ。薬草にもこんな使い道があるのだな、将来のためにレシピを聞いておこうかな? いや、飲んだ人全員が全員不味いというのが分かりきっているもののレシピを聞いても仕方ないか。


 そして席を立って宿を出る、胸の奥がスースーする感覚を覚えながらギルドへ向かった。


 ギルドの中では大騒ぎになっており右も左も噂話から怒号まで、情報の波が押し寄せていた。無視して帰ろうかなとも思ったのだが、この町から安心して出て行くためには危険なことは排除しておくべきだろうな……やりたいかどうかはまた別の話としてだが。


 出来ることなら全力で関わりたくないのだが、俺が出ていった途端にこの町が滅びましたなんて言う笑えない事態になっても困るからな。


「クロノさああああああああああん!」


 大騒ぎの中、マルカさんが俺に泣きついてきた。どう考えても面倒なことになっていることは明らかだ。


「なんですか? 魔王か邪神でも出てきましたか?」


「冗談を言っている場合ではないんですよ!」


 どうやらよほど切羽詰まっているらしい、俺にはまったく関係のないことだが解決しておかないと後味が悪いな。


「では一体何があったんですか? よほどのことなんでしょう、随分と大騒ぎしているようですが」


「はい、実はドラゴンが出まして……」


 あー……ドラゴンね、倒せるけど面倒くさいなあ……出来ればドラゴンを倒すのではなく、ドラゴンを倒せる人材を育成したいところだ。しかしドラゴンが出てからそれを出来るほど余裕がないことを理解出来ないほど馬鹿ではない。


「ドラゴンですか……また面倒なやつが出てきましたね」


「クロノさん、他人事みたいに言わないでくださいよ! この町でドラゴンが見つかるなんてとんでもないことなんですよ?」


 いや、ドラゴンを相手にするならまず冷静になるべきだろう。騒ぐのは悪手のはずだ、危険なときほど冷静に対処しないと被害は広がる一方だぞ。


「それで、どんなドラゴンがどこに出たんですか?」


「北の森です! 薬草が採れなくなって大変なんですよ! ドラゴンを倒そうにも負傷者への薬草の供給が間に合わないんです、なんとかしていただけませんか!」


 なんとかしろといっている割にはなかなか尊大な態度だなと思ったが、トカゲ一匹倒すだけならチョロい依頼ではある。


「では森に逝っている人たちを全員帰還させて、森への立ち入りを禁止させてもらえますか? 人がいると思いきり戦えないのでね」


「はい! 分かりました!」


 それを聞くとマルカさんは大急ぎで帰還指令を出すために人を送り、ドラゴンの討伐依頼を剥がした。これで静かにドラゴンの討伐ができるな、まったく面倒なことを押しつけてくれるものだ。


 しばし待っていると怪我人が帰還してきた。負傷している連中にストレージから出したポーションを飲ませ、請求書をギルドに押しつけておいた。


「ではクロノさん! お願いします!」


「はいよ」


 俺は適当に答えてギルドを出た。戦う相手としては弱いだろうが倒した後に騒がれるのも面倒だな……まあ仕方ないか。気が進まないが戦いに名声はつきものだ、望むにせよそうでないにせよな。


 町を出るときに門番に深く礼をされたのでよほどやばい状態らしいことは分かった。まあ門番をしていたなら討伐に失敗した怪我人を見ていたのだろうし無理もないか。


 町を出て森に向けて歩いて行く、その前に気配を断っておかないとな。


『サイレント』


 これで気付かれないはずだ。ヤバいドラゴンである可能性も多少は考慮しておかなければならないからな。


 しかし何故ドラゴンが出てきた? この前魔物を討伐したときに綺麗さっぱり全滅させたはずと思ったのだがな。生き残りがいたとは考えにくい、となるとどこからか渡ってきたということだろう。よりにもよってこんな僻地にやってこなくてもいいだろうに、ドラゴンという種も随分と暇を持て余しているらしい。


 そんなことを考えていると森が見えてきた。ある程度近寄るとそこにいたのはフォレストドラゴンであることが分かった。


 フォレストドラゴンは森にいるものだが……しかし何故こんな小さな森にいるんだ? もっと大きな森にいるものだと思っていたのだが、不思議なものだな。


 森に近寄ると俺の気配を探知したのだろう、鳴き声を上げた。気配を断っていても気付くか、それなりに強いくせにこんなチンケな森に来るのはやめて欲しいのだが……


「人間よ……貴様も我を殺しに来たのか?」


 面倒くさい、人語を解するタイプだったか。それなりに強い個体ではあるようだ。


「まーそういうことになるな。お前が逃げ去って二度と現れないなら倒さなくてもいいんだがな」


「我が人間ごときの命令を聞くだと……戯言を抜かすな」


 尊大なドラゴン様だな、一つだけ聞いておきたいことがある。


「なんでこんなところにやってきた? もう少しマシなところはいくらでもあるだろう?」


 するとドラゴンは軽く答えてくれた。


「ここは我にとって心地よいのだ、ほどよく刈られた薬草と自然そのものの森、我がここに住まない理由があるまい?」


 あー……薬草を刈ったのがマズかったか。大体俺のせいじゃん。悪いけどこのドラゴンには口止めとして死んでもらうことにしよう。余計なことを口走ったのが悪いんだぞ?


「言葉も出ぬか! 小さき者よ! ファファファ!」


『圧縮』

『解放』


「グゲ」


 叫び声を上げる前にドラゴンさんには爆発四散していただいた。これで平和な森になったな。ドラゴンは粉々になったから肉片がアンデッド化する心配もあるまい。念のために肉片の処理もしておくか。


『オールド』


 時間加速で森に散ったドラゴンの死体は森の栄養となり綺麗に消えてくれた。狙ってやった効果ではないが、ドラゴンの死体を栄養にしたことで薬草がもとよりずっと生い茂った。これで薬草不足も解決だろう。


 意気揚々と町に帰ると門番が敬礼で出迎えてくれた。ドラゴンを倒した確認は出来ないものの、俺の表情から戦闘の結果は理解したのだろう。俺は原因が俺に多少なりともあるという後ろめたさを感じながら町に入った。


 そしてギルドに入るとマルカさんが大きな笑顔で出迎えてくれた。ニコニコしているので結果は言わずとも分かっているのだろう。


「クロノさん、ドラゴンは片付きましたか?」


 決まっていることを尋ねてくるので俺は頷いておいた。


「いやークロノさんに頼んで良かったです! 死なれたらどうしようって思ってましたけどほぼ無傷ですね、無用な心配でした、申し訳ない」


 そんなことを言うマルカさんに俺はうやむやになっていた話を持ち出した。


「時間がなかったので省略しましたが、もちろん報酬はたっぷり払って頂けるんですよね?」


 ピシリとマルカさんの笑顔が固まった。まさかただでやらせようとしていたわけでもないだろう。それとも忘れてくれたらラッキーとでも思っていたのだろうか?


「報酬は金貨五千枚、これは譲れません」


「えっ!?」


 マルカさんは驚いているのでふっかけすぎただろうか? しかしやったのがドラゴンの討伐だしな……


「それだけでいいんですか!? 払います! すぐ払いますので奥に来てくれますか」


「へ?」


 あっけにとられたままギルドの奥の交渉室に入るとそこには大きな袋があり、その袋が十個置いてあった。


「一つ金貨千枚ですので五つどうぞ」


 俺は一つの中を確認し、金貨がしっかり入っているのを確かめて五つストレージにしまった。クソ、金貨一万枚まで支払う準備はあったのか……


「ではクロノさん! 本当にありがとうございました!」


 そうして俺はギルドでの仕事を終え、ドラゴンの襲撃という事態にも死者ゼロという好成績を残したのだった。この町の記録は今後も破られることは決してないだろう。

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