第453話「ゾンビを供養した」
今日は何事も起きていないようなので優雅な朝食を食べていた。大抵こういうときに限って無茶な依頼が入ってくるので、油断こそ出来ないものの、退屈を楽しむには十分すぎるほどに何も無かった。
出来ればこのまま何も起きないで欲しいなという心と、どうせまた何か起きるんだろうという予感がせめぎ合っている。大抵こういう時に限って面倒な依頼が舞い込むものだ。
そこでギルドに向かうかどうかの考えが巡っていく。行けば薬草採集等の平和的な依頼で済むかもしれないし、それこそドラゴンを倒せと無茶振りをされる可能性も十分にある。
考えていてもキリが無いので朝食に集中することにした。ベーコンと卵の組み合わせは素晴らしいものだと思う。こんな日に厄介ごとなど押しつけられてたまるかっての。
軽い食事を終えたあとでギルドに向かう。平和はいいなあと思いながら朝食がそこそこ美味しかったことを喜びながら歩みを進めた。
そしてギルドのドアを開けるといつも通りのギルドが広がっていた。
さてさて、何かめぼしい依頼が貼られていないものか。クエストボードを覗くと常設依頼意外にはドラゴンやマンティコアを倒してくれなどの無茶な依頼が貼られていた。さすがにこんなものは受けられないのでもっと楽そうなものを探す。
そうして視線を這わせていると一枚の依頼が目に入った。
『ゾンビの駆除、報酬は金貨一枚しか払えませんがどうかお願いします』
随分と安い依頼だがやけにへりくだっているな。高圧的に依頼を押しつけるよりは好感が持てる。
俺はその依頼を剥がして受付へ持っていった。マルカさんは依頼票を見ると渋い顔をした。
「クロノさん、この依頼クッソ安いですけど本当に受けるんですか? オススメはしませんよ」
「別にいいじゃないですか、俺だって気まぐれを起こすことくらいありますよ」
マルカさんはあきれたような顔をしてから俺に話した。
「この依頼なんですが孤児院からのものなんですよ。無碍にも出来ないので貼り出していますけど安すぎて誰も受けていませんよ」
「でもゾンビの駆除くらい簡単でしょう? 金貨がもらえるなら引き受ける人の一人くらいいてもいいんじゃないですか?」
「まあ……それはそうなんですがね……」
苦虫をかみつぶしたような顔でマルカさんは話す。
「ゾンビなんですけど孤児院であまり良い死に方をしなかった上に司祭様からも見放されたような死体なんですよね……一応孤児院でも弔っているらしいのですが、定期的にこういう依頼が出てくるんですよねえ……」
「なるほど、仕方がないですが、誰かが受けるべき依頼ですよね? 俺が受けますよ」
「普段の依頼にもそのくらいのやる気を出して欲しいですねえ……」
マルカさんは最後まで不満げだったが、一応は納得してくれ、俺の受注処理は進められた。
「はい、受注処理は完了しました。目的地は町外れの孤児院ですのでよろしくお願いしますね」
「任せてください」
何か言いたげなマルカさんを放っておいてギルドを出た。普段の依頼もきちんと真面目にやれといいたいのだろうが、町の金持ちが道楽で出している依頼と切羽詰まった依頼とでは優先順位が違うのは当然だ。可哀想な子供が世に迷い出ているなら始末をつけてやるのもまた大人の役目だろう。
町外れの孤児院、それは本当に困窮しているようで質素な格好をしたシスターが出てきて俺の対応をした。
「クロノさんでしたね、依頼を受けてくださり本当にありがとうございます」
善意だけでやっているのだろう、エルフの女性は感謝をしているとハッキリ言葉にした、まだ成功させたわけでもないのにだ。それはなかなかできることではない、成果を出さないと評価されないのが普通だからな。
「それで、ゾンビはどの辺に出るんですか? 墓地ですか?」
「はい……この孤児院の裏の墓地です。なにぶん十分な埋葬はで来ませんのであの子たちも迷ってしまったのでしょう」
心底悲痛な声でそう語った。町の共同墓地ではなく孤児院専用の墓地だということがまともな埋葬を出来ていない理由の全てだ。
「ゾンビは……襲ってこないんですか?」
「はい、不思議なことなのですが私たちとの絆でもあるのでしょう、さまよい歩くだけで人は襲わないんですよ」
だったらそれほど切羽詰まった役割でもなかったということか。まあ目の前のシスターからすれば、自分の面倒を見ていた相手がアンデッド化したのだから一大事なのだろう。
「それではアンデッドを倒してきますね」
「少し待っていただけませんか。クロノさん、武器を見せていただけますか?」
「はぁ……? 別に構いませんが」
どうせ自分以外に扱えるようなものでも無いのでナイフを取りだしてシスターに差し出した。するとそれに祈りを捧げて聖属性のエンチャントをかけた。
「ええと……サービスのつもりですか?」
俺は不躾に質問をした。
「いえ、あの子たちを送ってあげるのに私が協力しないわけにもいきませんから……これで切れば神の御許にいけるはずです」
この人なりの責任の取り方ということか。俺は一つ頷いて孤児院の裏に向かった。
そこは……なんというか……静謐な雰囲気を湛えていた。とてもゾンビが出るようには思えないのだが、『ウググ……』とか『コホォ』などゾンビが声を出そうとして肉体がそれに耐えられない音を立てていた。
気が進まないがこの子供のゾンビの群れを送ってやるとするか……
「悪いな、これも仕事なんだ」
手近な一匹にナイフを突き立てるとさらさらと灰になって消えた。よく見ると光がうっすらと見えるくらい強力なエンチャントがかけられていた。
「あの人もしっかりと手伝ってくれるということか……」
俺は蘇らないようにしっかりとゾンビの心臓部分にナイフを刺していった。全てのゾンビが綺麗に灰に還ったところで依頼は完了となった。
「お疲れ様です。本当にありがとうございました」
そう言うシスターの言葉には心からの感謝の色が見て取れた。
「いえ、さすがに放っておくには心が痛む依頼でしたからね……」
「報酬をもっと出せればいいのですが……どうにも僅かな税金と寄付で成り立っているもので……」
「気にしないでください、たまにはこういうのも悪くないですよ」
そう言って孤児院を出てギルドに戻った。ギルドは喧噪としており、生きている人間の場所という感じがした。先ほどの死者の方が多かった場所とは比べものにならなかった。
「クロノさん、やっぱり無事でしたね」
「ええ、ゾンビ程度に負けはしませんから」
俺はゾンビに敵意がなかったことは黙っておいた。死者をあの世に送り出すような役目は何度押しつけられてもいい気はしない。綺麗さっぱりに消えたにしてもやはり心は痛むものだ。
「では報酬です。本当にクロノさんはこんな報酬でよくやりますね……次はもっと儲かる依頼をお願いしますよ?」
「そうですね、考えておきます」
俺は金貨を一枚受け取って夕食にギルドで食事をしようとカウンターに向かった。
「オーク肉の……いや野菜スープと揚げパンを頼む」
なんとなくだがアンデッドを倒した後で肉を食べる気はしなかった。俺はそう注文し、本日の依頼の報酬の半分を支払った。
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