第466話「森の魔物の駆除を任された」

 俺はその日、宿の食堂で薬草茶を飲んでいた。理由は薬草が大量に出回ったのでサービスとして出していると書かれていたからだ。薬草の出所は間違いないだろう、この前のユキさんだ。あの人は気をつけろと言っているのに森に出向いているとマルカさんから愚痴が聞こえてきたのだ。


 俺はそれを適当に流していた。スワンプスパイダーほど危険な相手はそうそういないだろうし、あの森にあんな目に遭ってからも行くというのなら責任を持てるはずもない。いくら言っても訊かないならどうしようもないのだ。


 そんなことを考えていると目の前の薬草茶が冷めてしまうのでさっさと飲むことにした。すすってみたところ非常に体によさそうな味がした、体に良いものというのは大抵味はお察しだ、つまりはそういう味だということだ。


 微妙な味のお茶を飲みながら、もう少しマシなブレンドはなかったのかと不満に思いながらも、結局この宿の宿泊費込みのものだということで我慢することにした。


 そしてお茶を飲みきって健康になったところで別の食堂で口直しをすることにした。あの味で朝食抜きは厳しい、せめてまともな味の肉が欲しかった。


 適当に入った食堂で本日のオススメを頼んでしばし待つとハンバーグにソースをかけたものとパンが出てきた。おまけらしく隅の方に小さなカップに入った薬草茶も入っていたことにはゲンナリしながらも、それを丁重に無視して食事を食べた。


 食べ終わったところで、これだけ残すのも如何なものかと少々考えてから薬草茶を飲んだ。驚いた事にこの店の薬草茶はきちんと美味しいものになっていた。あの宿は普通の食材でも不味く出来る才能が有るようだ、生きていく上でまったく必要が無い、むしろ無い方が良い才能だな……


 泊まっている宿にあきれながらも食堂を出てギルドに向かった。せいぜい退屈な依頼でも受ければいいだろう。その程度に考えながらギルドに向かった。


 そう、大した依頼はないと思ってギルドに行ったのだが、ギルド内はその意に反して喧噪に包まれていた。


「だから! どうして! 私が! 薬草採集を断られるんですか!」


「ですから! あなたに任せると危険を顧みずに無茶をするからです!」


 今すぐこのドアを閉じて走り去りたかった。しかしユキさんとマルカさんの二つの視線がそれを許してはくれなかった。勘弁してくれよ……そういう言い争いに関わりたくはないんだよ。


 話は聞かなくても叫び声だけで概要は理解出来た。つまりはおそらくあの森で薬草を刈り取ってくるユキさんをマルカさんが必死に引き留めているという状況だろう。この前ギルド名義で俺にアレだけのことをさせたのだから薬草採集で死なれては困るという至極もっともな言い分に稼げなくなったユキさんが騒いでいるというところだろう。


 ユキさんもよくやるよ、俺がいなかったら死んでいたような状況を味わってもまだその依頼を受けようって言うのだからな。


「クロノさん! お願いですからユキさんを止めてください!」


「クロノさん! もうあの森に危険はありませんよね? その事をこの人に説明してください!」


 ああ……まったく面倒くさい人たちだな……


 俺は仕方なくあの現場の説明をすることになった。


「まずあのあたりの主であるスワンプスパイダーは討伐しました、『あれ以上の』危険はありませんね」


「ほら、クロノさんのお墨付きですよ!」


 得意げに言うユキさんを押しとどめて俺はまだ危険が残っていることを説明した。


「それでなのですが、あの近辺にはまだブラッドウルフやビッグマンティスなどの危険は残っているのでユキさんの命の保証は出来ませんね。この前よりマシというのは確かでしょうが危険がなくなったというのは大間違いです」


 そこまで言うとようやく二人とも黙ってくれた。『それ見たことか』という表情をしているのが見て取れるマルカさんと、それに反抗したいが命の恩人である俺の言うことを無碍には出来ないユキさんと、出来れば二人に関わりたくない俺という三人で凍り付くような空気を醸し出していた。


「そういうことなので、ユキさんの依頼は受注処理は出来ません。申し訳ありませんが危険がなくなるまでは他の依頼を受けてください」


 マルカさんが身も蓋もないことをハッキリ言うと、ユキさんは依頼票を叩きつけ、場を離れた。


「クロノさん、助かりましたよ……ユキさんは本当に引き下がらないものでして……」


「そのようですね。ただ俺は別にマルカさんの味方をしたわけではなく正直な意見を言っただけですよ」


「まあそれでもユキさんに黙っていただくには十分な理由でしたから、感謝はしておきますよ」


 そうマルカさんが言ったところへユキさんが近寄ってきて発注書を一枚カウンターに叩きつけた。


「頭の固いマルカさん、この依頼が受注されれば文句はありませんよね?」


 どうやら依頼を発注するらしい。俺には関係なさそうなので逃げようかと考えているところでマルカさんに声を掛けられた。


「クロノさん……あなた宛に指名依頼です、『森の危険除去、報酬金貨三百枚』だそうです……」


「出来れば受けたくないのですが……」


「でも報酬は……」


「魅力的ですね」


 あの森に俺に撮って大した敵はいない。だから受けても何の危険も無いのだが、危険を排除した結果ユキさんが森へまた入るようになるならあまりよろしいことではないのかもしれない。さてどうしたものか?


「ああもう! クロノさん、それを受けてください! いい加減ユキさんと論争をするのにも疲れたんですよ! クロノさんが安全を保証してくれるならそれで構いませんからお願いします!」


 二対一……その多数決の結果、俺はその依頼を受注することになった。ユキさんがギルドに払ったのが金貨三百枚、俺への報酬が金貨三百枚、ギルドの取り分はゼロ、それでも依頼をごねて受注されるよりはよほどマシということでギルドが譲歩してその歪な依頼は俺に回ってしまった。


 仕方がないので嫌々ながらもそれを承諾するとあっという間に受注処理が進んで『さっさと倒してきてください』と心底うんざりしたようにマルカさんは俺を送り出した。


 町を追い出されるように出てから北の森へ向かうのだが、面倒なので加速魔法を使った。


『クイック』


 一気に疾走してあっという間に森へとたどり着いた。こんな面倒な依頼は受けるものじゃないな、そんなことを考えながら森の前に立ち、探索魔法を使った。


 あらかたの巨大昆虫と狼の反応は簡単に認識出来た。厄介なのは主だったスワンプスパイダーを失った森の魔物は活性化をして生き生きと家族を増やして繁殖していた。人間からすれば迷惑極まりないのだが、仕方がないので目につくものだけでも叩き潰すことにした。


 大量の魔力で森の中の魔物を気絶させる、これは簡単だった。一撃で全ての魔物の動きが止まった。チョロいものである。


 問題は気絶しただけなので全てを駆除しておかなければならないということだ。ハッキリ言って面倒くさい。


 ……しかし俺はそれをやり遂げた。


 エレガントな手段など使っていない、加速魔法で素早くなった体で一匹一匹を潰して回った。それに倒す度に死体がアンデッド化しないように処理をして、それを延々と繰り返した。


 あきれるほどの繰り返しの後、ようやく探索魔法を使っても引っかかることがなくなったのでそれで完了として町に帰った。日はもう既に山際にかかり、日光はすっかり赤い色を帯びていた。


「それで、クロノさん、もう本当に危険は無いんですね?」


 俺はしっかりと念押しの質問をマルカさんにされていた。


「ええ、全部の魔物を倒すのはあの範囲でも随分骨が折れましたよ……もう一度やれと言われたら断りますね」


 なんなら初回も断りたかったぞ。そのくらいの面倒な依頼だったが、俺がやり遂げたことには変わりない。文句のつけようのない結果を出したのだ。


 それを聞いてマルカさんは相好を崩してホッとため息をついて俺に『お疲れ様でした』と言い金貨の入った袋をさしだしてきた。


「肩の荷が下りましたよ」


「それは荷を自分で下ろした人が言う台詞でしょう? 今回は実際に動いたのは俺じゃないですか」


 嫌味の一つも言いたかったものの、面倒なことが片付いたということで、マルカさんが一杯エールを奢ってくれた。その日のエールはなんだか骨身に染み渡るようだった。

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