第437話「立つ鳥跡を濁さずとはよく言ったものだ」

 俺はその朝、朝食に追加料金を支払ってメニューから多くの品を注文し、ついでに少量の酒も頼んでおいた。『そんなに食べるんですか?』と訝しむ給仕の顔は忘れないようにしておこう。幸い食堂の誰もが、ただの大食いが注文しただけと思っているようで、その理由について詮索されることはなかった。


 俺は朝食を食べ終わると宿を出た。この村で稼いだ金はそれなりに還元しておこうという気持ちから、この村の名産品を売っている店に寄った。


 そこはそれなりに観光客で賑わっており、おもちゃから食べ物まで様々なものを売っている。いかにもこの村に観光に来た人が土産物として購入して持ち帰るような品々だった。俺は他所で売れそうなものを見て回ったが、あまり金になりそうなものは置いていない。民芸品的なものはあるが、それは木工細工や革細工などで加工にはそれなりに手間がかかっているのだろうが、やはり彫金細工などとは値段が結構な金額で違う。


 見て回っていると中には呪物のようなものまで土産物に混ざっており、物騒なものを売っているなと思ったが、おおよそまともな感性をしていれば購入に至るようなデザインをしていないので危険性はないだろうと判断して放置しておいた。


 そして土産物屋から出ようとした時にあるものが目に入った。


『恋愛成就のお守り、銀貨三枚』


 そう書かれてあったのだが、この店の店主はどういう査定をしたのだろうか? 明らかに縁切りのお守りがその値段で売っていた。縁切りしたいという人にはうってつけだろうが、良縁を望むものからは程遠いものが売り場に並んでいた。


 俺はそれを知識の無いものが間違って買っては気の毒なので掴んで店主のところに持っていき銀貨三枚を支払って買い取った。まあこういうものは正確な効果を教えれば一見意味の無いようなものだって価値を見出す人はいる。店主は怪訝な顔をしていたが俺がしっかり金を払ったので気前よくそれを売ってくれた。


 それだけ買って店を出た。案外繁盛しているようなので俺が大量購入しないとやっていけないような店でもないしそれなりの暮らしは出来るだろう。そう考えると必要の無いものを購入する気は急速に萎えてしまった。


 その次に入った店は食料品店、やはり食べなくても生きていけるような人間でも美味しい食事は明日への活力になる、ここは妥協の出来ないところだ。


「いらっしゃいませ!」


 店員の女の子が出迎えてくれたのだが、この村の特性上、ここに来たら帰り道も大変なので帰り道で食べる保存食が主に売られている。干し肉や干し野菜、煮沸して密閉した水など様々な保存食があった。正直時間停止を使えばいくらでも保存出来るのでいまいちここで購入したいものは無かったのだが、見て回っていると牛肉の燻製を売っていたのでそれを購入しておいた。干し肉は様々な場所で売っているが燻製になったものは珍しい。


 こうして食事は万全の状態になったので身軽な装備は無いかと防具店に寄った。武器はストレージに入れておけば重さは無いのだが、防具の方は常に身につけているのでそうはいかない。


 村で唯一の防具店は大したものを売っていなかった。皮の盾や、胸当て、膝当てなど必要最低限の防具を売っているという感じの店だった。無論フルプレートアーマーなどは無いのだが、胸当てを新しいものにしておくとさっぱりしそうなので、時間遡行で新品同然だったが、スペアとして一つ購入しておいた。購入してからストレージにしまったのだが、店主は俺を商人の護衛だと思っていたのだろう、収納魔法でしまったら少しだけ驚いていたので面白かった。


 店を出て、最後に片付けておくべきギルドに向かった。面倒な依頼を一掃しておけば当面は安全に暮らしていける村になるだろう。


 ギルドに入って、面倒な依頼を片っ端から見て行く俺に何か感付いたのかリースさんが話しかけてきた。


「く……クロノさん? もしかして村を出ていこうとか思ってませんか? 行動が身辺整理をしている人のそれなのですが……」


 勘のいい人だな。


「そうですよ、出て行く前に面倒な依頼があれば片付けておこうかと思いまして」


 そう答えるとリースさんは俺に泣きついてきた。


「クロノさん! お願いだからもう少しここに居てくださいよ! せっかくアレな依頼を片付けてくれる方がきたと思ったんですよ!? こんなところで出て行くなんていくら何でもあんまりですよ! 私を助けると思ってぇ!」


「いや、もう無謀な依頼はそうそう来ないと思いますよ。安心してください」


 結界もしっかりと張ったしな。何も問題は無いはずだ。


「クロノさんがそうであっても私からすれば違うんですよ! クロノさん助けてくださいよう!」


「まあまあ、安心は俺が保証しますから。お! コボルトの討伐依頼が出てますね、これを受けますよ」


 俺はリースさんの愚痴を放っておいてコボルトの討伐依頼の依頼票を差し出した。これを片付ければ当分魔物の相手をする必要は無いだろう。


「うぅ……せっかくギルドが権力を手に入れるチャンスだったのに……」


「そういうのはギルマスの仕事でしょう? ギルドメンバーに任せるような事じゃないですよ」


 俺の正論にリースさんは黙って依頼票の受注処理を進めてくれた。


「終わりました、クロノさんともお別れなんですね……寂しいです……」


「俺は便利な道具ではないですから、いずれは手放さなければなりませんよ」


 それだけ言ってギルドを出て、区切りの無い状態の村を出て、結界外に出てから探索魔法を使った。巨大な魔力反応が村を包んでいるので魔物はそれを避けるようにばらけている。効果抜群で近寄ることすらままならないようだ。


 探索魔法で見つかったコボルトの元へのんびり歩いて行く。もう急ぐ理由も無いしのんびりやっていけばいい。


 草むらをウインドエッジで刈り取り、薬草としてストレージに入れながらコボルトの群れの元へ向かった。


 数刻が経った頃にコボルトが見えたので『ストップ』を使用して時間を止めた。コボルトは時間停止に耐性など持っているはずも無いのでピタリと止まり、俺が一匹一匹サクサクとナイフを突き立てていった。チョロい仕事だが数が多い、結界を張った時に追い出されたコボルトの複数の群れが集まったのだろう、結構な数がいた。


 ナイフで刺してはストレージに入れるを繰り返してようやく終わったところで村への帰還を急いだ。


「リースさん、片付けてきましたよ!」


「はぁ……査定場へどうぞ」


 渋々と言った風に俺を案内するリースさんについていき、査定場に入ると大量のコボルトの死体を取りだした。


「結構な数ですね……」


「そこそこ集まっていましたからね」


 リースさんは一匹一匹数えながら俺の方をチラチラと見ていた。それがしばらく続き、コボルトの死体の計数が終わり、報酬を支払う段階になってリースさんはギルマスの顔になって俺に質問をしてきた。


「クロノさん、一応聞いておきますがギルド職員になる気はありませんか? ギルマス権限でねじ込むことは簡単ですよ?」


 俺は波風たたない答え方を考えてから答えた。


「いえ、俺は一カ所に住み続けるような人間ではないですから」


「ですよねぇ! 分かっていましたとも!」


 それだけ言ってリースさんは金貨を取り出し俺に支払ってくれた。ありがたくそれを受け取って、明日この村を発つことを伝えた。ギルマスをやっているのに妙にお別れを渋るリースさんを奇妙に思いながらも、俺はギルドを出る時にリースさんに頭を下げて出て行った。


 これでお別れだ。必要なことは全てこなした。


 宿に帰ると一泊だけの料金を支払った。それで全てを察したのだろう、受付の人が『ご利用ありがとうございました』と感謝の意を示してくれた。


 そして夜の帳が下りるころ、意識も闇に沈んでいきながら様々な思い出が頭をよぎっていった。

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