第434話「魔族が工作していたところから泉が湧いた」

 その日、なんだか観光客が多い様子だった。変な話ではない、観光地なのだから観光客がいるのは当然だが、それにしても人数が多かった。この村は僻地にあるからこそ観光の価値が有るのだろうが、これまでに見たことのない人数だ。


 まあそういうこともあるだろうと思いギルドに向かった。すると奇妙な貼り紙が一枚貼られているのに気がついた。


『魔力泉への道の敷設に協力してくださる方募集! 一日金貨一枚保証!』


 俺は怪しげな貼り紙に思わずリースさんに尋ねた。


「なんですかこれ?」


 我ながら間の抜けた問いかけだったと思う。しかしこれまでこの村に回復の泉があったなどと言う話は聞いたことが無い。泉というのは突然沸くようなものではないはずなのだが、天変地異でも突然に起こったのだろうか?


「ああ、森の中に回復の泉が湧きましてね、そこを観光地にしようと役場が躍起になっているんですよ。ただそこまでの道が森なので、観光に来た方にも気軽にいけるように道を作ろうって話になったんですよ」


「で、工事をしようにも人不足だというわけですか?」


「そうですね、依頼として出すならともかく、ギルドに貼り出してくれとやかましく言われたので依頼でもないのに求人募集を張る事になったんですよ。まったく、町のお偉いさんのやることは理解に苦しみますよ」


「へー……」


 そんなことがあったのか。知らなかったが変わったこともあるんだな。あれ? なんだか記憶に残っているようないないような地点まで道を敷設することになっているな……はて、ここはどこだっただろうか?


「クロノさん? まさかそのみみっちいお仕事に興味があるんですか?」


「ああいえ、特にそう言ったことはないんですが……なんで急に回復の泉なんてものが出たのかと思いまして」


 俺がそう訊いてみるとリースさんはきっともう幾度となくしたやりとりなのだろう、つまらなそうに返答をした。


「なんかマナがあふれているところが見つかったらしくって、そこを物好きが掘ったら泉が湧いたらしいですよ、しかも薬効付のものがね」


 マナがあふれる……この近く……あ! この地図に載っているところって、魔族が怪しげな推奨に魔力を込めたものを置いていたところじゃん! そりゃマナはたっぷりあるだろうよ……


 幸い毒性のないものらしく、それでお風呂を張ってそれに入り、村長がその安全性を示したと貼り紙には書いてある。まあ……うん、好きにすればいいと思うのだけれどさ、もう少し後始末をきちんとしていればこんな事にはならなかったろうなと、責任は感じてしまう。


「リースさん、その泉は商売になりそうなんですか?」


「おや、意外な方面でのアプローチですね。ですが残念、クロノさんが考えるより早く村が占有を主張してしまいましたからね、ひっくり返せませんよ」


 別に自分のものにしようと思ったわけではないのだが……


「一応訊いておきますが泉が枯れるようなリスクの懸念はないんですか?」


「さあ? 権利は村にあるのでギルドは無関係ですし知りませんよ。私はギルマスであって村の管理者ではありませんから」


 割り切っている人だなあ……人はなかなかそう割りきれないものだと思うのだが、ギルマスのリースさんはしっかり『村』と『ギルド』は別物と区別しているらしい。お互い我関せずという姿勢を貫いているなら泉がどうなろうが問題は無いのだろう。


「泉の水はもう既に管理下なんですか?」


「いえ、募金箱があってそこにお金を入れれば今のところは汲み上げること自体は自由みたいですよ」


 ほうほう、つまりその泉がどんなものか調べることは出来るということか。


「ちょっと興味が湧いたので行ってきます!」


「ちょ!? クロノさんに受けて欲しい依頼が……!」


 俺は最後まで聞かずにさっさとギルドを出た。多分リースさんがあの紙を貼り出すのを渋った原因は俺みたいなことをするものが出る可能性があったからなのだろう。実際そうしてしまったしな。


 村を出て、出入り自由なのだから占有なんてしなくてもと思わなくもない泉の方へ探索魔法で魔力をとばした。やはりこの前倒した魔族が工作をしていたあたりに結構な魔力の反応があった。一応人体に害が無いものかどうかをチェックする道義的責任はあるだろう、多分泉が出来た原因としての責任的なものだ。


 泉までのんびり歩いて行く。幸いこの前の魔族を倒したおかげで雑魚しかいなくなっていた。平和な観光地には丁度いいくらいの刺激である。ともすれば退屈といわれそうなものの、きっと退屈なくらいがちょうど良いのだろう、何事も無く数匹の一角ウサギを倒してストレージに放り込んで歩みを進めた。


 そしてしばし歩いてたどり着いた場所には確かに泉が湧いていた。見張り番をおくのも面倒なのか、『お気持ちで』と書かれた箱が一つ木にくくりつけられていた。道が出来るまでは実質無料みたいなものだな。


 そして魔力泉の方に目をやると、マナがあふれる光が目に見えそうなほど豊かな魔力を感じる泉がこんこんと湧いていた。ストレージからカップを取り出し一杯すくって飲んでみる。さすがに魔力泉だけあって魔力がしっかりと回復した。俺は不自由するほど魔力を使うことなどまず無いので、魔力が回復するメリットはそれほど無い、しかし興味深いことは確かなのでストレージに幾らかしまっておいた。


 そして探索魔法を使用すると、この泉の真下に強力な魔力反応が感じられた。そこでしばし考えて一つの答えに至った。


「魔族は自分の魔力を込めたわけではないのか……」


 つまりあの水晶にパンパンに詰まっていた魔力は地下の魔力だまりから吸い上げて込めたもので、魔力だまりには自然の霊脈が通っているようなのですぐに枯れてしまうような問題は無さそうだ。


 一安心してギルドに帰ることにした。ギルドに帰るとリースさんに一応の報告をしておいた。


「魔力泉は順調に湧くんですか、まったく村の連中にとっては降って湧いたような幸運ですね、あやかりたいものです」


 そう愚痴っぽく言うリースさんに俺は特に慰めるようなことも言わなかった。厳しいことを言うなら魔力泉が見つかった時にギルドで権利を主張しなかったのが悪いだろう。


 しかしリースさんの反応は思いも寄らないものだった。


「よし! 魔力泉を利用した商売を考えますかね!」


「占有出来ないとなると商売に使うんですか?」


「当たり前でしょう! これで観光に来る方が増えれば商売繁盛で結構なことですよ。チャンスに乗るなとは言われていないので商売に使うくらいは許してくれますよ」


 たくましい人だなあ……この調子なら村の心配は必要なさそうだな……

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