第445話「マンドラゴラの回収」

 俺は宿での朝食を諦め町の食堂に来ていた。世間話に美味しい話が混じっていることもあることだし、朝食代くらい必要経費だろう。現に宿で朝食をとっている人があまりいないのがその証拠だ。


「なあ……最近マンドラゴラが入荷してないよな?」


「そうだな、俺は結構アレを使った料理が好きなんだがな……」


 人の好みに多少の差はあるのだろうが、マンドラゴラを料理に使うとはなかなか無い発想ではないだろうか? と言う過去の食堂はそんな妙な料理を出しているのか……もう少しまともな料理を出そうとは考えないのだろうか? 人の食事の好みに口は挟まないが、まあ……独特な味覚の持ち主のご様子だ。


 俺は朝食のオーク丼を食べ終わったのでギルドに向かった。朝食時に妙な話を聞いていたせいかクエストボードを眺めて真っ先に目がいったのはその依頼だった。


『マンドラゴラの収穫、報酬金貨五百枚』


 確かに報酬は良いのだが、マンドラゴラを集めるだけでその金額がもらえるのだろうか? 伝説上の叫び声を上げるような種類のマンドラゴラならともかく、ただの高級な薬草程度のものにそれだけの金額をつけるだろうか? いくら何でも高すぎるような気がするのだが……


「クロノさんにしては珍しいですね」


 そう声をかけてきたのはカウンターから出て、こちらに向かってきたマルカさんだ。この人は俺を便利屋と見ているのではないだろうか?


 俺は依頼を強制的に受けさせられるようなことがないように、慎重に言葉を選ぶ。気をつけなければ、ろくでもない依頼を押しつけられてしまう。


「俺はただ珍しい依頼があるから眺めていただけですよ、受けるつもりはありません」


 こんな単純な依頼なんて絶対に裏があるに決まっている。危ういものにわざわざ近寄るべきではないのだ。ギルド内でこの依頼に注目している人がおらず、剥がされてもいない時点でろくでもない依頼なのは目に見えている、受けるようなものではないからな。


「簡単な依頼ですよ? クロノさんがこの前受けた薬草採集より遙かに割が良い依頼だと思いますがね」


 依頼には難易度と報酬の割合がある。薬草採集は確かに安いが、その分簡単な依頼であるので割合にしてみれば悪くないものだと思っている。戦時の薬草調達などは地獄のような有様だが、平時にその辺で薬草を刈ってくるだけのものと、マンドラゴラを収穫してこいと言うのでは難易度が違うのだ。


「まあまあ、悪い話じゃないですから、話だけでも聞いてみませんか?」


 マルカさんはそれでも引かないようだ。この意地っ張りなのは誰譲りなのだろうか? 親の顔が見たいものだ、いや、面倒事を避けるという意味では見ない方がいいのかもしれないな。


「そんなに割の良い依頼なんですか? どう考えても裏がある依頼でしょう?」


 俺がそう訊くとマルカさんはなんでもないことかのように言った。


「始めから裏があると分かっているならいいじゃないですか。それに難易度なりの報酬ではありますよ?」


 ああ言えばこういう人だな……しかしこの発言は裏があると宣言しているようなものだ。無茶ではないなら受注も不可能ではないかもしれない。


「しょうがないですね、話くらいは聞きましょうか……」


 俺は不承不承話を聞くことにした。この依頼の面倒なところもしっかりと聞き出しておかないとな。


「ではカウンターにお座りください! 依頼の詳細をお話ししますね!」


 ノリもよく案内するマルカさん。どこか面倒な依頼が片付いたと喜んでいるようにさえ見える。


 案内されるままに席について話を聞くことにしたのだが、マルカさんは報酬の高さについてまず語り始めた。


「この町の薬師の方が育てているマンドラゴラの収穫を手伝うだけで金貨が五百枚ですよ! こんな良い依頼そうそうないですよ!」


 はぁ、そんなことは分かっているんだよ、問題はそこではない。


「で、どうしてマンドラゴラを収穫するだけで金貨が五百枚ももらえるんですか?」


「……」


 黙ってしまった。これは面倒なやつだなと察して受注をやめようと席を立とうとしたところでマルカさんが耳打ちしてきた。


「実はですね……この前の雨でマンドラゴラが流されまして……それを回収しないとならないんですよ。それをクロノさんにお願いしたいなと思いまして……」


 まったく、そういうことか。要するにマンドラゴラの収穫ではなく散らばっていったマンドラゴラの回収をしてくれと言うことだ。それほど大きな植物でもないのに高値がつくので諦めきれずギルドに依頼を出したのだろう。


「散逸したマンドラゴラの収穫ですね? それ以上の面倒な要素は無いんですね?」


 俺の言葉にマルカさんはぱあっと顔を輝かせて頷いた。


「はい、たったそれだけの依頼です! クロノさんなら簡単ですよね! この依頼もクロノさんに見つけてもらって喜んでいますよ!」


 どうやらよほどさっさと片付けてしまいたい依頼だったらしい。喜々として受注処理は進み、あっという間に俺が受けることが決定した。


「では受注処理が終わったので回収にいってくださいね。マンドラゴラ畑は町を出て少し北に行ったところです」


「分かりました、さっさと回収してきますよ」


 マルカさんに見送られながらギルドを出た。目的地は町の北だ、おそらく栄養を大量に吸い取る植物を町中に植えると顰蹙を買うから町の外に植えたのだろう。


 門まで行くと門番に『あんたも災難だな』と言いながら送り出された。どうやら皆マンドラゴラが散逸してしまったことは周知だったらしい。だったら俺にも教えろと言いたいが、なんの関係もない赤の他人に教えるような慈善事業ではないということだ。


 門を出て町の北側に回ると立派な畑から何か作物がすっぽ抜けた跡を残して存在していた。さて、ここから探さなければならないのだが……


「俺なら簡単なんだよなあ……」


 幾度となく使った探索魔法で魔力の反応を探る、ぽつりぽつりと十数個の小さな反応が現れた。おそらくこれがマンドラゴラだろう。魔力を持った植物なので探索魔法に引っかかるのだ、チョロいな……


 それからは魔力の反応があったところに向かってマンドラゴラの回収をしていった。コイツが抜くとき叫ぶという伝説の種なのかは知らないが、もう既に畑から抜けている時点でそれを考慮する必要は無い。


 コツコツ二十個足らずの獲物を回収したら探索魔法を広めに使って反応がないことを確認する。きちんと消えているので俺は町へ帰った。


「あんた早いな! もう諦めちまったのか!?」


 門番に驚かれてしまった。俺は微笑んで『回収しましたよ』と言い、ポカンとしている門番を後にギルドへ向かった。


 ギルドのドアを開けるなりマルカさんが俺に微笑んできた。


「さすがクロノさん、お早いですね」


「結構面倒でしたよ……こういうのを隠して依頼を貼り出すのはどうかと思いますがね」


「まあまあ、成功したんだからいいじゃないですか」


 のらりくらりとかわすマルカさんに言葉も無く、俺はカウンターに泥にまみれた収穫物をストレージから取り出した。


「一つ……二つ……」


 マルカさんは熱心に数えだした。数は集めたはずだが不足があっただろうか?


「えっ? 一つ、二つ……」


 再び数え始めた、何か不足があるならハッキリ言って欲しいのだがな。


「不足がありましたか? 大体のものは集めたつもりだったんですがね」


「へ!? ああ、その……全く問題無いのが驚きでして……全部で十八個、依頼者の説明通り無くなったマンドラゴラの数と一致するんです。まさかクロノさん、この短時間で全部集めたんですか!?」


「ええ、そうですね、見つかる範囲では全て集めましたよ」


「す、凄いですね……では報酬はこちらになります」


 そう言って袋を取り出すマルカさん。依頼通りの料金をもらって俺はギルドを出た。その日の夕食が美味しかったことは言うまでもない。

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