第436話「村に魔物避けの結界を張った」

 この村、放っておいたらまた魔族が来るのかなあ?


 朝からそんな不穏なことを思いつつ目を覚ました。この村がどうなろうと知ったことではないのだが、死なれると後味が悪いというのも事実である。


 とりあえずの朝飯を食べるために宿の食堂に向かった。ようやく厄介ごとの悪夢から解放された食堂はそれなりの人数によって賑わっていた。


「クロノさん、本日はお客様が多いので食事は早くしてくださいね?」


「はい、忙しそうですね?」


「そうなんです、これも魔力泉ってやつのせいですよ」


 そして下がっていったので席についてしばし待っていると今日の朝食が運ばれてきた。やはりというかなんというか……一角ウサギのシチューだった。いや、味が悪くないのは理解しているのだがここのところ町のどこでもウサギ料理を作っているので食傷気味なんだ。その原因が俺になかったとすれば間違いなく文句を言うだろう。


 シチューを口に含むと野趣あふれる味がして、ウサギ肉も悪くないかなとほんの少しだけ思った。ここ数日ウサギ料理ばかりなのであまり美味しいと感じられないが、普通の時に食べる食事だったら文句は出ないだろうなと思う。


 食事を終えてそろそろ旅立とうと思ったのだが本格的な観光をしていないことを思いだした。この村は一応観光地なのでそれなりに面白いものがあるのではないだろうか? そう考えて宿を出て村の散策に出た。


 そこで俺は思わぬものを見てしまった。


『勇者様の剣(レプリカ、非売品)』


 村の中心にそれは仰々しいガラスケースに入れられて鎮座していた。別に勇者の県を観光の目玉にすることが悪いと言うつもりはない。しかし問題はこの剣のレプリカが俺は見たことがないようなものであると言うことだ。


 いや、嘘をついた。本当の問題はレプリカということならそれなりに現物を再現しているのだろうが、装飾がゴテゴテしている割に雑な作りの刀身と、俺が勇者パーティにいた頃に何度も勇者が買いたいとごねて、俺が『やめとけよ、使い物にならんぞ』と諫めていたような商品だ。どうやら以前来た勇者が見せてくれたものを元にしたらしいが、俺が抜けてから勇者たちのタガが外れたんじゃないだろうかと心配になる。あいつら金を自由に使ってるな、まあそれで勝てれば木剣だろうが聖剣だろうが関係無いのだが、ここ最近で勇者が大物を倒したという報告はついぞ聞いていない。あいつら大丈夫なのだろうか?


 そんな不安にさせてくれるものを見たあとで村の全景が見える丘に登った。村は貧乏ではあるが、生きていけないほどではなく、それなりに観光客がポツポツと見えてくる。


 丘を下ると村の名物と名付けられたウサギ肉の串焼きを出している露店があった。多分ここ数日で名物になった歴史の浅いものだろうなと想像はついた。ウサギ肉が尽きたらどうするつもりなのだろうかと思ったのだが、その時はまた別なものを名物にするのだろう。そのくらいの軽さで動くために建物を建てず露店で売る形式にしているのだろう。


 一応露店のオヤジに『一本くれ』と言ったら二本を手渡された。店主に数が違うと言うと『一本買ったらもう一本ついてくるキャンペーン中だ』と答えが返ってきた。どうやら俺が大量に狩って納品したせいでだぶついているのだろう。角だけの納品にしておけば良かったのだろうな、角を切る手間を惜しんで死体をまるごとストレージに入れていた弊害だ。


 それを食べて串を捨て、何か面白いものが無いだろうかと村の地図に目をやる。この村、どこにでも地図があるので迷うことはない。それをしげしげと眺めてみると、隅の方に貼られていた広告に『温泉建設中!』と書かれていた。よく読んでみるとこの前の魔力泉を温めて湯船に引く予定らしい。まだ道も出来ていないのに気の早いことだと思った。


 そして比較的小さな建物だが、公開されている書庫があると言うことで、興味が湧いたのでそこに向かってみた。


「本当に小さいな……」


 あまり図書の類いを買う金が無いのだろう、書庫は民家と大して変わらない大きさだった。本物の貧乏都市なら書庫などという贅沢品を作ることは出来ないのでその程度の余裕はあるようだ。


 中に入ってみると『ご自由にお読みください』と書かれた札を入り口の脇に掛けてあり、司書さんであろう人は一瞥をくれてすぐ手元の本に視線を戻した。この書庫は道楽で運営しているようだな。


 中の本をざっと見てみたが、魔道書や技術書といった実用書はほぼ無く、ほとんどが物語で本棚を埋めていた。こういう書庫は嫌いではない。一冊手に取り読んでみたが、短編でありなかなかに面白い本だった。その調子で数冊を読んでから書庫を出た。刊行に時間をかけたので、もう日が傾いていた。そこで俺はそこそこ強い魔力を感じた。


『クイック』


 この村に入れてはならないと本能が告げている。目にもとまらぬ速度でその魔力の元に向かうと一頭のキリングベアが暴れていた。


 所詮ただの獣なので『ストップ』を使用して時間停止させて頭の天辺にナイフを突き立てて殺した。これをギルドに持っていくかどうかで少し悩んだ。無論持っていけばそれなりの報酬は出るだろうが、この村の近辺に危険な魔物が出るなどと噂が立ったらあまり良くはないだろうなと思った。


 そこでキリングベアの死体はストレージに入れて、何も見なかったことにすると決めた。俺は何も見ていないし倒してもいない、それでいいじゃないかと思った。そうすればこの村は平和を享受出来るのだから構わないだろう。


 しかし現実問題村のすぐ近くに魔物が出るというのも物騒だ。この村には明確な壁もないのだから魔物が人間を襲わないとは限らない。


 そこで俺は村に結界を張ることに決めた。そこそこ面白い村だったしそのくらいはサービスしてやっても文句は言われまい。


 そう決めると俺は村の外周に出た。そしてストレージからこの前破壊した水晶の欠片を村をぐるりと囲むように置いて行った。ペンタグラム五芒星の頂点二つ分、つまり水晶を十個おいて二重の結界を張れる準備をして魔力を流した。魔物は本能的に自分より強い相手からは逃げるので、結界の魔力に魔族の使うような質のものを混ぜて、あたかもこの村に高位の魔族がいるように偽装をする結界を張っていく。


 そして外側の結界が出来たところで内側の結界の作成にかかる。こちらはアンデッドの類いが侵入出来ないように聖属性の魔力を流して固定し、外側の結界を突破したゴーストやアンデッドを浄化するようにしておいた。


「よし……これで問題無いな……あとは村の人たちの頑張り次第だろう」


 それだけの仕事をこっそり終えて、少しサービスしすぎかなと思ったのだが、村が平和になるなら良いことだ。


 宿で別料金を支払って酒を頼んで飲む。願わくばこの村が平和でありますようにと願いを込めた。

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