第440話「ファングボアの討伐」
その日、宿の朝食を断って町の食堂を巡りに出た。なんとなくぶらりと寄った食堂でオススメを注文して料理が出てくるのを待つ。
「腹が減ったな……」
とはいえ宿の朝食は味気ないものだ。もう少し人生には彩りが必要だろう。何よりこの町には食堂が多いのできっと美味しいところもあるはずだ。数が多ければ必然的に美味しい当たりの店も多くなる、まあ外れの店も同じ割合で増えるとは思うのだが、とにかく食堂巡りをしようと思った。
「お待たせしました、焼きたてパンとシチューです」
ほう、焼きたてパンと言って出す店は多かったが、この店のパンは本当に焼きたてのようだ、ふかふかしており小麦の香ばしい香りが漂ってくる。シチューには肉がゴロゴロと入っており、豪勢なものであることを伺わせる。
肉は噛めば噛むほど味が出てくる味わい深いものだった。これは堪能しておきたい料理だな。
のんびりとシチューを食べていると町で普通に働いている人たちが動き出したのか、町が活気づいてきた。結構なことなのでそれを見ながらのんびりシチューを食べ終わった。
会計は金貨一枚。確かに高いがそれだけの価値と手間のかかった料理だと思ったので気前よく支払った。
そして食べ終わったところでギルドへ向かう。なにか割の良い依頼がないかなと、益体もないことを考えながら歩みを進めた。
ギルドに入るとクエストボードを眺めてみる。この町には討伐依頼が多めのようだな。しっかりと常設依頼に薬草採集はあるものの、あくまでもメインは討伐系のようだ。
「あら、クロノさんですか、丁度良い依頼を見繕ってあげましょうか?」
そう言ってきたのは受付でクエストボードに群がる人を眺めていた受付のマルカさんだ。どうしようかな……余り物を押しつけられる可能性もあるが、この町ではろくに依頼を受けたこともない新人だ。そう言った人にどういったものがオススメか聞いておくだけの価値はあるだろう。
「そうですね、マルカさんのオススメには興味があります」
そう答えるとドヤ顔をしてマルカさんはクエストボードを一目見て一枚の依頼票を剥がした。
「これなんてどうです? 『ファングボア討伐、素材にするため死体の回収必須、報酬金貨百枚』」
「何故俺にお勧めなんですか?」
一応オススメの理由を聞いておかなければならない。報酬が高いからとかいう安直な理由だったら困るからな。
「まずファングボアはホブゴブリンより弱いです」
「ホブゴブリン自体が雑魚だと思うのですが?」
「クロノさんの基準を押しつけないでください! 普通は強敵なんですよ!」
横から口を挟むと怒られてしまった。ホブゴブリンってそんなに強いかなあ?
「そしてファングボアはそこそこ大きい魔物なのですが、クロノさんは収納魔法が使えます。アレだけのゴブリンを収納出来るならファングボアだって入るはずでしょう?」
「ファングボアがどの程度の大きさかは知りませんが入るでしょうね」
大体収納魔法に入らないものなんてそんなに無い。入れておくと他のものに悪影響が出るものとか、あまりにも汚くて心理的に入れておきたくないものなどが入れておきたくないもので、他のものなら大体入る。
「大きさも聞いてないのに入ると言いきるあたりクロノさんの収納魔法は化け物ですね……」
マルカさんにあきれられてしまった。いや、普通は入るだろと思うんだがな……
「そして報酬が金貨百枚! これは受けたくなる依頼でしょう?」
「そうですね、ゴブリンより少し強い程度の相手を倒して金貨百枚は割がいい」
俺が同意するとマルカさんはなんとも微妙な顔をして言った。
「ホブゴブリンはかなり強い相手だと思うのですが……まあいいでしょう! クロノさん、この依頼を受けてくださいますか?」
俺は少しだけ考えて、特に不利益も思いつかなかったので首肯した。
「受けますよ、特にデメリットも見当たりませんしね」
そう、特に不利益が無いなら受ける以外の選択肢は無いだろう。チョロいものである。
「ありがとうございます! それでは受注処理を進めますね!」
トントン拍子に受注処理が進められ、簡単に依頼の受注は完了した。
「それでは、ファングボアはこの町の周辺に出てくるのでサクッと狩ってきてくださいね」
「はーい」
気の抜ける返事をしてからギルドを出た。町を出ようと門番のところに行くと、少しだけ礼儀正しく門番が言った。
「依頼の受注ご苦労様です」
「ハハハ……まあさっさと倒してきますよ」
「ホブゴブリンを軽く屠ったその腕前を見習いたいものですな」
やれやれ、情報がもう出回ったのか……俺は門番に愛想笑いをしてから町を出た。
町を出ると探索魔法を使う。反応は大量にあったがその中からファングボアを探さなければならない。とはいえ割と簡単に見つかった。そこそこの大きさの魔力が見つかったからだ。加速魔法を使ってそこにダッシュで向かった。
『クイック』
風のように駆けていくとあっという間に牙を持った豚の魔物が見えてきた。コイツがターゲットだろう。俺はその豚に時間停止を使った。
『ストップ』
ピタリと止める。もちろん時間停止に豚ごときが耐性を持つはずも無いので一発で拘束された。動きの止まった状態で、太い血管が通っているであろう箇所を首筋から探して、それをナイフでサクリと切り裂いた。そして返り血を浴びないようにして少し離れてから時間停止を解除する。
何が起きたか分からないファングボアは理解がおよぶ前に血液を大量に吹きだして倒れた。おそらく肉として使うのだろうから血がしっかり抜けるのを待ってからストレージに収納しておいた。
そしてのんびり町へ帰ると門番が敬礼をして出迎えてくれ、顔パスで入れたのでさっさとギルドへ向かった。
「マルカさーん! 討伐依頼が終わりましたよー!」
「へ!? もう終わったんですか!? たった今受けたばかりだと思ったのですが……まあいいです、査定場にどうぞ」
こうして査定場に案内され、俺はそこで豚の死体を取りだした。
「コイツがファングボアですよね?」
「はい……なかなかのサイズですが良く狩って来れましたね……」
呆れ顔のマルカさんだが、ギルド職員として査定表に状態を書き込んでいく。
「あの、クロノさん……? このファングボアなんですが、一撃で倒されたような傷しか見当たらないのですが?」
「そりゃ一発で倒しましたからね」
当然のことだろう。素材目的なら必要以上の傷をつけないのは依頼の基本だ。
「凄いですね……普通は皮くらいはボロボロになっているのを覚悟して依頼を出すものですが……肉だけでなく皮も使えそうですね」
そうして一通りの状態を書き込んで計算をしたマルカさんは俺に言う。
「依頼者は肉のみの納品を希望されていますので皮が余るのですが、ギルドに売却していただけますか? 金貨三十枚で買い取りますよ?」
「じゃあそれで、気前がいいですね」
俺が気軽に売り払ったことに驚きの顔をしていたが、ファングボアの皮なんて持っていてもしょうがないからな、売却は当然の選択と言える。
「ではクロノさん、代金を支払いますので受付に来てください」
そうして査定場を出て受付に行くと、金貨の大袋一個と袋三つを出して俺に確認を頼んできた。ざっと中身を確認した後でそれをストレージに放り込んで依頼は無事完了となった。
「クロノさん、本当にありがとうございました。次はもっと実入りの良い依頼を見繕いますね!」
元気よく言うマルカさんに見送られながら俺はギルドを出た。
そして夕食に葡萄酒一杯の注文で一品無料という食堂があったので、そこで葡萄酒をじっくり味わってから美味い料理を堪能したのだった。
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