第451話「酒盛りでなくなった酒の納品を頼まれた」

 ドラゴンスレイヤーの称号を得た翌日、宿の食堂にはそれなりの数、朝食を食べに来ていた奴がいた。


 無論俺を見に来たなどといった理由ではない、全員が安い麦粥を食べていた。青白い顔をしているので要するに二日酔いになって重い食事を食べられないということでここに流れてきたのだろう。


 俺はさっさと酒を体内から消化してしまったのでスッキリしたものだが、普通はこうして気分が悪くなるようだ。俺は楽々と麦粥を啜ってまともなものを食べに出て行った。


 普通に美味しい食堂で食事をして、ギルドに向かった。


 ギルドでは予想通りというかなんというか……多くの人が潰れており、水のようなスープや味の薄いパンを食べていた。どうやら昨日の飲み会では皆よほど飲んでしまったらしい。


「あ゛……グロノさん……おはようございまず……うえっぷ……」


「あなたまで酔ってどうするんですか……」


 俺はようやくといった風に話しかけてきたマルカさんにポーションを小瓶一本渡した。それを一気飲みしてようやく人心地がついたようだ。


「済みませんね……どうも昨日飲み過ぎちゃいました……それにしてもこのポーション効きますね」


「まあそこそこの品質のものですからね。昨日飲ませてもらったタダ酒でチャラってことにしておきますよ」


 どこまでいってもたかだかポーションだから恩に着せるほどのものでもないだろう。それより受付の人が俺に吐瀉物を吐きかけてきそうな方がよほど困るからな。


「クロノさん、残りのポーションを同僚にわけてきていいですか? 皆さん飲み過ぎてしまったようで……」


「どうぞ、ご自由に。それは差し上げたものですからどう使おうが自由ですよ」


 聞くが早いかマルカさんはさっさと奥に引っ込んでいった。あのポーションなら薄めて使ってもそれなりの効果があるだろう。


 職員の多くが酔い潰れていたようだが調理担当は飲めなかったようで、食事はとれるようなので白パンとトウモロコシのスープを注文してしばしそれを飲んで待った。食べ終わった頃にようやくマルカさんは戻ってきた。


「クロノさん! あのポーション、すごく効いたんですけど本当に無料でいただいてよかったんですか!?」


 どうやらポーションを飲んだからか、スッキリした顔の他の受付も出てきた。


「昨日の古酒のお礼ってことで気にしないでください、おかげさまで貴重なものが飲めたんですからね」


「そう言っていただけると幸いです。クロノさんは相変わらず底が知れないですね……」


「俺はただの旅人ですよ、お気になさらず」


「ところでクロノさんにお願いがあるのですが……」


 やれやれ、どうやらまた面倒な頼みごとをするつもりらしい、はた迷惑な話だが話だけでも聞いてあげるとするか。


「なるほど、それでどんなどうでもいいお願いがあるんですか?」


「どうでもよくはないですよ! このギルドの経営にとって死活問題なんですよ!」


 おお、真剣な顔だ、よほど重要な話なのだろう。しかし俺はギルドの経営などに関われる者ではないぞ? 一体何の用があるというのだろうか?


「それで、重要なお願いとはなんですか?」


 するとマルカさんは声を潜めて話し始めた。


「実はですね……昨日の大盤振る舞いでギルドの酒が大量に出まして……今在庫がほとんど無いんですよね……クロノさんのことだから収納魔法にたくさんお酒があるでしょう? それを少し融通していただけないかなあと思いまして……」


 まったく重要でもなんでもない話だった。むしろどうでもいい話だと言ってもいい。自分たちで売り払ったものに責任を持てないのだろうか? ギルドの酒が尽きるほどに商品を出すことのリスクも考えなかったのか……


 とはいえ原因が一応俺にあることは責任を感じてはいる。まあここの人だったら理由をつけて飲んでいたかもしれないが、知らんけど。


「要するに酒を卸してくれってことですね? まあ別に構いませんよ、払うものを払っていただけるならね」


「もちろんですよ! クロノさんには恩義がありますからね、そう簡単に不義理はしませんよ!」


 その言葉を信じていてもいいのだろうか? まあ酒くらいなら大量にあるから卸しておくのもいいだろう。


「それで、どんなお酒をご所望ですか?」


「レアなものをお願いします、昨日に大量に出たので残りがあんまり無いんですよ……」


 なるほど、珍しい酒か……


 俺はストレージから金になりそうな酒を取り出す。文句の一つもつけようがない珍しい酒だ。


「このお酒が珍しいんですか……どれどれ……うわっ!?」


 香りを瓶から直接嗅いだものだから酒臭さに瓶を取り落としそうになり俺がひやりとした。強い酒なので注意をしておいた方がよかったな。


「これは……なかなかの物ですね……辛さだけでなく甘みのような物も感じます」


「そこそこ高級品なので注意して扱ってくださいね」


 マルカさんはそれを丁重に扱ってしまい袋を一つ出してきた。


「この金額でいかがでしょうか?」


 俺は袋を覗いて、金貨が詰まっているのを確認し受け取ってストレージに入れた。


「一本だけで構いませんか? 他にも割と良い酒を持っていますよ?」


「では是非大衆向けのお酒を出してください! なかなかの量を買い取れますよ!」


 大衆向けか。だったらあれがいいだろう。


 ストレージから安めの酒をまとめて二箱ほど取り出す。ミッチリ詰まっているのでこれで十分だろう。


「一本どうぞ。値段はそれで決めてください」


 俺は一本だけの物を取りだしマルカさんに渡した。


「ほほう……では一杯いただきましょうか」


 俺の取りだしたエール瓶を開けグイッと飲んだ。その顔は驚きのものに変わったので不味いわけではなさそうだ。


「プハァ! これはなかなかの物ですね! 二箱ですか……もう少しお持ちではありませんか?」


「そりゃあありますけど買い取れるんですか?」


「安心してください! 私は権限をいただきましたからね! クロノさんがドラゴンスレイヤーになったおかげでギルマスが偉そうなことを言えなくなっている今なら買い取れますとも!」


「ハハハ……あなたも悪い人ですね……」


 俺はストレージからさらに二箱取り出して計四箱を納品するサインをした。そしてありがたく金貨の入った袋をいただきストレージに放り込んだ。


「ところでギルマスはそこまで落ち込んでいるんですか?」


「あー……本物が出ちゃったことがよほど堪えたんでしょうね……ノルマにやかましかったのがすっかり静かになってしまいましたよ」


「お気の毒に……」


「何言ってるんですか? そもそもクロノさんが原因でしょうに……」


 それはごもっとも。しかし部下に軽んじられるギルマスと言うのは気の毒な気がした。


「ふぅ……これで次に商隊が来るまでは持ちそうですね。ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げるマルカさん。ドラゴン討伐から大物が出てきていないのでそれほど問題は無いだろう。


 俺は帰りにクエストボードに目をやったが、やはり緊急の依頼は貼られていないようだったので、今日は依頼を受けず酒の売却代金で少し豪華な夕食を食べたのだった。

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