第467話「薬草を加工してくれと頼まれた」

 俺はその朝、やはり不味いままの薬草茶を宿で飲んでいた。いや、不味いことに変わりは無いのだが、何故かこの不味さの中にクセになるものを見出してしまったのだ。明らかに誰が飲んでも不味いのだがどこか妙に飲みたくなる、そんな奇妙な味をしているのが宿の薬草茶だった。


「まっず……」


 正直な感想が漏れてしまう。不味いのだが何故か飲みたくなってしまう。ヤバいクスリでも入っているのではないかと疑ってしまうくらいだ。薬草の収穫が大幅に増えてから数日。この宿にも薬草茶を飲みに来た人は数人おり、ほとんどが初日で消えてしまったのだが、その中でも選ばれた数人が未だにこのクソ不味いお茶を飲んでいる。薬草特有の薬の味とお茶の味が混じり合った奇妙なものをじっくりと飲むのにはまった連中だ。


 俺もその一人となり、薬臭いお茶をじっくり飲んで宿を出た。無論他の食堂で出てくる薬草茶の方がはるかに美味い。それでもあの奇妙な味わいでしか満足出来ない奇妙な心を持ってしまっているのだ。


 朝食というかお茶を終えて町に出る。なんだか口の中がスースーするような気がするのは気のせいだろうか? あの宿にも一応料理の才能があるということなのだろう、それが望まれたものであるかはさておいてだが。


 そうしてなんだかさわやかな感じのする腹の中のままギルドに顔を出した。どうせ大した依頼も来ていないだろう。何しろアレだけ危険を取り去ったのだからな。そうそう面倒な依頼が来てたまるかっていうんだ。


 まあそんなことを考えているからと言ってその通りになるはずも無く……ギルドに入ってきた俺を見てマルカさんはにこやかに近づいてきた。どうしよう、ロクな話ではない予感がする。出来ることなら逃げたいのだがそうもいかない。


「クロノさん! 薬草を買い取っていただけませんか?」


 えー……


 俺は露骨に嫌そうな顔をした。なんで大量に持っている薬草を今さら買い取らないとならないんだ。明らかに不良在庫の押しつけだろう。ギルドという組織がそこまで腐っているとは思わなかったぞ。


「ギルドとして利用者に押し売りすることをマルカさんはどうお考えなのですかね?」


「もちろん嫌ですよ……ですがこうして薬草が大量に納品される原因は誰かさんが森を薬草の刈り場にしたことが原因なんですよ? 少し、ほんの少しくらいは責任を感じないのですか?」


「微塵も感じませんね。そもそも森を薬草の刈り場にしたのは元はと言えばあなた方のご希望でしょう? 俺はそれにしたがっただけなのに押しつけられても困るんですよ」


 俺の正論にマルカさんはうぐぐと黙ってしまう。だってユキさんが薬草を大量に刈るようになったのはユキさんの責任であり、それを加速させたのはギルドが森の安全を確保してくれと頼んできたからであり、たまたま実行しただけの俺に責任を押しつけられてたまるかという話なんだよ。


「そう言わないでくださいよ……クロノさんが森を粛清したせいであの森が薬草の刈り場になっちゃったんですよ? 少しくらい責任を感じてくださいよ、常設依頼が山ほど受注される現状に少しは責任を感じてくださいって……」


「そもそも粛清って言ってもそれをやれと言ったのはマルカさんですよね? やれと言われてやったら責められるなんて理不尽ですよ」


「こっちも倉庫が薬草で一杯になりそうなんですよ、クロノさんは大容量の収納魔法を持っているじゃないですか、格安で卸しますから少しでいいので引き取ってくださいよ……」


 ふむ……格安でか……これは価格交渉の余地があるのではないだろうか?


「では一山銀貨三枚くらいでどうですか? その金額なら引き取りますよ?」


 コレは思い切り足元を見た金額だ、まともな商人ならまずこんな金額では売らない。しかし今は事情が事情なので売ってもらおうじゃないか。向こうにも事情があるのだから断るのは難しいはずだ。この金額ならストレージに入れておいて他所で売り払うだけでも十分な金になる。


「クロノさんも随分とふっかけてきますね……まあこちらにも責任はありますし……うーん……分かりました、その代わり銀貨九枚分引き取ってください」


 三単位分引き取れということか。まあ問題もあるまい。


「わかりました、この金で頂けるだけください」


 俺は金貨を一枚さしだした、これで三単位と少しは買い取れるはずだ。


「確かにいただきました。では奥の倉庫へ来ていただけますか、持ち出すのも大変なのでクロノさんが収納魔法で直接しまってください」


 おいおい……よほどの量らしいな。金貨一枚で倉庫に来いとは結構な量がもらえるようだ。


「分かりました、行きましょう」


 そうして案内されるままにギルドの奥に入っていくと倉庫の前にたどり着いた。どう考えても大きな部屋につけられているようなドアを前にしてマルカさんはそれを押し開けた。そこには天井までミッチリ詰まった薬草の山があった。


「これを三部屋分になりますね。量に不服はありますか?」


 マルカさんは言外に『買えるならもっと買えや』と圧力をかけてくる。俺はそれを気にすることなく薬草を収納魔法でしまい込んだ。部屋一杯の薬草があっという間に消える様はマルカさんに十分な驚きを与えたらしい、しかしそれは良いことではなく、傍目に見てもマルカさんが『もっと買えるだろ』と思っているのが見て取れた。


「さて、この調子であと二部屋も片付けましょうか」


 そうして計三部屋分の薬草をストレージに入れて、マルカさんもひとまず安心という顔をしていた。俺はそれだけ受け取ると宿に帰った。依頼を受けろという圧力をかける気にもならないのであろうマルカさんを放っておいて止められることはまるで無かった。


「さてと……始めますかね……」


 宿に帰ると錬金セットを取り出した。これだけの薬草を一度に加工するのは難しいが、少しずつでも付加価値を与えておくと儲けが大きくなる。


 俺はストレージからクズ魔石を取りだして薬草をすり潰していった。エリクサーの素材は十分にあるので、エリクサーを量産して他所で売り払ってしまおう。


 そう思いながら薬草を潰していったのだが、驚いた事に薬草の品質はエリクサーの素材として十分すぎるものだった。薬草として使用しても問題無いであろう程の回復力を持った薬草を加工していく。フラスコにすり潰した薬草とクズ魔石を入れて加熱していく。


 上流はドンドンと進んでいき、あっという間にエリクサーが完成した。驚きの早さでエリクサーに変質したことに驚きながら、その調子でエリクサーを量産していった。


 ここで採れる薬草はエリクサーにするのにこの上なく向いているのであっという間にエリクサーが出来ていく。森の中はマナにあふれているのは分かっていたことだがここまで薬草を成長させているとは思わなかった。嬉しい誤算と言えるだろう。


 そうしてエリクサーは無事量産されたのだが、一つの問題に行き当たった。


「これ……ここで売ると値崩れするよなぁ……」


 そう、需要以上にエリクサーを提供すると、今日マルカさんが俺に薬草を押しつけたようにエリクサーでさえも存分に買い叩かれる可能性は高い。今回手に入れたエリクサーは一気に売ることはやめておいた方がいいだろう。徐々にエリクサーが必要な場面で渋りながら出していった方が高く売れるだろう。それくらい分からないほど愚かではないので、俺はエリクサーを大量に手に入れ、それでもまだ余る薬草には時間停止をかけておいた。


 そして薬草をいくらか取りだして宿の食堂へ行った。


 一日の終わりにアレが欲しかったからだ。


「別料金は払うからこれで薬草茶を入れてくれ」


 俺は別料金を払ってでもあの不味い薬草茶を飲むほどの虜になっている。

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