第435話「一角ウサギの食害」

 その日の食事には野菜が少なく、肉が多かった。肉が多いのはもちろん嬉しいことではあるのだが、この宿が理由も無くそういったサービスをしてくれるような優良店かの判断は付くつもりだ。そしてどちらかと言えば理由も無くサービスをしてくれる宿ではなかった。


 食事を食べ終え、食器を下げに来た給仕に尋ねてみた。


「なんだか豪勢な朝食でしたね、なんというか……その……」


「そうでしょうね、ウチも理由が無いとパン以外全部肉料理の朝食なんて作りませんよ」


「何か理由があるんですか?」


 やはりうまい話には裏があるようだ。値上げの話だろうか?


「実は、ここ最近で野菜の価格が上がりましてね、肉の方が安いという奇妙な相場になっていまして……ほら、クロノさんが召し上がったものにもほとんど野菜はなかったでしょう?」


「そういえばそうですね」


 俺は皿を見てみた。肉の脂がたっぷりついているもののステーキに温野菜は付いていなかったし、スープは肉の味が濃く、具になる野菜は一切入っていなかった、なんともアンバランスで奇妙な朝食だ。


 なんだか不穏な気配を感じながらも宿を出てギルドに向かった。もうそろそろこの町を出る頃だろうか? もう少しだけこの町を見て回っても罰は当たらないだろう。


 町をぼんやり歩いていると肉の焼ける匂いが各所から漂ってくる。どうやら野菜が値上がりしたというのは事実のようだな。何か理由があるのだろうか? いや、俺が市場に首を突っ込むような真似はするべきではないか。


 観光名所らしき場所もそれといってめぼしいものが無かったのでギルドに向かった。景勝地などと言ってもたかがしれている。極論すれば俺が周囲一帯を平坦に潰して地平線から昇る朝日を見ればさぞ気持ちのいい景色になるだろう。しかしそんなことをするわけにはいかないのが当然だ。


 そんな物騒なことを考えるのはやめておこう。ギルドに行けば依頼によっては正当な破壊行為におよべるのだからそちらの方が良いに決まっているじゃないか。


 というわけでギルドにやってきたのだが、特別注目する依頼はなかったのだが、常設依頼の数がすさまじいことになっていた。俺はそれを見て一番上に貼ってある『一角ウサギの駆除』をめくってみた。その下には『一角ウサギの駆除』がまた貼ってあり、その下もその下も『一角ウサギの駆除』が次から次へと貼ってあった。


「クロノさんですか……最近はその依頼ばかりですよ、退屈でしょう?」


「なんでこんな事になっているんですか?」


 俺はリースさんに訊いてみた。しょうもない依頼ばかりが出ていることはよくあるが、それにしてもこの常設依頼を取ってくれと言わんばかりの状態は異常だった。


「実はですね、ここ最近一角ウサギを捕食する魔物が何故か急減したもので増殖力に追いついていけないんですよ。なので村を挙げて一角ウサギを駆除することが決まりましてね、駆除の報酬に糸目はつけないので何が何でも受けさせろと役所の連中が言ってくるんですよ」


 うんざりしたようにいうリースさん。最近で魔物が減った理由と言えば一つしか思いつかない。もし捕食者が急減したのに頭数と繁殖力がそのままだったらどうなるかは火を見るよりも明らかだ。


 そして魔物が減った理由になりそうなことと言えば……


「水晶……」


「え? クロノさん? どうしたんですか怖い顔をして?」


「ああいえ、少しいやなことを思い出しましてね。もしかして野菜の値上がりもこれが原因ですか?」


 なんとなくそんな気がしたので尋ねてみた。


「そうですよ、畑にコソコソ入ってはポリポリ作物をかじって逃げたり倉庫に入って野菜を漁ったりとやりたい放題なので村としても躍起になってるんですよ」


「なるほど」


 これはあの水晶を砕いたことが原因だろうけれど、それを言ったら村を挙げてブチ切れかねないので内々に処理してしまおう。


「リースさん、一角ウサギをサクッと駆除しますので依頼の受注処理をお願いします」


「え……? クロノさんにしてはみみっちい依頼を受けるんですね?」


 虚を突かれたように言うリースさんに俺は良い笑顔を向けて答えた。


「村の人が困っているのを無視は出来ませんから!」


 その時の俺の笑顔は大層胡散臭かったと思うし、初対面でそんな笑顔を向けられれば詐欺師と思われるかもしれない、そのくらいには無理のある笑顔だった。


「なーんか気になりますけど……訊かない方がいいでしょうね。受注処理しましたよ。一頭あたり銀貨二枚です、角を切り取ってくるか死体まるごとを持ってきてくださったら数えますのでその通りにしてください」


「はい、じゃあ行ってきます!」


 こうして俺は自分のしでかした不始末の後始末のためにギルドを出ていった。生態関係など考えたこともなかったが、この村の周辺の森には凶暴な魔物も多かった。おそらくそれらが一角ウサギを捕食していたのだろう。その中から捕食者だけを減らしてしまったのでバランスが崩れたのだろう。俺としたことが、迂闊なことをしてしまったな……


 村から離れたら探索魔法を使う。魔力の波を押し広げていくと小さな反応が大量に引っかかる。


「多い多い!? 何この数!?」


 あまりにも多くの数が引っかかった。辺り一帯を押しつぶして駆除完了にしてしまいたいのを我慢して加速魔法を使った。


『クイック』


 駆けだしていき一瞬でウサギたちの前に出て、反応することすらも許さず首にナイフを突き刺す。ぬるりとした感触がしたがそれどころではない。大量にあきれるほどの反応があるのだ。一応駆除に手っ取り早い方法としては魔力を大量に流してショック死させるという方法があるが、これは無差別な攻撃なので旅をしてこの村に来ようとしている人や、商人の飼っている馬などにも影響がおよぶので却下だ。


 サッと移動してサクリとナイフを突き刺す、この単調な作業を延々と続けていくと、あっという間にストレージの中に大量の一角ウサギの死体がたまっていく。こんなもの使い道がないのだがな……とは思いながらも一匹ずつコツコツと狩り続けた。その結果、探索魔法に引っかかる野ウサギの数は順調に減っていった。


 そして気がつくと日が傾きつつあり、ストレージの中にはあきれるほどのウサギの死体が貯蔵されていた。時間停止をかけてから保存しているからいいようなものの、ただ単に入れていただけだったら衛生面で非常に気になるところだ。


 そして捕食者が捕食していけば数はおおむね変わらないであろう頭数まで一角ウサギは減少をした。駆除は終わったのでギルドに帰った。


「リースさん、終わりましたよー!」


「クロノさん! 時間がかかったから心配してたんですよ!」


 リースさんも珍しく俺が時間を掛けたものだから心配してくれたようだ。まあギルドに顔を出す頃にはすっかり太陽も沈んでいたから無理もないな。


「ごめんなさい、一角ウサギが思ったより多かったもので」


 俺がそう言うと何故かリースさんは顔を引きつらせた。何かマズいことを言っただろうか?


「クロノさん、もしかして収納魔法で大量に一角ウサギを保存していますか?」


 心なしかリースさんの声が震えているような気がする。


「ええ、千匹超えの大仕事でしたからね。たっぷり入っていますよ!」


 俺が笑顔でそう答えるとリースさんは絶叫した。


「ありがとうございます本当に面倒な仕事を増やしてくださりありがとうございます!」


 ギルマスなのだからそのくらい数えて処分してくれよと思ったのだがそうもいかないようだ。俺は『後日報酬を受け取りに来ますね』とだけ言っておかんむりのリースさんから一角ウサギの死体を出すだけ出して逃げたのだった。


 後日、村に一角ウサギの肉を使った料理があふれたのは言うまでもない。

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