第447話「町の石炭坑道で魔物が出た」
その日の朝はなんだか町が静かな気がした。平和の予兆だろうか?
なんにせよ平和なのはいいことだ、面倒なことばかり押しつけられていたからな。平和な日々を少しでも体験しておきたい。
というわけで俺は宿でのタダ飯を蹴ってまともな食堂へ向かうのだった。
さて、今日はこの店に入ってみるかな……
そう考えてなんとなく選んだ店なのだが、中に入ると数人の怪我人が見えたのだが、それ以外は至って平和という雰囲気なので問題無いのだろう。怪我人はまあ……何かの拍子に手を滑らせたか何かだと言うことにしておこう。
「今日のオススメをくれ」
俺は食堂のオヤジに注文をしてのんびり喧噪に身を任せてのんびりと料理が出てくるのを待った。
しばし待っていると肉を焼いている匂いが漂ってきた。どうやら肉料理のようだ、まあこんな内陸地で海産物を提供されても傷んでいそうで怖いだけだからしょうがない。
「お待たせしました、オーク肉丼です」
「ああどうも、ありがとう」
持ってきた給仕にお礼を言って食事を始めた。それにしても平和な日だ、何も起きないことがまるで奇跡のようだ。
俺が丼にスプーンを突っ込みながら考える。これは不穏の予兆ではないだろうか? 嵐の前の静けさという言葉もある、これから面倒なことになるからその予兆として凪の如く静かな時を刻んでいる気がした。
面倒事に巻き込まれるのはゴメンなので、宿にこもっていようとしたところで声をかけられた。
「ちょっといいですか? もしかしてあなたはマルカさんと仲が良い旅人さんですよね?」
まったく知らない少女から声をかけられたので思わず反応してしまった。これではまるで関係していますと自白しているようなものじゃないか、こういう時柱を切り通すのが正しい選択だったのに……
「マルカさんが探し歩いてましたよ? 見つけた人には金貨一枚出すとまで言っていましたよ」
「なんでそこまで俺にこだわるんでしょうね!?」
ヤケクソ気味に俺は叫んだ。どうして面倒なことの方が向こうからやってくるのだろう。
「坑道のあたりで何かあったようですね、詳しいことは信用されている人にしか話せないそうですが」
「そうですか、ところで俺を見なかったことにしてくれませんかね?」
「私も金貨が欲しいのでマルカさんには正直に報告しますよ?」
「はぁ……分かったよ、これを食べたらギルドに行くと言っておいてくれ」
俺は諦めきった感情でそれだけ言って食事に戻った。まったく……面倒なことばかりやってくるんだからいい災難だよ。文句の一つでも言いたくなるのを我慢して食事を終えて代金を支払いギルドに向かった。
ギルド内は葬式ムードであり、皆なんだか暗い雰囲気を纏っている。どうせロクでもないことなのだろうからさっさとマルカさんのいる受付に行く。
「で、新人を使ってまで俺を探していた理由はなんですか?」
不躾にそう尋ねるとマルカさんはまったく悪びれることもなく答えた。
「ちょっと石炭鉱山で異変がありましてね、奥で話しましょうか」
そう言って俺の手を引いてギルドの奥へ連れて行く。普通は公開の場で話をするべきなのだが、要するに隠しておきたい事実があるようだ。
「こちらで話しましょう」
そう言って通されたのは防音で外に音が出ないようにしてある部屋だった。どうやらしっかり隠しておかなければならない事態のようだ。クエストボードの前でざわついていたのは不穏な雰囲気を感じ取ってのことだろう。彼らは何一つ詳細は知らないにしても、何か不穏な事態が起きていることは感じ取っていたのだ。
「さて、それではクロノさんにドラゴン討伐をお願いしましょうか」
そう切り出したマルカさんだが、そのどこに隠しておきたい要素があるのだろうか?
「ドラゴン討伐ですか、やれば出来ますが何か厄介なことになっているんですか?」
俺がそう答えるとマルカさんは目を白黒させた、面白い人だな、今は顔芸をするような場ではないだろうに。
「は? クロノさんはドラゴンを倒せる自信があるんですか!?」
「ええまあ、前に討伐したこともありますし、最近強くなりましたからね。負ける気がしませんよ」
その言葉にマルカさんは目を潤ませて俺の手を取ってきた。
「クロノさん! どうかタールドラゴンの討伐をお願いします! ギルドとしては本当に困っているんです!」
「待ってくださいよ、とりあえず詳細をお願いします」
タールドラゴンといえばベトベトした場所を好むドラゴンの亜種だったはずだが、こんなところで出たというのだろうか。
「実は……鉱山で出てくる岩トカゲの駆除をしていたらですね、得体の知れない魔物に出会ったらしく、討伐に数人差し向けたところ返り討ちに遭いまして……詳しく調べるとドラゴンだと判明したのです。その人達には口止めをしているのですが、町にドラゴンが出ると噂になる前に討伐をお願いします!」
情報量が多い、まあそれを無視すれば鉱山で出てきたタールドラゴンを討伐してくれというだけのことなのだろう。
「そのくらいは出来ますが、報酬はいくらですか?」
「敵は一体、報酬は金貨七千枚です」
まあ受けてもいいだろう、この町にしては破格の報酬だしな。
「分かりました、その金額で受けますよ」
「ありがとうございます! 鉱山への入場許可は出しておきますのでどうか討伐してしまってください!」
そんなわけでドラゴンの討伐は久しぶりだが、あのエセ神にもらった力もあるのでタールドラゴンごときに負ける気はしない。軽く倒して報酬を頂こう。
「ではさっさと討伐してきますね、鉱山の場所はどこですか?」
「町の北部に炭鉱への入り口があるのでそこから入ってください」
「それだけ聞けば十分です」
俺は聞くことは聞いたのでさっさと炭鉱へと向かった。
町外れにそれはあった。入り口にいた衛兵は俺を見るなり敬礼をして中に案内してくれた。案内といっても入り口を入ったところまでだがな。
「ではクロノさん、討伐をどうかお願いします」
それだけいって下がっていったので、俺は魔力灯が点灯していることを確認して探索魔法を使った。一カ所にやたらと濃い魔力の反応がある、多分コイツで間違いないだろう。
加速魔法を使ってダッシュで向かうことにした。
『クイック』
鉱山内を高速で移動していく、分岐にあたったときは魔力の反応の方向に向けて進んでいった。
『サイレント』
気配を探知されないように反応に近づいたら気配を断つ。そして反応のある方を覗き見ると身体から真っ黒の油をダラダラ垂れ流しながら石炭を噛んでいるドラゴンがいた。
コイツで間違いないのでサクリと倒してしまおう。
『ストップ』
時間停止をタールドラゴンに使用する。効くかどうかは五分五分程度だと思っていたのだが、永続バフのおかげか見事に動きを止めた。動きの止まったドラゴンの頭にナイフを突き立てて命を刈り取った。大人二人分程度の大きさなので収納魔法には入るのだが、余りこのべたつくドラゴンを入れたくはない。
仕方がないので収納魔法でストレージに専用空間を作ってそこに放り込んでおいた。これでそこかしこが汚れるようなことはない。
こうして俺はドラゴン討伐という面倒なことを終えてギルドに帰った。
「さすがはクロノさんですね! ドラゴンごとき敵ではないと思っていましたよ」
「倒したらもう公開してもいいんですか……気楽なものですね」
「もう危険は去りましたから、倒したのでもう安全でしょう?」
それでいいのかとは思ったが、ドラゴンの危険はもう無いのだから構わないのだろう。
「ではこちら報酬になります」
そうして大きな袋を出してくれたのだが、一つ気になったのでマルカさんに尋ねてみた。
「ドラゴンの死体を確認しなくてもいいんですか?」
「いなくなったことは通信魔法で鉱山から確認していますから、わざわざ人心を乱すためにあんな化け物がいたなんて証拠を見せていただかなくて結構です」
そういうものなのだろうか? なんにせよ当分生きていける金になったので俺はありがたく夜の街へ繰り出した。
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