第455話「ジャイアントスパイダーの駆除」

 俺は宿で不味い朝食を食べていた。不味いことは不味いが、それでも宿賃込みだ、あくまでも建前上無料となっている、ぼったくりよりどんなにマシだろうかと思う。無料の安心感は結構なものだ。


 しかしまあ黒パンと塩スープという質素すぎる食事には閉口してしまう。無料なのだから贅沢を言うなと言ってしまえばそれまでなのだが、よくまあここまでケチることが出来るものだなと感心してしまう。


 食事を終えて俺は当然の如く別の食堂へ向かった。とにかく肉を食べたかった。メニューでは野菜スープを名乗っていたが、欠片も野菜など入ってもいなかった。肉どころか野菜もないというのは驚きだ。


 そして今度は料金がしっかり明示してある店を選んで食堂に入った。ここは金貨一枚とやや高いがおかわり自由だ、その価値はあるだろう。明示されているものは良いものだ。


 食堂に入って先払いで金貨一枚を支払って席に着く。そこで早速と豚肉のソテーを頼んだ。肉まで自由に心ゆくまで食べられるのはありがたい。頼んでからメニューをしっかり見てどこにも『別料金』と書かれていないことを確認してそっとテーブルの隅に置いた。


 しばし待つと香ばしいタレに絡められた分厚い豚肉が出てきた。俺はそれを軽く食べて次にパンと飲み物を頼んだ。酒も料金内なのかもしれないが、用心をして誰でも飲める果実ミックスジュースを頼んだ。


 そしてふかふかの香ばしいパンが運ばれてきたのでそれを噛んでジュースで飲み込む、至福の一時だった。


 さて……腹の問題は解決したのでギルドに行こうと思う……思うのだが……


「めんどくせえ……」


 思わずこぼしたその言葉を誰にも聞かれていないので安心して食堂を出た。朝食料金で安かったのだが、メニューに書かれていた夕食の価格は金貨十枚だった。なかなか気軽に払えるものではないし、払えるからといって何の感情も抱かずに払える金額ではない。ギルドで夕食代くらいは稼いでおきたいなと思う。


 ギルドに入るとクエストボードに一直線に向かって報酬の良い依頼を探していく。


「シャドウドラゴン討伐」面倒くさい。

「グレートモールの討伐」探すのが大変だ。

「迷い猫の捜索」くだらないことをギルドに頼むな。


 そうしてえり好みした結果、一枚の依頼票が残った。


「ジャイアントスパイダーの駆除、報酬一匹につき金貨一枚」


 なるほど悪くない依頼だ。本来討伐で一匹金貨一枚はこの町を基準にするなら安いものだ、しかしこれには『一匹につき』と書かれている。


 ジャイアントスパイダーは大蜘蛛で子だくさんな繁殖力を持っていることで有名だ。つまり繁殖した幼体をプチプチ潰していけば簡単に大金が手に入る計算になる。


 その依頼票を剥がしてマルカさんのところに持っていく。マルカさんは少し驚いた様子で俺に依頼の説明を始めた。


「クロノさん、確かに受けるのは自由ですし、こういった依頼が片付くというなら確かにありがたい話なんですがね、正直面倒で危険な相手だと思いますよ?」


「大蜘蛛をサクッとまとめて倒せばいいんでしょう? 方法くらいいくらでもありますよ」


 最悪証拠集めがクソ面倒なことにはなるが空間ごと砕いて粉々にすることは出来る。証拠を求められると困るのだがそこはどうとでもなるものだ。


「クロノさんなら確かに可能でしょう、そうは思うのですがまさかの油断もあり得ますしソロで受けさせるのは少し気が引けると言いますか……」


 なんだ、俺の実力にも信用がないんだな。


「蜘蛛ごときに負けることはありませんよ、どうとでもなる相手ですから」


「しかし蜘蛛の糸にまとわりつかれたりしたら……」


「その心配は無いです」


 時間停止を使用するからな。動きが止まれば蜘蛛の巣にも効果がおよんでべたつかないように変えられる。


「断言しますね……根拠は?」


「うーん……俺の実力ですかね」


 尊大と思われてもいい、どうせ蜘蛛ごときを倒したところでロクに評価などされないだろう。虫を倒して粋がっていると逆に舐められてしまってもおかしくない。


「その自身はどこから来るんですかね……まあいいでしょう、『秘密』ってことですよね?」


「そのとーり」


 のらりくらりと会話を流して受注をしたいところだ。これでそこそこの稼ぎにはなるだろう。


「分かりました……受注処理を進めましょう、本当に問題無いんですね?」


 俺はドヤ顔で頷いた。ジャイアントスパイダーがどれほどだというのか? 所詮は虫の一種ではないか、恐るるに足るような相手ではない。


「受注処理終わりました、相手は町の壁に巣を張って危険なので駆除をお願いしますね?」


「え? ああ……はい!」


 マズかったかな……町の壁に巣を作るとは……これでは空間圧縮で押しつぶすと町への甚大な被害が容易に予想出来る、慎重な作業が必要だ。


 振り返ること無くギルドを出て、町の門から出ようとすると衛兵が『お願いします!』とだけ言ってきたので俺は『任せろ』と言って堂々と町から出て行った。大口を叩いたのだからそれなりに信頼に応える必要はある。報酬なりの仕事をしよう。


 案内によると南の方に巣を張っているらしいので、そこに向けて歩いて行く。ぐるりと壁伝いに回ったところで手に細い糸が触れた。なるほど、これが蜘蛛の巣か。


 そんなことを考えていると大蜘蛛が上空から降ってきた、このまま捕食するつもりなのだろう、アイツからすれば俺は巣にかかった餌にしか見えていないようだ。


『ストップ』


 時間停止を使用すると、ジャイアントスパイダーの巨体が動きを止めた。さて、後は狩るだけだが……卵はないのか? 孵化したての子蜘蛛を倒して荒稼ぎを狙っていた俺としては非常に不本意だ。


 残念でもなんでもないものは無いのだから仕方ない。俺は懐からナイフを取り出そうとした、その時にその音は響いた。


 プチプチプチプチ


 蜘蛛の糸が俺の動きを邪魔することなく切れていった、刃物で切りつけたわけではない。純粋に力だけで意識せずともこの程度の束縛ならちぎれるようだ。おそらくこれもバフのおかげだろう。まさか力がここまで強化されているとはな……


 そこでまず蜘蛛を殺す前に巣の糸を素手でプチプチちぎって巣を除去しておく。全て消えたところでドサリと落ちてきた蜘蛛の巨体にナイフを突き立てた。討伐完了。後はストレージに入れるだけだ。


 そして時間遡行で気持ちの悪い蜘蛛の糸を取り払ってギルドに向かった。


 町の門をくぐるときに衛兵が『ありがとう!』と感謝してくれたので悪い気はしなかった。


 太陽が頂点を少し過ぎたところでギルドに入るとマルカさんが笑顔で出迎えてくれた。


「どうやら自信には根拠があったようですね」


「ええ、思ったより弱かったですよ。査定場で検分をしてもらえますか?」


 そう頼むとマルカさんはそっと金貨を一枚差し出してきた。


「衛兵さんが巣の除去を確認されていますよ、気にしないでください、根拠なんてそれで十分なんですよ」


 ありがたい話だな。幸い魔法の詳細を調べられることもなさそうなのだが、俺は金貨一枚というダンピング同然の価格で依頼を引き受けてしまったことを後悔したのだった。

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