ルーイン町編
第438話「旅立ち、新しい町」
俺は道を歩いていた。新しい町に続く期待と不安の入り交じった道だ。
俺が村に張った結界を抜けてからそこそこの魔物に出会った。あの村自体は安全だろうが、あの村に行くのにかかる手間はあまり変わらないみたいだな。
森を出て道にたどり着いたところから歩くのが楽になった。そこまで行くのに大量の薬草を刈り取りながら歩いて来たので、薬草には当分困らないだろうなと言うほど手に入った。
そうして草原を一人歩きながら、先の村で買った牛肉の燻製をかじりながら歩いていた。ことのほか酒に合いそうだったので、もう少し買っておけば良かったと思う。まあそういった後悔をするというのは世の常なのだろう。俺も例外なく酒をあまり買ってこなかったことを後悔していた。
しばし歩くと日が沈んできたので野営の準備をした。時間停止をかける結界でもいいのだが、幸い触媒があるので魔物避けの結界を張っておいた。水晶様々だな。
テントを張って中に入る。残念ながらあの村で酒をろくに買っていないので、酔うためだけの安酒をストレージから取り出してあおった。一気に意識が歪んでいく、目に見える光景が歪んで次第に色を失い、最後にはブラックアウトした。
「痛たた……」
久しぶりに安全な野営をしたので思わず飲みすぎてしまった。気持ちが悪いので魔力で水を作り出してゴクゴクと飲み干した。
「少しさっぱりしたな……」
多少は頭がハッキリしたので野営セットをまとめてストレージに入れ次の町に向かって歩き出した。
進んでいくと山の頂上にたどり着いたところで次の町が見えた。あれが『ルーイン町』か。さっさと宿屋に泊まりたいところなのだが、山頂の見晴らしのいいところから町を見ているので先は長いようだ。
もう一泊はしたくないので少し急いで目的地に向かう。『サイレント』を使用して面倒な相手と関わらなくて済むようにして道を急ぐ。
山を下りるのに獣道を使って悠々と歩いて行く。邪魔するものは何も無い。燻製肉をかじりながら進んでいくとようやく山を下りた。するとすぐ近くに町が存在していた。幸い今度の町は多少は豊かなようで、町が外壁に覆われていた。うんうん、金があるのはいいことだ。
入り口を探して町に入ろうとすると門番に声を掛けられた。
「移民か? それとも観光客様かね?」
思わずキョトンとしてしまった。先ほどの村があまりにもガバガバだったので忘れていたが、町に入ると言うことはそういう面倒な手続きがあるのが当然だったな……
「旅人です、たまたま道中にあったのでここに寄りました」
門番さんは『ふむ……』と少し考えてから俺に尋ねてきた。
「この街に定住する気は無いんだな?」
「もちろんです、旅人ですから」
そう言うと門番は声音が柔らかくなり入町を歓迎してくれた。
「そうかそうか! 我が町はいつでも観光客を歓迎しているので是非楽しんでいってくれ!」
そう言われて形ばかりの帳簿に『入町』と名前を書いて町に入った。
町の中はかなりの賑わいを見せており、まるで祭日のように人でごった返していた。いつもここまでの人数がいるとは思わないが、結構な人数なので商売にはもってこいの町だな。
ギルドに行く前に食堂で一食食べることにした。食堂は多く見えているし、何より燻製肉もそれだけしか食べないと飽きが来てしまう。というわけでその辺に見えた食堂に入った。
「いらっしゃいませ! 何名様ですか」
「一人、何か腹にたまるものを出してくれ」
それだけ注文すると収納魔法からカップを取り出して水を生成してそれを飲んだ。このクラスの町に上水道が設置されていないはずはなく、この町も例外ではないのだが、『水、一杯銅貨五枚』と書かれた札がおいてあったのでケチることにした。
水を飲みながら料理が運ばれてくるのを待っていると、油がはじける音と香ばしい香りが漂ってきた。どうやらなかなか期待出来そうだ、こちらが腹を空かしていると察して重めの料理を作っているのだろう。これはなかなか察しのいい店だ。
しばし待っていると給仕が『お待たせしました! 揚げ鶏定食です!』と元気よく持ってきた。香ばしい鶏肉に衣がつけられ揚げられている。なかなか豪勢な料理じゃないか。しっかりパンもついて来ているあたりが評価を上げるポイントだ。
フォークに突き刺して鶏肉を噛むと肉汁がじゅわあっと口内に行き渡る。非常に強い旨みが口を満たした。
飲み込むとしっかりと空腹を埋めてくれる大変食べ応えのある料理だった。
パンを食みながら揚げ鶏をかじっていくとあっという間に料理が無くなった。この町はなかなか侮れないな……
会計時に銀貨五枚とそこそこの金額を請求されたが、俺には満足のいく料理だったので気持ちよく支払うことができた。これが不味い料理だったら支払いでいやな気分になっただろうが、この食堂の料理は十分に美味しいものだった。
食堂を出て、ギルドに向かった。ギルドの場所はすぐ分かる。きらびやかな看板を出しているからな。悪趣味だと断じられそうな趣味の悪い看板だが、ギルドがそこにあるとハッキリ主張し、ギルドに用がある人間を迷うことなく誘導するには間違いなく完璧なデザインだった。
ギルドのドアを開けると中は酒を飲んでいるやつやカードで賭けているやつなどであふれていた。活気があるのはいいことだ、この町はこれだけの人間がギルドに来るほどには豊かな経営をしているらしい。
受付に行き挨拶をしておく、こういうところで筋を通しておくのは大事なことだ。
「こんにちは、新人さんでしたらこちらに記入をお願いしますね」
どうやら管理をしっかりとしているらしいことがここからうかがえる。俺はギルドに提出する書類に一通りの自己情報を記載して提出した。
「なるほど、クロノさんですか。私はマルカと申します、以後お見知りおきを」
「よろしくお願いしますね、マルカさん」
「クロノさんは新人ですよね? 依頼を受けていきますか?」
「いえ、俺はしばらくこの町に滞在するのでギルドにお世話になることもあるでしょうから挨拶に来ただけです」
そう答えるとマルカさんはにこやかに笑った。
「そうですか、最近そういった礼儀正しい方が少ないので安心しましたよ。報告はギルマスに上げておきます。いつでも依頼を受けに来てくださいね」
最近の連中はギルドに顔を出さないのに金に困ったらギルドに来るのか? なんとも都合のいい話を通そうとしているんだな。
「それでは今日のところは宿泊先を探しますので失礼します」
「はい、あなたの旅に幸多からんことを」
そうしてギルドを出て、宿屋を探して回った。食事付だとありがたいが、この町は食堂がなかなか良いものを出すようなので食事付は必須条件ではない。宿屋の並んでいるところを探して回ると、『朝食無料サービス』と書かれている宿があったのでそこに決めた。
その『ストール』という宿に入って泊まりたい旨を告げると、受付が一泊金貨二枚だといったので、少し高いなと思いながらも支払って部屋を取った。
部屋に入ると宿賃の高さに納得出来る様相を呈していた。ベッドや洗面所など最低限のものは当然付いており、自前の宿泊セットから取り出すものはほぼ必要なさそうだった。
ベッドに飛び込むと料金相応のふかふかさとしっかり干されたぬくもりを感じて心地よく意識は沈んでいった。
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