第452話「アシッドスライムの駆除」
その日の朝食は宿でとらなかった。いい加減質素な朝食に飽き飽きしていたからだ、ああいう物は旅の最中ロクな食事がとれないときだけでいい、普段から常食するような物ではない。
そもそも時間停止を身体の組織にかければ食べなくても生きていけるのでそういった事態に陥ったときはありがたく食べるが、いくらでもまともな食事がある中で選ぶことはないのだ。
そして食事を終えてギルドに向かう。当面遊んで暮らせる金はあるにしても、やはり資金が減っていく一方というのは気分がよくない。まあ良い依頼がなければ逃げればいいだけだしな。そんな安易な気持ちでギルドへと向かった。
ギルドに着くとドアを開ける、心地よい喧噪が中にはあふれていた。うんうん、平和そうで何よりだ。さて、クエストボードの方はどんな感じだろうか?
平和なのでそれほど人の集まっていないクエストボードに目を向ける。大したことのない依頼が多い中で、一枚カラフルな依頼が残っていた。こうやって少しでも依頼票に目を惹きつけようという努力は嫌いじゃないぞ。
『アシッドスライムの集団討伐、報酬金貨百枚』
ふむ……なかなかの報酬である。スライム系としては上位の方に入る個体だが、エンチャント済みナイフで刺せば潰せるだろう。しかし……
「ナイフが痛むんだよなあ」
強力な酸を持ったスライムなので、その身体を切ると、酸で切ったものが刃こぼれしてしまう。せっかくのヒヒイロカネのナイフをそんなことに使っていいのだろうか? 無駄遣いのような気がしないでもないな。
他の依頼も眺めてみたのだが、薬草採集やポーションの納品、ランドワームの駆除などあまり楽しいとは言えないものだった。これを受けるべきだろうか? ここまで目立つ依頼票にしてあるのに未だに受けられていないと言うことはそういうことだろう。
あまり気は進まないが、他にめぼしい依頼がなかったので、その目立つ依頼票を剥がして受付に持って行った。
「クロノさん! この依頼を本当に受けてくださるんですか?」
何やら驚いたように言うマルカさん。何を恐れることがあるのか、強力な酸を吐き出す程度の攻撃しかしてこない雑魚だろう。
「スライムの駆除でしょう? そんなに驚かれるようなことではないと思うのですが?」
するとマルカさんは少し困った顔をして言った。
「そうなんですがねぇ……アシッドスライムの変異種のようでして、とにかく繁殖力が凄いそうなんですよ……薬草や牧草を食い荒らすので是非とも駆除してくださいとお願いされたのですが、その依頼が貼られるの一回目じゃないんですよ」
「なんですか、再依頼ということですか? 珍しいですね」
「ええ、見事に失敗したようでして、一匹でも残っているとすぐ大群や大きい個体が出来てきますからね、キリがないんですよ。ギルドとしては自然消滅するまで待って欲しいとは伝えたのですが、『そんな者を待っていたら植物が全滅する』と言って憚らないんですよね」
なるほど、だからここまで目立つ依頼にしてあるのか。今度こそは成功させてもらいたいと言うことなのだろう。しかし繁殖力の強い種か、少しだけ面倒な相手だな。
「報酬はこれが上限ですか? 根絶するのでもう少し値上げして欲しいのですが……」
マルカさんはやる気がなさそうに言う。
「別に構いませんけど失敗したときに評判が落ちますよ? それでも構わないというなら構いませんが……」
「では報酬の増額を掛け合っておいてくださいね、依頼の方は受注しますので」
「物好きですねえ……受注処理はしておきますよ。出現地点は町を出たところの草原ですね。ではお願いします」
俺はそれだけ聞いてギルドを出た。アシッドスライムの駆除のための道具を買いに日用品店に向かう事にした。
「これを頂けますか? ええ、この数で間違いないです」
俺は秘密兵器の石けんを大量に購入した。アシッドスライムにはコイツが効くのだ。
俺は収納魔法でストレージにため込んでいる水を少し分割してその中に大量の石けんを混ぜた。
下準備は完了したので町を出てアシッドスライムの群れを探しに行くことにした。
「あんたか……まあ今度こそ期待しているよ」
諦めたような声で門番さんが門を開けてくれた。幾度となく失敗を繰り返したので門番さんも今回もまた失敗すると思っているのだろう。
門を出て早速だが探索魔法を使う。南にある牧草地に大量のアシッドスライムの反応があった。そこへ向かって加速魔法を使う。
『クイック』
ダッシュでそこへ向かうとあちこちに大量のぶよぶよした物体が草を消化しているところだった。駆除のために俺は収納魔法を使って石けん水をストレージからスライムたちの真上に開きざばあと押し流していった。
パチンパチンパチパチ
スライムたちが石けん水で酸を中和され次から次へと破裂していった。特殊個体でなければ一匹一匹倒していたところだが、変異したゆえの弱点というのもある。チョロいものだった。
そうして見当たるところにスライムがいなくなったところで探索魔法を使った。するとスライムの反応は無くなっていたのだが、地面の下の一部に大きな魔力の反応があった。俺はそれを探ってみると、どうやらアシッドスライムを生み出すスライムマザーのようだった。
これはきちんと倒しておかないとまたスライムが増えてしまうな。おそらく今まで依頼を受けた人もこれに気づかず根絶に失敗したのだろう。
ビタアアアアアアン!
スライムマザーは石けん水を降らされたことにイラついたのか、地中からわざわざ出てきてくれた。手間が省けて丁度いいな。
さすがにマザーは石けん水だけでは倒せないようでなんとか先ほどの攻撃に耐えきったようだ。
「じゃあお前が最後だ」
仕方がないのでナイフでブスリとスライムマザーの身体を刺すと、そこから固体化していられなくなったらしく、一杯の水の入った革袋に針を刺したかのようにそこからはじけ飛んだ。
ヨシ、残っている個体はいないな。チョロいものだ。
念のために探索魔法を使ったが、あたりのスライムはきちんと根こそぎ駆除されていた。
『リバース』
スライムの体液でびちゃびちゃになった装備を時間遡行で綺麗にして町に帰った。
「お疲れさん、今度は完了でいいのか?」
「ええ、次に同じ依頼を受ける人はいないと思いますよ」
門番さんと軽くやりとりした後でギルドに向かった。
「だーかーらー! このギルドでも随一のやり手が引き受けてくれたんですよ? 最低金貨二百枚は……はあ? 百五十枚? 舐めてるんですか?」
マルカさんは俺が失敗するとはまったく思っておらず、しっかりと交渉をしてくれている様子だった。通信魔法の相手にキツく言っているが俺の報酬交渉なので頼もしい限りだ。
俺は遅めの昼飯を注文してマルカさんの交渉が終わるのを待った。
そうして食事もほとんど終わった頃にギルドに一人の男が大きな革袋を持って入ってきた。
「本当にアシッドスライムの駆除は終わったんだろうな? また残っていたら承知しないぞ!」
「ええ、完璧に終わったと門番から連絡が入ったのでご心配なく、割増料金を払ってさっさと検分にでも行ったらどうですか?」
マルカさんが嫌味っぽくそう言うと男は袋を置いて出て行った。
交渉が終わったようなのでマルカさんに報告をした。
「なるほど、スライムマザーですか、そりゃあ根絶出来ないはずですね。誰一人気がつきもしなかったのですから」
「マザー個体は一匹だけだったのでそれをきっちり倒しておきましたよ、これで心配は無いはずです」
するとマルカさんは愉快そうに言った。
「あのオヤジがなんと下手に出てくるかは見物ですね! 私の交渉で手に入れた金貨二百枚です! どうぞ!」
そう言って二つの袋を差し出してきた。どちらにもずっしりと金貨が入っており、マルカさんの交渉力の強さを伺わせた。
「それでは俺はきっちりやりましたので後はクレームがついたら教えてくださいね?」
「はい! でもクロノさんを信じていますから、きっとクレームなんてきませんよ」
だといいのだがな。そう思いながらその日の依頼は完了した。結局、後日になってもクレームは入らなかったのだが、後に下手に出ながらギルドにお礼をしに依頼者がやってきたとマルカさんは語っていた。
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