第446話「ペット愛好家が逃がしたサラマンダーの駆除」

 その日の朝食は宿でとったのだが、なんと肉が入っていた。いや、ハンバーグなのだから肉が入っているのは当然なのだろうが、ほとんどが豆を挽いたものでかさ増ししているとは言え、多少の肉が入っているのは驚きだった。ただし何の肉かは一切分からない味だったので俺はこの謎の肉を食べて大丈夫だったのだろうか?


 宿を出てあの肉は食べたことのない味だったなと思ったのだが深く考えるのはやめた。世の中知らない方が良いことは多いものだ。


 やはり肉の割合が余りにも少ないため町の中に出している露店で肉の串焼きを一本買って食べた。そちらはきちんとオーク肉の味がしたので安心出来た。


 そうして朝食と少しの肉を食べてからギルドに向かった。そもそも得体の知れないものを食べるくらいならギルドで食べれば良かったじゃんなどというシンプルな結論には至る気がしなかった、やはり無料とありがたいものだ、たとえそれが宿代に含まれていたとしてもだ。


 ギルドに入るとクエストボードに目をやる。今日はざわついていないので大した依頼は無いのだろう。いつもの薬草採集やコボルトの討伐など比較的安全な依頼が並んでいた。


 その中で一つ……いや、二つ異彩を放つ依頼が並んでいた。


『サラマンダー討伐、報酬金貨千枚』

『サラマンダーの保護、報酬金貨百枚』


 一枚だけなら気にしないのだが、この二つが並んでいることを奇妙に思った。対象は同じサラマンダー、討伐と保護という正反対の依頼、明らかに関係を匂わせるものだった。


「おや、クロノさん、その依頼に目をつけるとはお目が高い!」


 後ろからマルカさんが話しかけてきた。この人は俺の後ろに気配も無く立っていられるようで実は実力者なのではないのかと思っている。


「マルカさんですか……この二枚にはやはり関係が?」


「その二枚の依頼票には深い深い関係があるのですよ、聞いていきませんか? 食事を奢りますので食べながら説明しますよ」


「ではいただきましょうかね……」


 無理そうなら断ればいいしタダ飯が食べられるなら食べておくべきだ。何より珍しく、マルカさんが依頼票の事情を話してくれるというのだから、聞いておくにこしたことはない。


 マルカさんについて行って飲食コーナーのテーブルにつくとマルカさんは俺たちにエールを一杯ずつとクリームパスタを注文した。メニューの選択はマルカさんの趣味だろう、奢ってもらえるならメニューを選ぶ権利がないことくらい仕方のないことだ。


「さて、どこからお話ししましょうかね……」


「長い話になるんですか?」


 マルカさんの様子から長話になりそうだなと思ってそう訊くと『面倒な話なんですよ』と答えが返ってきた。


「まずですね、サラマンダーなのですがお察しの通りあの二枚の依頼票に書かれていたのは同一個体です」


 少し意外だがあり得ることだとは思っている答えだった。


「討伐と保護を同時に出すとは随分奇妙な話ですね」


「ええ、奇妙な話になってしまったのです」


 マルカさんは苦々しいものを咀嚼しているような顔をして言った。


「この町にはサラマンダーをペットにしていた富豪がいましてね……」


「ペットにして『いた』ですか、過去形な時点で大体察することが出来ますね」


 どうせ逃げられたってところだろう。管理が雑だとよくある話だ。しかしまあサラマンダーをペットにするとは随分と金に余裕があることで、羨ましい話だな。


「まあそういうことです、大きくなったので処分しろとお達しを出したのですが拒否されまして……町の外に逃がされたんですよね……」


「よく逃がすことが出来ましたね……?」


 ある意味凄いのではないかと思う。普通はまともに警備している町なら塀の外に出すのは不可能だぞ。


「その時は町の塀の保全作業中でして……穴があったんですよねえ……」


「穴があったら逃がしたいってやつですか」


「何か違うような気がするんですがね……まあそんなわけで町の外にサラマンダーが逃げてしまったわけですよ、と言うことなので討伐してくださいというわけです」


 なるほど、逃がしてしまったサラマンダーの後始末か。ということは……


「保護を主張しているのは飼い主だったやつですか?」


 まあ他にいないだろうな。


「そうなんですよ……ペットを飼う権利は保障されていますからね、第三者がペットを傷つけるのは許されないということを主張されていまして」


 無理筋もいいところだな。自分の無責任さを人に尻拭いさせるのはお世辞にも感心出来ない。飼いたいんだったら強固な檻に閉じ込めるくらいしかないだろう、その程度の努力もせず逃がすという安易な選択をしておいて保護しろとは都合がいいやつだな。


「そこで保護依頼を出してきたわけです。依頼が無茶なものでも出す権利だけはありますからね、出すだけで受けてもらえるわけではないですが」


「なるほど、と言うことは討伐依頼を出したのはギルドですか?」


 話の流れから行ってそうなるだろう。そして保護依頼より高額な収入を出しているわけだ。


「町としても周囲に危険な魔物が出歩いているのを放置は出来ませんから」


「なるほど、そしてペットを飼う権利は町の中でしか保障されていないと」


 つまりは町の外で起きたことには干渉出来ないということだろう。


「お察し通りです。町の中に入れられる前にサラマンダーを始末すること、それが今回の依頼です。どうです、受けて頂けませんか?」


 ふーむ……やって出来ない事は無いが……


「恨みを買ったりはしませんかね?」


 逆恨みで寝込みを襲われるようなことになったら災難だからな。


「それは大丈夫ですよ」


 しれっとマルカさんは断言した。


「サラマンダーの飼い主は嫌われてましたから」


 身も蓋もない話だった。まあ人脈があればわざわざギルドに依頼を出したりはせずに人づてに回収を頼んでいただろう。


「分かりましたよ、受けます。この町から発つときになってサラマンダーに襲われたら倒すだけ損ですしね、今受けておくことにしますよ」


「ありがとうございます! それでは受注処理を進めておきますね」


 こうしてあっさりと依頼の受注処理は進んだ。保護依頼の方は見向きもされていないあたり嫌われていることがハッキリと分かるな。


 そして受注が完了し、町の外に出ることにした。外に出るときに門番さんに『悪いな……』と言われたので逃がしてしまった責任は感じているのだろう。


 無事町の外へ出たので日当たりのいい場所を探す。トカゲは温度の高いところにいることが多いからな、サラマンダーも例外ではないだろう。


 そして綺麗な南の砂地に向かった。そこで俺は探索魔法を使用しサラマンダーの反応を探した。あっという間に見つかるのでこんなに簡単でいいのかと思ってしまう。


 トカゲの潜っている地点に移動して力一杯地面を殴った。砂埃が舞い散って吹き飛ぶ。その衝撃で地中に隠れ住んでいたサラマンダーは驚きでたまらず飛びあがってきた。


 そこへすかさず頭への打撃を入れる。グーで殴ると巨大なトカゲは炎に包まれたまま吹き飛んだ。そこで気絶しているサラマンダーの頭にナイフを突き刺した。動きを止めて全身の火を消して絶命したサラマンダーをストレージに収納魔法でしまって町に帰った。


 町に着くと門番さんが敬礼で出迎えてくれた。俺は頷いてからギルドに行った。


「ああ、クロノさん、相変わらず仕事が速いですね。討伐はしてくださいましたか?」


「ええ、きっちり仕留めてきましたよ」


「ありがとうございます! それでは査定場へどうぞ」


 案内された査定場でサラマンダーを取りだした。火も消えているので出しても全く問題無い。


「えーと……模様がこうで、特徴が……」


 しばし死体のチェックをしたマルカさんは満足そうに頷いて俺に頭を下げた。


「指定個体で間違いありません。お疲れ様でした、そしてありがとうございます」


 依頼はこうして完了となった。次の日、俺はギルドに行くのをやめておいた。予想通り飼い主の男が依頼が受注されたかとギルドに来て、サラマンダーが町の外で討伐されたことを訊いて発狂したらしい。マルカさんがご丁寧に次にギルドに顔を出したときに『スッキリしましたよ!』と言っていたので少しくらいは同情の余地はあるかもなと思った。

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