第450話「ドラゴンスレイヤーの称号をもらった」

『クロノ様、タールドラゴン討伐の件で用件がありますのでギルドまでお越しください』


 そう書かれた手紙が封蝋付きの封筒で、朝食を食べている宿に届いた。どうせくだらない用事なのだろうが一応行っておいた方がいいだろうか? 少なくとも封蝋の刻印はこの町のギルドである、さすがにそれを無視してしまうのは少し気が引ける。


 今日の朝食は固くなったパンだ。明らかに昨日売れ残ったものを買い付けたのだろうとすぐ分かる。所詮は宿泊費込みの食堂だが不味いにも程があるだろう。


 さて……この不味い朝食を食べているわけだが、ギルドに行けば食事もきちんとしたものを食べられる、この宿で追加料金を払う気にもなれないし、ギルドでちゃんとした飯を食べるついでに用件を聞くくらいのことはしてもいいだろう。


 というわけで朝食を食べ終わり次第、ギルドに向かうことにした。あまり美味しくないのでさっさと口に詰め込んで冷めたスープで腹に流し込んで宿を出た。まともな料理を食べるためならギルドに行くのだってそれほど苦行ではない。


 宿の外は柔らかな光にあふれており、平和そのものといった感じだった。この様子なら面倒な依頼を押しつけられることもなさそうだ。そんな呑気な気持ちでギルドに向かった。ギルドの呼び出しを無視するならこの町を出ていかなければならないし、適当に対応してすませておこう。


 そこでいやな予感がよぎった。ドラゴン討伐のことで呼び出されたのだからまたドラゴンを討伐しろといわれるのかもしれない。だとすればさっさと倒して逃げてしまうことにしよう。ドラゴンを倒すのは難しくないが、そればかり押しつけられると嫌気が差す。だからそうなった場合は逃げるに限る。


 しばし歩いてギルドに入るとおっさんが出迎えてくれた、しかも偉そうな人なのに腰を曲げてこちらにお辞儀をしている。うわぁ……これ絶対面倒な用件だ。


「ええっと……ギルドの呼び出しで来たのですが、何のご用だったのでしょうか?」


 男は顔を上げて言った。


「この旅はギルドを代表してギルドマスターの私がお礼を申し上げる。本当に感謝している!」


 なんだ一体? 何が起きているんだ? わけがわからないぞ。


「ギルマスも固いですね。私がお話ししましょうか」


 そう言っていつものマルカさんが出てきた。ギルマスは顔を上げて少しマルカさんに耳打ちをして奥に引っ込んでいった。


「ギルマスは挨拶をしましたし、問題無いですね。クロノさん、あなたのこのギルドでの地位を『ドラゴンスレイヤー』として登録しますというわけですよ」


「何がという訳なんですか……わけ分かんないですよ」


 俺の痛切な言葉を親切に無視してマルカさんは話を続けた。


「クロノさんの当ギルドへの貢献度を考えると何か称号が必要だと思いましてね、ドラゴンを倒したと言うことで、ドラゴンスレイヤーの身分をクロノさんに与えようというわけです」


「いや……普通にそういうのいらないんですけど……」


 しかし周囲にいるギャラリーが『おい! ドラゴンスレイヤーだぞ!』『凄え新人がいたものだな!』『結婚して欲しいかも……』『すごーい! 付き合って!』などなど好き放題言い始めた。こちらの気持ちも考えてほしいものだ。


「まあまあ、クロノさんのドラゴンスレイヤー受賞記念に良いお酒を開けることに決定したのでそれで納得してくださいよ」


「酒ですか……」


「ちなみにこの場の皆に振る舞われます!」


「よっしゃああああああ!」

「酒だあああああ!」

「伝説の葡萄酒を開けるって聞いたぞ!」

「俺は古酒を開けるって聞いた!」


「はいはい、皆さんの期待通り全部開けますから大いに飲んでくださいね、半額で高いお酒が飲めるんですからクロノさんに感謝してくださいよ」


「クロノさんばんざーい!」


「金は取るんですね……」


 俺が小さくつぶやいた言葉にマルカさんは『当然でしょう?』と言っていた。祝賀会で参加料を取るような真似をするのだな。


「ちなみにそれは俺も払うんですか?」


 念のため尋ねておいた。


「主賓は無料なのでご安心を」


 どうやら俺はタダ酒を飲めるらしい。無料で飲めるなら悪くはないか……しかしそれにしてもドラゴンを倒しただけで大騒ぎするのだな。大したことではないと思うのだが珍しいのだろうか?


「それでは、クロノさんのドラゴンスレイヤー祝いに乾杯! あ、このエールは無料なのでクロノさんに感謝してくださいね」


「乾杯!」


 周囲の乾杯コールで全員がエールを飲み始めた。俺にも渡されたので一杯飲んだ、それからパーティが始まった。


 どうやらここに集まった皆は俺の称号に興味は無く、祝いの酒を飲むために集まったのがほとんどらしい。俺ももちろん飲んだのだが無料の酒はやはり美味しいな。


「クロノさん、皆さんクロノさんがギルドに表彰されることをお祝いしてくれているんですよ? 誇らしいでしょう?」


「皆さん酒目当てにしか見えませんがね……」


 俺の言葉に反論するマルカさん。


「失礼ですよ、皆さんこの町でドラゴンスレイヤーの誕生に感動しているだけです、恥ずかしいから素直にクロノさんにお礼を言えないだけですよ」


「そうは見えませんが」


 あっという間に酒盛りは大いに盛り上がっていた。古酒もじゃんじゃん開けられて金貨が飛び交っている。半額に釣られてついつい飲んでしまっている人が多いようだ。


「クロノさんも一杯どうぞ。出来のいい年の葡萄酒ですよ」


 マルカさんが一杯のグラスを持ってきた。断るのも何か失礼な気がするので、渡されたグラスを一杯飲んだが確かに美味しかった。出来のいい年というのは確かなのだろう。実際に定価で買うといくらなのかは恐ろしいので聞かないことにした。世の中知らない方がいいことは多いのだ。


「美味いですね」


「でしょう! 当ギルドの秘蔵品ですからね、ギルマスもケチですから何かないと振る舞われない品なんですよ?」


「そいつは味わって飲まないと申し訳ないですね」


 俺はしっかり別料金になっている食事を注文したのだが、注文時に『あなたは本日無料ですのでご安心してください』と言われた。なるほど、ドラゴンスレイヤーになるのも悪いことばかりではないらしい。豚肉の料理に赤い葡萄酒を合わせると最高のハーモニーで味わいだった。これは当分味わうことの出来ないものだろうからしっかり味を覚えておこう。


「しかしギルマスは気が小さいんですか? マルカさんにほとんどお任せだったみたいですが」


 マルカさんはイタズラっぽく笑った。


「なかなか豪胆な人ですよ。ただですねえ……ギルマスが常々言っていた自慢話に『俺は昔ドラゴンを倒したことがあるんだぞ!』というものがありまして、事あるごとに言っていたのですが、本物のドラゴンスレイヤー相手にはそうは言えなかったんでしょうね……フフフ」


「マルカさんもなかなか意地悪ですねえ」


 俺が呆れながらそう言うと悪びれることもなく返答してきた。


「そんなわかりやすい嘘をつく方が悪いのですよ、ギルドの歴史を調べれば、以前ドラゴンがこの町に出たのがあのギルマスが生まれる前だって事くらいはすぐ分かるんですから」


「嘘がお粗末ですねえ……」


 俺は呆れを含んだ声でそう言い、酒を大いに楽しんだのだった。

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