スキル「時間遡行」でPTを救ってきましたが、記憶に残らないので無能扱いされて追い出されました。しょうがないのでスローライフ始めました。誰も知らないチート日記!
第449話「旅の商人にタールドラゴンを売り払った」
第449話「旅の商人にタールドラゴンを売り払った」
その日、宿で金のかからない朝食を食べていた。無論無料とは言え宿泊費込みの無料なので最低限の味で出来ている。ハッキリ言えば余り美味しくないと言うことだ。
というわけでこの宿でまともに美味しい食事を食べようとすれば別料金を払わなければならない、つまり別料金を払うならもっとまともな食堂で食事をするということだ。
そう、ただの美味しくない朝食のはずだったのだがその日は一つ妙なことがあった。女が一人、俺より先に食堂で朝食を食べていた。しかも宿に泊まっている様子は無い。つまりわざわざ金を払って不味い朝飯を食べているということだ。理論的ではないし、普通はそんなことをするはずもない。
気になるのはその女が一人の少年を連れていることだ。子連れかとも思ったのだが、だとすればもう少しマシな飯が食べられるであろう金を払ってこの宿に来ている理由が分からない。
少年も食事をしているが、子供だけあって正直に不味そうに食べているあたりにこの宿の限界が感じられる。
俺もさっさと食べてここを出ようと思って無料の朝食を頼んで待っているとオーク肉の串焼きがついていた。
「あちらのお客様からです」
給仕はそう言って下がった。もう既にいやな予感しかしない。見ず知らずの人間に見返りを求めず奢るほど人は優しくないことを知っている。案の定先ほどの女が食事を終えて少年を連れ俺のテーブルにやってきた。
「ここ、座っても?」
「どうぞ」
断るには少し悪い気がする、何が目的かは知らないが、俺に用があってのことだろう、無碍に断ってもいいのだが、その女からは金の匂いがした。
俺は朝食の薄めの麦粥をすすりきったところで尋ねてみた。
「何のご用でしょうか? まさか用が無いとはいいませんよね?」
ハッキリ用件を尋ねると女は悪びれた様子も無く用件を切り出した。
「話が早くて助かるわ。あなた、ドラゴンを討伐したというのは本当かしら?」
「ああ、そんな噂も立っているようですね」
否定はしないが肯定もしない。好きなようにとれる返答をした。この話の流れからすると用件は大体分かった、交渉の手段を全部さらけ出す必要は無い。
「噂というのは根拠もなくたつものではないわよ、現にギルドではあなたがドラゴンを倒したと評判よ」
面倒なことをいう人だ。知っているなら始めからハッキリ言えばいいのに。要するに……
「売ってくれ、ということでしょう?」
ドラゴンの死体は素材として優秀らしい、自分でバフをかけたその辺の棒や布の方が強いような気がするのだがドラゴンと名がつけばそれなりの金額で物好きが買うらしい。ドラゴンというのがブランド化してしまっているような気がするが、本当にドラゴン装備が必要なのか考える人はいないのだろうか?
「さすが! 話が早いわね、こうして収納魔法持ちを連れてきたかいがあったわ! あのクソ不味いメシを出されたときには食器をたたき割りたくなったのを我慢したかいがあったわ!」
物騒なことをする人だな。この人は二人組みで来ている、ということは……
「そちらの子が収納魔法持ちですか?」
「ご名答! ドラゴンでさえも収納出来る化け物容量よ! もっとも……それを軽く収納しているあなたからすれば大したことがないのでしょうけれど……」
ふーん……ドラゴンの死体ねえ。欲しいというなら売ってもいいがよりにもよってタールドラゴンの死体だぞ? そんなものが本当に欲しいのだろうか?
「ちなみにどんなドラゴンを狩ってきたかは調べているんですか?」
「あなたを受け付けたギルドの受付に金を掴ませて話させたわ、タールドラゴンだそうね?」
マルカさん……金に負けたんですか……ギルド職員としてそれでいいんですか? まあ隠すような情報でもないと言ってしまえばそれまでだが。
「なるほど、それであのべたつくトカゲの死体が欲しいんですか? 物好きにも程がありますね」
女はキリッとした顔になって答えた。
「正直気持ち悪いと思うわよ、あなたは知らないかもしれないけれど、ドラゴンの死体というだけでとんでもない金額を出す人間が大勢世の中には居るのよ」
「物好きの極みですね。使い道がないものを道楽で買うとは好事家ですね」
くだらないにも程がある。ドラゴンの死体だからといって価値が有るなんて馬鹿げている話だ。価値あるものを知らないのだろうか? ドラゴンという名前がついていればいいなら、牛肉を干したものでもドラゴンの肉と言い張っただけで高く売れそうだな。
「おかげさまで私みたいな商人もやっていけるのよ、素敵な人たちだと思っているわよ? 金づるとしてね!」
正直な人だ。少し好感が持てる。くだらない建前でも自分が食べていくためには利用する、商人としては正しい話だし商人が売ってくれといわれたものを売っているだけということか。
「ちなみに死体の状態はどうかしら? 出来るだけ新鮮で傷が少ないと助かるのだけれど」
「傷は脳天に一撃、それが致命傷ですね。それと殺したてのように新鮮ですので鮮度はご心配なく」
俺の言葉に少しだけ驚いた顔をする商人。収納魔法担当の少年も隣で驚いていた。時間停止を使用していることは話さないにしても鮮度への言及くらいはしてもいいだろう。
「あなた……実力派なのね。普通はドラゴンを一撃なんて不可能よ?」
「不可能なんて決めつけるのはよくないですよ。やってみれば案外出来るものです」
女は笑顔になって『面白いわね』と言った。
「それで、どうしますか? 死体はドロドロのタールにまみれていますけどそれを収納魔法まで使って商売道具にしますか?」
「もちろんよ! 稼げるときに稼ぐのが商人よ!」
断言された。商人としての矜持のようなものはあるようだ。なんであれ高値で売れるならゴミのようなものでも買い取る、それが彼女のスタイルなのだろう。
「ではギルドの査定場を借りましょうか?」
そこで死体の検分をしてもらわなければ売値が決まらない。
「借りる料金は私が持つわ、その代わり他の商人に売らないでね?」
「あなたが買い取りを保証してくださるなら売りましょう」
「交渉成立! じゃあ行きましょう」
俺は串焼きを食べたのでさっさとギルドに行ってストレージの中に入っている気持ちの悪いものを売り払うことにした。一抹の懸念を持ったままギルドに行ったのだが……
「査定場ですね、あれを取り引きするなら金貨一枚ですね」
マルカさんはなんでもないことかのように言った。いいのだろうか?
「あっさりしていますね? ドラゴンの死体を直売しても構わないんですか?」
そう尋ねてみるとあっさりとした答えが返ってきた。
「タールドラゴンはギルドで保管するには面倒ですからね、買い取ってくださる方がいるならその方が手間がかかりませんよ」
そんなものを買い取ろうとしているこの女商人は何者なのだろうか? 商人の素性を聞くのも礼儀に反するか……
そして査定場に入りタールドラゴンの死体の時間停止を解除すると同時に取りだした。
「臭いわね、石炭を食べるだけのことはあるわね……」
少年は涼しい顔をして立っているので彼の方は我慢強いようだ。俺はハンカチで鼻を押さえて商売を始めた。
「それで、正直なところ俺も処分に困っているんですが、これをいくらで買いますか?」
「金貨一万枚出すわ」
「へっ!?」
思わず変な声が出た。正気だろうか、この使い道がない死体にその金額を出すとは……
「それで、売るの、売らないの?」
「売りますよ、こんなものに大金を払う物好きはそうそういませんからね」
「よろしい、じゃあしまってちょうだい」
少年が収納魔法で一つの大きめの革袋を取り出し、それからするするとタールのしたたるドラゴンの死体をしまい込んだ。
「売っておいてなんですが、元が取れる目算はあるんですか?」
思わずそう訊いてしまった。物好きにも程があるだろう。
「売ってしまうのが商人という生き物なのよ」
そう断言して査定場をさっさと出て行った。それでいいのだろうか?
俺は少年がドラゴンの死体をしまう前にとりだした金貨の袋をストレージに入れながら夢うつつの感覚でいた。
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