第441話「薬草をエリクサーにする、需要はあるようだ」

「ふふふ……薬草をすり潰して水で薄めてっと……」


 現在俺はこの前の村で大量に集めてしまった薬草を調合している。あの村で薬草採集を熱心にやったわけではないのだが、依頼で出る度に薬草が生い茂った場所をかき分けて進むのでその時に狩りとったものが残っている。


 そいつを処分……というか錬金しておこうと思い夜のうちにセッティングをしている途中だ。薬草をすり潰す作業だって悪いものじゃない、地道に続けていけばいいだけなので失敗の恐れは無い。最悪時間遡行すれば薬草の状態まで戻せるしな、失敗のない錬金ほど簡単なことはないのだ。


 ゴリゴリ……ゴリゴリ……


 無心で薬草をすり潰す。それに水を混ぜたものをフラスコに注いでいく。失敗のしようがない簡単な作業だ。問題を挙げるとすれば処分したい薬草が山のようにあることだろうか。


 余り物はこまめに錬金してギルドに納品するのを心がけよう、勇者たちに任せていた頃はガンガン浪費していくものだからストックを必要以上に貯めていたが、もはやその必要は無いのだからな。


 ある程度すり潰したところで、手持ちのフラスコが一杯になったので余りの薬草は仕方がないが今度また使うことにしよう。


 炎の魔石でフラスコを温めながら上部の蒸留器に入った魔石で冷却して蒸留を行う。その前に魔石を入れておくのだが、この町では高値で売れそうなので多少品質の良いものを入れておいた。少しでも付加価値がつけば御の字だろう。


『オールド』


 時間加速魔法を使用して蒸留をガンガン繰り返しながら俺はベッドに入った。翌朝にはエリクサーになっているだろう。


 そうして眠りについて翌朝になる。俺はさわやかな薬草の香りで目が覚めた。


 周囲を一通り見回したが、しっかり全部エリクサーになっているので安心した。


『ストップ』


 時間停止で品質を保ちながらギルドに向かうことにした。しかしその前に朝飯だ、景気よく町の食堂で食べるべきだろうか? いや、いくらになるかも分からないエリクサーの売り上げに期待して浪費するよりも、売り上げが確定してから良いものを食べるべきだな。


 そんなわけで宿の食堂にやってきた。朝食はチーズの香りが漂うパンと、トウモロコシの香りがするスープだった。ショボい朝食ではあるが、この程度の方が良いものを食べるためにやる気が出るというものだ。


 俺はチーズの入ったパンをかじってから、夕食は美味しいものを食べようと覚悟を決めた。


 そうして宿を出てギルドに向かう。エリクサーの需要は混乱や戦闘時の方が高いのだが、さすがに俺が売るためだけに混乱を起こすわけにはいかない。そのくらいは受け入れるしかないだろう。


 そしてギルドのドアを開けると平和そのものの光景が広がっていた。この調子では足元を見ることは出来そうもないな。仕方ない、お求めになりやすいお値段で売り払ってやることにしよう。


 俺は受付に向かうとマルカさんが出迎えてくれた。依頼票を持っていない俺に怪訝な視線を向けてきた。


「クロノさん? 今日は受注してくださらないのですか?」


「ああ、ちょっとした納品をしたいんだけど買い取りを頼んでいいですか?」


 得心がいったのかマルカさんは俺にいつもの微笑みを向けてきた。


「かしこまりました、買い取りをご希望ですね。どういったものを納品していただけるのでしょう?」


「エリクサーを十本、原液で」


「……」


 何故か空気が凍ってしまった。こんな何事も無い平時にエリクサーを十本も売りたいというのは非常識だっただろうか? 仕方ない、もう少し納品量を減らすか……


「ごめんなさい、いきなり十本は無理でしたね、では五本では……」


「ちょちょちょ!? ちょっと待ってください! クロノさんはエリクサーを十本もお持ちなのですか!?」


 狼狽するマルカさんかわいいなあ。それにしてもエリクサーにそこまで驚かれても困るのだが……


「ありますよ、ええっと、確かストレージのこの辺に……」


 俺が収納魔法でストレージを操作し始めると慌ててマルカさんがそれを止めた。そして俺に耳打ちをしてきた。


「モノがモノなので奥の査定場で取り引きします、ここで出すのは控えてください……」


「はぁ」


 よく分からないがエリクサーを買い取ってくれる様子なのでありがたいことだ。しかし買い叩かれる可能性もあるのでそう簡単に安心は出来ない。


「ではこちらにどうぞ」


 ギルドの奥に入っていきながらマルカさんが尋ねてきた。


「クロノさんはエリクサーをどうしてそこまで持っているのですか?」


 どう答えたものだろうか? 貧乏性がたたって大量の薬草を持っていたことくらいは喋ってもいいかも知れない。まあ無駄に情報を出すこともないだろう。


「趣味みたいなものですよ、エリクサーを作る作業が好きでしてね」


「変わった方ですね……」


 呆れを含んだ声音でマルカさんはそう言った。別に人がどんな趣味をしていようが自由だと思うのだがな。あるいはそこに嘘を見抜かれたということでもあるのだろうか? だとするとマルカさんは随分と勘がいいようだな。


 そんな世間話をしていると査定場に着いたのでテーブルの上にストレージから十本のボトルを出した。


「これは……高品質なものですね」


「見ただけで分かるんですか?」


 意外だな、品質なんて専門の鑑定をしなくては分からないかと思っていた。


「検品させていただいても構いませんか?」


「構いませんよ」


 それを聞くとマルカさんはじっと傾けたり栓を開けて香りを嗅いだりして鑑定をしている。そこまで熱心に調べるようなものだろうかとは思うのだが、心血を注いでエリクサーを調べ上げていた。


「フムフム……なるほど……」


 そして一本を確かめたところで二本目からはスピードが上がった。どうやら全部同じ品質になっていることに気がついたらしい。傾けて粘性や色を確かめてから十本全部を調べたところで俺に向き直った。


「クロノさん、本当にこの十本を全部売っていただけるのですか?」


「もちろん……と言いたいところですが、それは金額次第ですね。もちろんここのギルドがそんなケチではないことは分かっていますがね」


 俺の言葉に深く頷いたマルカさんは俺に一枚の紙を渡してきた。


「食券です。これだけのものとなるとギルマスの指示を仰がないとならないので食事をしながら待っていただけますか?」


「至れり尽くせりですね」


 俺はありがたく食券をもらってギルドの食堂でステーキを食べていた。あの食券はギルド内のメニューなら何でも一食無料になるという凄いものだったので、せっかくだから一番高いメニューを頼んでいた。


 それを食べ終わったところでマルカさんがやってきて奥の方に手招きをされた。俺は案内されるままについて行くと、査定場ではなく会議室のようなところに案内されて石組みのテーブルの上に大きな袋が置いてあった。


「クロノさん、ギルマスに相談したところ金貨五千枚までは払えるそうなので満額で承認をもらいました。この金額で売っていただけませんか?」


 俺は黙ってテーブルの上に置いてある売買契約書にサインをした。文句はない金額だった。


 そして用意されている袋の中を調べてしっかり金貨が入っていることを確認してマルカさんと握手をした。マルカさんはニコニコの笑顔で握手に応じ、こうして多少は在庫の薬草を処分することに成功したのだった。


――少し前、ギルド長室


「ギルマス! この金額を出す価値はありますよ!」


「マルカ、お前の鑑定は信頼しているが本当にそれだけの価値が有るのか?」


「では預かっているこの一本をどうぞ調べてみてください」


 ギルマスと呼ばれた男は手のひらに収まる瓶を振ったり透かしたりして確認した後で口を開いた。


「分かった。その金額で構わない」


 それだけ聞くとマルカは喜んで部屋を出て行った。


「まったく……とんでもないやつが来るものだな……」


 その独り言を聞くものは誰もいない……

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