第444話「音楽隊が来た」
その日朝食を食べていると町の中を歩きながら宣伝をしている連中が目に入った。パンと心ばかりの肉が入ったスープを食べながらぼんやりそれを見ていると声を掛けられた。
「クロノさんもあの人たちに興味があるんですか?」
俺は給仕さんのその声に即座に反応できなかった。眠気のせいだろうか、頭がぼんやりしていたのでついつい反応が鈍る、いいことではないな……
「何をやっている人たちなんですか?」
俺がそう尋ねると、給仕さんは自分のことであるかのように誇らしげに答えた。
「楽団が来たんですよ! 音楽っていいですよね?」
ああ、音楽隊が来たのか。余り興味のないことだったから気づかなかった。勇者たちと旅をしていた頃はそんな娯楽に気を回す余裕なんて微塵も無かったよなあ……思えば随分と余裕が出来たものだ。
「売れているんですか? なんだか必死に売っているように見えるんですが」
窓の外に見える男女三人はグループなのだろう、必死にチケットを売っていた。しかし無情にも道行く人たちはほぼ全員が無視して通り過ぎている。
「売れていればああして街角で販売なんてしていないでしょうねえ……」
悲しい話だ。しかし売れているかどうかなんて興味の湧かないことだ。しかし話なんて盛ればいいわけで、『大人気』とか『話題の!』とか適当なレッテルを貼っても問題無いだろうに、正直に実力だけで売っていこうとする姿勢には好感が持てる。
「クロノさん、差し出がましいようですがあの楽団の演奏は良かったですよ」
「そうなんですか、少し興味が湧きましたね」
「一給仕の戯れ言と思っていてくださいね、食器、お下げします」
そうして朝食は終わった。俺は宿の食事はやっぱり不味いなと思いながら別の食堂で食事をし直そうかと思いながら宿を出た。やはり朝食は専門の食堂で食べた方が美味しいな。
宿を出ると街角でチケットを販売している三人組が相変わらず熱心に売り込みを続けていた。集まっている人はまばらであり、あまり売れているとは思えなかった。
俺はまともな食事をとるために町の別の食堂に入った。
「牛肉のソテーを頼む、あとエールを一杯」
「かしこまりました」
俺はまともな朝食を待っていると貼り紙がしてあることに気がついた。
『今話題の楽団『ハイペリオン』の新曲が聴ける!』
そう書かれている貼り紙を目にして余り興味は湧かなかった。白い紙に黒のインクで無骨に書いてあるというのもあるだろう、飾り気のない宣伝だった。
これじゃあ売れるものも売れないよなあ……
そんなことを考えていると食事が運ばれてきた。俺は肉をありがたくいただくことにした。そして考えてみるとあの楽団の連中はこういう食事を食べられるのだろうか? あの売れ行きだと怪しいだろうな……そう考えると食事が終わった時あいつらがチケットを売っていた街角に足を向けた。
「ハイペリオンのチケット、絶賛販売中でーす! 是非この機会に聞いていってください!」
「一枚もらえるかな?」
俺ガそう声を掛けると驚いたように三人ともこちらを見てからチケットを一枚差し出した。
「ありがとうございます! 一枚銀貨七枚になります!」
「はいこれ」
俺は収納魔法から銀貨を取り出して三人に渡した。チケットを一枚もらい、明日が公開演奏日であることを知った。
その日は薬草採集の依頼を受けて日銭を稼いだのだが、購入したからには是非元が取りたいものだと『ハイペリオン』の連中がいい演奏をしてくれることに期待をしていた。なお、そちらに気をとられて雑な薬草採集をしたせいでノルマ分より五割り増しほど多く収穫したため、またしてもストレージの中の薬草の量は増えてしまった。この調子ではいくら容量を気にしなくていいとはいえ、持て余す量になる事は間違いなかった。
その日はそれで寝てしまい、翌日朝、朝からぶっ続けで演奏をすると言うことなので朝食を宿の貧しいもので済ませ、さっさと楽団のいるテントへと向かった。
そこはなかなか大きなテントであり、取り巻きも数人いたが、俺はチケットを見せて入場した。
さすがに朝一で演奏はしていないらしく、楽器の準備をしていた。打楽器から管楽器まで幅広く使用するのだろう、演奏をする全グループがせわしなく準備をしていた。
それを退屈そうに眺めていると、ようやく準備が終わったのか司会が出てきた。観客の埋まり具合は六割といったところだろうか? その程度の人数でも司会は務めて明るく振る舞いながら『今日は集まってくれてありがとー!』と声を張っていた。
「うおおおおおおおおお!」
「きゃあ!」
「頑張れー!」
なんだかんだで愛されているらしい。この楽団は人気があるようなので、俺が同情心のようなもので購入する必要はなかったかなと思えてしまった。まあ買ったものは今さら取り消せないので楽しませてくれるように期待しよう。
「では始めの一組! 『青空』です! 皆さん準備はいいですか!」
「うおおおおおおお!」
轟音がテント内に響き渡る、どうやらそれなりに人気グループのようだ。演奏が始まり、観客の歓声とともにあっという間に時間は進んでいった。
演奏はなかなかのもので、よく分からない楽器も使っていたが総じて上手だったと思う。その調子で数グループが演奏をしたり、時には歌ったりしていた。そして俺がチケットを買った『ハイペリオン』のメンバーが入ってきた。
途端にその日一番の歓声が上がる。なんだ、ファンはきちんと購入済みだったんじゃないか。ああして売れないふりをしていたのも演技の一つだったのだろうか? これだけ歓声が上がるということはチケットが売れていないはずもない。チラチラ周りを見ると観客席が七割くらい埋まっていた。チケットを買っていれば出入り自由だが、どうやらこのグループを見るためだけにチケットを買った奴らが増えたのだろう。
演技派だなあ……そんなことを考えながらハイテンポの音楽に身体を震わせながら聞いていた。観客が増えるだけのことはありそのパフォーマンスは素晴らしいものだった。歌声が響く中楽器がかき鳴らされる。それは覚醒を促し、興奮をさせてくれるものだった。
そうして演奏が終わるとぺこりと頭を下げて歌っていた女の人が言った。
「本日はありがとうございました! 是非名前だけでも覚えて帰ってくださいね!」
俺は演目が全部終わったのでテントを出た。そこではしっかりと出演したグループのグッズまで売っていた。商魂たくましい連中だな。
感心しながら夕食をどこで食べるかを決めて、そこで食事をとった。気のせいか心なし音楽が食べている間も耳の奥でなっているような気がした。
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