第454話「ジャンク飯を食べよう」
俺はその朝、あまりにも美味しくない朝食を食べていて思いついた。
「食べ歩きをするか……」
宿賃込みの料理はあまりにも不味い。宿賃込みだからといっても限度というものがあるだろう。そんなわけで俺は町で美味しいものをたっぷり食べてみようと思ったのだ。
そして今日はある一つの決まりを考えて食事をすることにした。その決まりとは……
町に金を落とす分にはとやかく言われないだろうということで、早速俺は宿の食事をかき込んで町に出て行く。美味しいものがあるといいな。
町の食堂街にやってきたそこでは食事が提供されているわけだが、あまり人が食べないような内臓などがメインで提供されていたりする。とりあえず俺は一軒目に入った。
「いらっしゃい……」
無愛想なオヤジがいかにもジャンクな店という感じで出迎えてくれた。俺は牛の内臓スペシャルセットというものがあったのでそれを注文した。
しばし待っていると調理場から匂いが漂ってきた。香草をふんだんに使った炒め物の匂いが漂ってくる、やはり内臓の臭みなどを誤魔化すためだろうか、その香りはなかなかに強烈なものだった。
「ほら、食ってきな」
そうぶっきらぼうに言って俺の前に置かれた皿には匂いの強い野菜と内臓のぶつ切りが入った炒め物が入っていた。美味しそうではある。内臓がどの部位であって、使われている野菜がなんなのかも分からない、しかし美味しそうな香りが漂ってきているので俺は迷わず口に放り込んだ。
「美味いな……」
思わずその一言が出てしまった。この料理は油が皿に浮いており、あまり健康に良いとは言えないだろうが美味しいものだったのでそれを食べようとする欲望には抗えなかった。
油の味が非常に身体に悪そうでいい感じだ。健康なんて求めちゃいないんだよ、こういう体の中を蝕んでいきそうな料理を求めているんだよ。五臓六腑に油が染み渡ったので思わず追加注文をしてしまった。
「オヤジ! エールを一杯!」
「あいよ」
少ししてゴトリと大きめのグラスに置かれたエールを飲みながら臓物炒めを食べた。おそらく牛のものだったのだろうがそれを聞こうとは思わなかった。美味しければ全てが許されるのだ。食事とはそういうものだ、あとは出来れば量が多いと加点されるくらいだろう。
内臓を食べる、エールを飲む、この繰り返しだけでいくらでも食べられそうだった。
「美味かったよ、会計を頼む」
「銀貨一枚だ……」
「安いな……」
「そういうものを必要としているやつもいるんだよ」
俺は美味しい料理を銀貨一枚で食べられ、大満足の一軒目だった。二軒目をどこにしようか考えていると、一つの看板が目に入った。
それはけばけばしい原色の看板で、『酒! 肉! 明日のことは考えるな!』というなんとも潔い看板だった。
いかにもジャンクな看板に心引かれた俺は思わずその食堂に入った。中には肉を焼いた煙が充満していて、酒の注文が飛び交っていた。ギルドでも酔い潰れるやつはいるが、この店はそれの比ではなかった。
「いらっしゃい! 好きな席で待っててくれ!」
そう言われたので俺は好きな席について注文を訊いて歩いている給仕にエールと肉のオススメを頼んだ。
しばし待つ。すると山盛りのよく焼けた肉と冷却魔法でも使ったのだろうか、水滴のついたエールが出てきた。
肉は普通に安い部位を使用しているようで、口に運ぶと肉汁がジュワッと出てくる。それを噛みしめながら苦味のあるエールで流し込む、非常に心地よい高揚感が湧き上がってくる。庶民の幸せを感じられる味だった。
黙々と肉と酒を交互に飲み食いしていると非常に満足度が増していった。そして皿が空になったところで会計をした、銀貨五枚と先ほどの店よりは高いものの、それでも満足感が値段以上のものがあった。
三軒目をどこにしようか迷っていると看板の色が鮮やかに見えてきた。地面が微動を続けているような気もする、どうやら酔いが回っているようだ。
時間加速で酒を抜くという方法もあったがせっかく休みと決めたのにそんな無粋なことをして酒に酩酊している心地よさを消すべきではない、酔いと正面切って向き合うことにしよう。
そしてその看板を見つけた。そこには『肉が食べ放題! 酒飲み放題! 可愛い娘がいっぱい』。うーんこの頭の悪そうな看板……実にいい! 何が食べられるか一目見て分かり、さらに食べ放題飲み放題で女の子までいるとなると食材と酒は安物なのが食べなくても分かる。
実に安い料理が食べられそうなその店に俺は迷うことなく入った。人類の欲望を体現したような店には是非とも一見しておきたいと思わせるものがある。
「いらっしゃいませ!」
いきなり美少女が受付をやっていた。奇麗所を集めているところから見るに味の方はお察しだろうが、食べ放題ならこの店で夕食まで粘って今日の締めにしてもいいだろう。
「お好きな席にどうぞ。当店は食べ放題ですので気兼ねなく召し上がってくださいね! お酒は飲まれますか?」
「飲みますね」
「では食べ放題飲み放題コースになりますね」
「わかりました」
俺は席に着き注文をする、肉はオーク肉のようだ。オーク肉の塊と葡萄酒を一杯注文しようとしたのだが、葡萄酒のような高級な酒は別料金だと言われたのでエールを注文しておいた。
しばし待つと注文したものが届いたのだが一目で分かるくらい安いオーク肉が出てきた。脂がのっていないのはともかくとして、血抜きもまともに行われていないようだ。内臓でもないのに血なまぐさい。そんな肉を無心になって食べていく。
食事とは量さえあればわりと質にはこだわらない方だがあまり美味しいとは言えない料理だった。そこでオーク肉のステーキを頼んだ。さすがにこれなら血なまぐさいのはともかく、とんでもなく不味いようなことはないはずだ。
「お待たせしました、オーク肉のステーキです。それとエールのおかわりになります」
俺はしばし運ばれてきたものを見てから食べてみる。
「……どうすればこんな料理を用意出来るんだ?」
思わずそう口を突いて出た。いや、料理が不味いとかそういう話ではない。確かに肉に脂が足りないなとは思ったさ、だからといって九割が脂身の肉を出せなどと誰が言ったのだろう? この店は正気だろうか?
そう思って店の中を見回すと、給仕たちに接客をさせている客が非常に多かった。つまりは食事を取る店ではなく接客を売っているということなのだろう。
俺は肉……というか脂身を食べて会計に行った。カウンターで伝票を見せると金貨二枚も取られた、ぼったくりもいいところだな……
ここは要注意店舗ということをしっかり心に刻んで、甘い言葉には気をつけようと心に決めたのだった。なお、翌日には食べ過ぎで胸焼けがしたので仕方なく時間遡行を胃に使って健康だった状態まで戻しておいた。この日俺は決意した、安直に店を選ばないようにしよう。
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