第448話「勇者たちの噂をまた聞いた」

 その日、その食堂を選んで食事をしたのは全くの偶然だった。美味しい食事が食べたかった以上の意味は無い、そこで何か情報を得ようというつもりなど全く無かった。それだというのに俺は周囲で話されている妙な噂を聞いてしまった。


「オーク肉の生姜焼きを頼む」


「かしこまりました」


 適当なメニューを頼んで水を飲みながら届くの待つ。そこで隣の席に着いていた冒険者グループがおしゃべりをしていた。


「知ってるか? 勇者様の噂」

「知ってる知ってる! 信じられないよなあ……」

「アレが勇者の限界だって噂よ? 私も勇者になれそうね」


 勇者と効いてしまうと思わず耳がそちらの音を聞きに行ってしまう。あいつらが元気でやっているかは気になるのだ。俺を追い出したくせに苦労しているなど情けないことになっていて欲しくはないのだ。俺を堂々と追い出したのだから俺無しでドラゴン討伐くらい簡単にやって欲しいものだ。


 話題が勇者の話になったのでそちらに耳を傾けながら食事をじっくりと待った。


「勇者様がアンデッドから逃げ帰るとか信じられないよなあ……」

「そもそも発生したアンデッドは勇者様が倒した魔物のものだって聞いたわよ?」

「マジかよ……自作自演も出来てねえじゃねえか」


 あのバカどもは魔物の死体処理はしっかりやれとあれだけ言ったのに雑にすませたのだろうか? あいつらなら何もしていないまであり得るので恐ろしいことだ。


「なんでもアンデッドの大量発生で辺境伯がブチ切れたって話だぜ?」

「そらキレるだろ、解決するかと思ったら別の大問題を起こされたんだぞ」

「しかもアンデッドって疫病の原因にまでなるじゃない、魔物のままの方がマシだったんじゃない?」

「それでも一応アンデッドは討伐したらしいがな……辺境伯がキレなかったら無視してただろうってもっぱらの噂だぜ」


 今すぐ俺が連中のところに行ってお説教をしてやりたい気分だった。あいつらを教育しなかったことを後悔してしまった。そこまで学習能力がないとは思わなかった。俺を追い出すということは俺のアドバイスなど覚えたから不要だと思っているのかと思っていた。どうやらそうでもないようだ。


 まあ……魔物は倒したのだから一応は頼まれたことはこなしたということでいいのだろうか? お世辞にも誉められた話ではないと思うし、問題を起こしているのは論外だが、責任を持って後始末までしたのは及第点といったところだろうか。


 そして心底思うのだが、その場に俺がいなくて良かったと思う。勇者たちの後始末なんて面倒なことをするのは絶対にいやだ。


「しっかし、勇者パーティなのにドラゴン相手に逃げたらしいわね、そっちじゃあ結局領主様が軍を出して討伐したとか……情けない話よねえ……」

「まあドラゴン相手に逃げたくなる気持ちは分かるがなあ……一般人じゃなくて勇者なんだからもう少し頑張って欲しいよなあ」

「昔は倒してたらしいぜ、依頼した領主様がその事を聞いたら『うるせえ!』って逆ギレしたらしいぞ?」

「アホなのか? 手を抜いていると思われてもしょうがないだろ」


 あいつら……何をやってるんだ……ドラゴンくらい倒せっての、情けなくってあきれるぞ。


「そういやドラゴンといえば鉱山に出てたドラゴンを倒したやつがいるらしいな」


 俺はドキリとしてそのグループから顔を逸らした。


「勇者より強いんじゃねえのか? あいつらはワイバーン相手に撃退がやっとだったって話だぜ? それも半死半生で帰ってきたからエリクサーを要求してきたとか」

「ここにもドラゴンを倒せる人がいるっていうのに勇者を名乗っておいてそれ以下ってのはねえ……」

「案外勇者がそいつを下請けにしてたりしてな!」

「おいおい、いくら何でも不敬だぞ。勇者たちがいくら弱いにしても俺らよりは強いだろうさ。本人が聞いたらキレるんじゃないか?」

「冒険者なんて実力が全てだぜ? ドラゴンを倒した人に任せれば勇者の撃退くらい簡単だろ」


 頼むから俺に話を回さないでくれ。勇者たちが情けないことになっているのは分かったが、連中も一応ワイバーンくらいは倒せるらしい。しかし俺がいないと死んだらそれまでなので引き際を見誤っているのではないかという気もするがな……


「オーク肉の生姜焼き定食、お待たせしました」


 そこへ注文していた料理が運ばれてきた。俺はお礼を言って食事を始めた。


「勇者がどのくらいまでなら勝てるのかって賭けの対象になってるってマジなのかな?」

「あり得ないとは言い切れないところが怖いわね……」

「なんでも勇者が討伐依頼を受けたら生きて帰ってくるか賭けている連中がいるって話を聞いたな」


 あいつら……そこまで堕ちたのか? いや、確かに俺の助けでやって言っていたような連中だったがそこまで情けないことになるとは思っていなかった。死んでしまうとまるで俺のせいのように責任を感じるので、出来れば死なないでいてほしいものだな。


「勇者への指名依頼がガンガン減っていってるらしいよな」

「まあそれはいいんじゃない? 問題は実力を疑問視されているのに受注額を下げないその性根よ」

「そこは腐っても勇者というブランドがあるからなあ……安売りはできないんじゃないか?」

「くだらないプライドね、それで死んだら笑いものよ?」

「何言っても無駄だろ。勇者パーティって全員がバカみたいにプライドが高いって話だぜ、これからも以前の活躍にすがっていくんだろうさ」

「みっともないわね」


 あいつら何をやっているんだ……いくら何でも弱すぎだろう。少なくとも適切な指示が出せればドラゴンくらい倒せる実力はあるだろうに……指導者を雇うようなことはする気がないのだろうか?


 俺を追放したのはそりゃあ確かに自由だよ、だからって代わりを用意しないのは余りにもお粗末なやり方だ。まさか勇者が指示役を出来るとでも思っていたのだろうか? アイツはいつも最前線に経って突っ込んでいくので毎回俺が蘇生していたんだぞ? いくら蘇生の記憶が無いとはいえ、自分がロクに指示を出していなかった記憶は残っているだろうに、そんなことも分からないバカだったのだろうか?


「なんでも辺境伯がキレたせいで貴族の面々に悪評が立っているって話よ? これから苦労するんじゃないかしら」

「情けない連中だなあ」

「それでも一般パーティより実力はあるらしいがな、雇うのに普通の連中の何倍も依頼料がかかるらしいからな、依頼自体が減っていくんじゃないか?」

「皆の勇者像が崩れていくわねえ……」

「俺は逆に人間らしくて安心したよ」

「ハハハ! そりゃ勇者だって人間だものな!」


 カチャン


 おっと、食事の方にまったく気をつかわず、勇者パーティの話を聞いていたら皿が空っぽになっていた、よそ見をしながら食べるものじゃないな。


「会計を頼む」


「はい!」


 俺は給仕に会計を頼んで支払い食堂を出た。そして勇者たちが情けないことになっていることを悲しみつつ、一応生きてはいることに安心したのだった。

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