第443話「ポーションを売ってくれとせがまれた」

 その日、新人を助けたということで、ギルドでのお食事券をもらった俺はギルドに行って呑気に照り焼きオークを食べていた。美味しいのだがギルドとしては何故か気前よく俺の泊まっている宿まで届けてくれたのが気になった。普通はそこまでしないだろうと思う。


「おねーさん、エールもう一杯」


 結局欲望には抗えずエールを別料金で注文してしまっていた、これが目当てなのだろうか? 酒はそれなりに高いので酒を注文してくれた人には食事をサービスする、古典的な商売方法だ。


 それにしても信用商売だというのにこんな事が許されるのだろうか? 俺には理解のおよばない理由でもあるのだろうか? 深く考えるとギルドの闇に触れることになりそうなので素直に食事を楽しんでおこう。


 肉を平らげてパンを食べ、エールで口の中を洗い流す。爽快の一言だった。


 金になるような商売がないかなあ……


 勇者パーティは金のことだけは本当に困っていなかったからな、管理がガバガバでも上に頼めばいくらでも税金を出してくれる。その後始末に俺が狩り出されたことは一度や二度ではない、あいつらは十日で一割の法外な利子で上からもらった税金を貸し出していたが、それをよく取りっぱぐれて逃げられたのは自業自得だろう。


「クロノさん、この席いいですか?」


 おや、マルカさんも食事だろうか? ギルド職員だって休憩は必要だからな、無理もないことだ。


「どうぞ、俺はもう食べ終わったのでご自由に」


 それだけ言って席を立とうとするとガシッとマルカさんに腕を掴まれた。なんだかモジモジしているようだが何か用でもあるのか……まったく、ろくでもない依頼を押しつけてくるつもりなのだろう? そんなことより俺に上目遣いで迫られると無視するわけにもいかない。


 しかし何の用だろうか? ギルドに来た時にクエストボードに難関依頼がないのは朝一で来た時にチェックしている。第一依頼を受けに来た連中が誰一人として騒いでいないのが大した依頼のない証拠と言えるだろう。


 しかしマルカさんの視線には確固たる意志が感じられた。俺に何か頼み事があって、それを上手く運びたいのだろう、俺の腕を掴んだままじっと俺を見て様子をうかがっている、絵面的に非常にみっともないのでやめて欲しいのだがな。


 そしてマルカさんはようやくここにいたって重い口を開いた。


「クロノさん……この前エリクサーを納品して頂いたのは重々分かっているのですが、ポーションの納品をして頂けないでしょうか……」


 言葉を濁したいという意図が透けて見えるようなマルカさんの懇願だった。そんなことか、とはいえエリクサーがあるのだからポーションを納品しろというのは条理に合わない。上位互換があるのに下位製品を欲しがるなんて矛盾している。


「何でまた……? エリクサーを使えば怪我人を直すには不自由が無いでしょう?」


 そう訊くとマルカさんはギルドと冒険者に挟まれたなんとも奇妙な地位について語り始めた。


「それはそうなんですよ! 分かっているんですよ、分かってはいるんです! それでもギルマスがクロノさんからポーションを買い付けてこいと言って聞かないんですよ!」


 悲痛な叫びだった。しかしポーションを欲しがるなんてギルマスは何を考えているのだろう? ポーションならいくらでもとはいかないが潤沢に町に出回っているだろう。家庭用から軽い討伐用にまで幅広い種類があるはずだ。それを無視して俺に頼む理由が無い。


「何で俺なんですか? ポーションくらいちょっとした薬師なら簡単に作ってみせるでしょう?」


 俺の言葉にマルカさんは気重そうに話を始めた。


「クロノさんが先日助けたパーティのことは覚えていますか?」


 何を言っているのだろう? 覚えているに決まっているじゃないか。


「あの二人でしょう? 無事怪我もなく助けたじゃないですか」


 俺としてはほぼ完璧な救助だったと思うのだが何か不満があったのだろうか?


「クロノさんはしれっと言っていますけどね、あの後手当にギルドがあたったのですが、明らかに防具の損耗具合に比べて身体の傷がほとんど無いと言うことで、二人に状況を深く尋ねていったんですよ、そしてクロノさんが助ける時にお二人にポーションを渡したと言うことが分かったわけです」


 なるほど、まあ筋は通っている、しかし……


「ポーションですよ? その辺で売っているものを買えばいいのでは?」


 そう言うとマルカさんはバンと机を叩いた。


「クロノさんは自分がどんなものを作ったかすらご存じないと? どう考えても防具の損傷からいって二人とも生死の境目にいたはずですよ、それをポーション一本で治療してしまうなんてあり得ませんよ!」


 ああ、そういえば傷が深そうだったから少し品質の良いものを与えたんだっけ。それにしてもギルドは大げさだろう。


「売っても構いませんがポーションですよ? それなりの金額がつかないと売却は出来ません」


 買い叩かれて端金しかもらえないなんてのはゴメンだからな。


「もちろんですよ! そんなものを買い取れるほど名誉なことはないですよ! 今回のお願いは断られたらギルマス直々に交渉すると言われているんですよ?」


 大げさだなあ……ギルマスの出る幕なんて微塵も無いだろう。ただのポーションを売るだけでいいのに、そんなものにギルマスが出たらいい笑いものだ。


「では査定場でポーションを出してくださいね?」


「はーい」


 俺は軽い返事でマルカさんのお願いを了承した。ポーションは結構余っているし、値段がつくなら幾らか放出しておいてもいいだろう。


 そうして案内された査定場で俺はマルカさんに尋ねた。


「百本セットでいいですか? キリが良いですし細かいお金をジャラジャラさせたくないんですよ」


 俺のあんまりにも無礼な提案にマルカさんは口を大きく開けている。困った、余りにも雑な交渉にあきれられてしまったようだ。


「はああああああああああああああああああ!?!?!?」


 マルカさんの絶叫が査定場にこだました。いくら何でも在庫処分で欲を掻きすぎだろうか。


「ごめんなさい、冗談です、十本も納品しておけば十分ですよね」


 その言葉に俺に必死の顔でマルカさんは迫ってきた。


「百本! ポーションを百本持っている! クロノさん、その言葉に嘘はありませんね?」


 何やら怒っている様子でも無いようなのでコクコクと頷いたら、マルカさんは何やら深刻な表情で考え事を始めてしまった。そして少し経ってから『ギルマスに相談してきます!』の一言を残してダッシュで去って行った。俺はここで待っていればいいのだろうか?


 そして少しして息を切らせながら査定場に戻ってきたマルカさんの手には売買契約書が握られていた。


「ギルマスに掛け合って一本金貨十枚で買い取れる予算をもぎ取ってきました! この金額で文句がなければポーションを出してください!」


 帰るなりまくしたててくるマルカさんに閉口しながらも、俺はストレージからポーションを百本ちょうど取り出した。


 そしてマルカさんは慎重にそのポーションを鑑定してから売買契約書のギルド側の欄にサインをした。


「文句ない品です。計金貨千枚で売ってください!」


 そんなに価値が有るとは思えないが、俺は契約書にサインをした。マルカさんは査定場にギルド職員を呼んでポーションを全て運び去っていった。


「クロノさんの収納魔法には何でもあるんですねえ……」


「なんでもはないです」


 断っておかないと無茶振りの元だからな、万能であるかのように振る舞うのはリスクである。


「マルカさん、食事券をわざわざくれたのはこれが目的ですね?」


 マルカさんはイタズラがバレた子供のように俺にはにかんだ笑みを向けて頷いた。


「はい! クロノさんに頼んだのは大正解でした!」


 俺はただより高いものは無いという言葉の意味を考えながらギルドを出ていった。

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