第433話「勇者たちとの思い出を精算してみた」

 その日、いつも通り朝食を食べて商人たちが露店を出している通りを見ると変わった店を一店舗見つけた。


『なんでも買い取ります! 買い取り専門店! 是非お売りください!』


 ほーん……買い取り専門か。これといって売るもの無いんだよなあ……


 しかし興味があったので商人に話しかけてみた。


「なあ、本当に何でも買い取ってくれるのか?」


 すると痩せ型の男の商人は柔らかな笑みで答えた。


「もちろんです! 私は旅人さんの持っている珍しいものをいくつでも買い取りますよ! そのために旅人さんの多いこの村に来たのですから」


 なるほど、旅人なら珍しいものを持っているかもしれないということか。


 そう考えながら俺は収納魔法でストレージの中身一覧を表示してみた。


 エリクサーとかは売るなら必要な人に売りたいしなあ……ポーションの価値なんてろくに分かってもらえないだろうし……ああ、そういえば……


 俺は昔から死蔵しているものが大量にあったのを思いだした。勇者たちと旅をしていた時に必要無くなったものをポイ捨てしていくのでそれをもったいないとストレージに入れていたんだった。あいつら新しい装備や道具が手に入ったら古いものの処分を俺に任せていたからな。いい機会だしいくつか売り払ってやろう。


 俺は商人に魔導師用のワンドを取りだしてみた。


「コイツとかどうだ? とある有名人が使っていたワンドだ」


 誰が使っていたか教えるととんでもないことになってしまうのでそれは伏せて売りに出した。


「ほう、有名人か……そういう売り方をする奴が多いんですがね、正直誰が使っていたかなんてあまり関係無いんですよね。このワンドは新品に近いですね。まあ金貨一枚でどうです?」


 買い叩くなあ……仮にも勇者パーティの愛用品だぞ? まあそのワンドは手に入れてわりとすぐに上位互換が手に入ったので俺に払い下げられた品なのだがな。


「安いな、そのワンドは使用者の魔力を底上げする機能があるんだがもう少し高くならないか?」


 しかし商人は身も蓋もないことを言った。


「私もこれを買い取って別のところで転売しないとならないんでね……どうしてもその手間の分安くなってしまうんですよ、そこはご理解頂けませんか?」


 ふーむ……持っていても役に立つものでも無いし売り払うか。


「分かった、その金額でいい」


 そう答えると商人はニコニコしながら金貨を取り出し俺に一枚渡した。そして収納魔法でワンドをしまった。


「収納魔法、使えるんですね?」


 思わずそう言ってしまうと商人はクスリと笑って俺に言った。


「あなただって先ほどのワンドを収納魔法で取り出していたではありませんか、あなたが言うとジョークみたいですね」


 無意識的にワンドをストレージから取り出していたので気にしていなかった。しかしこの調子だと確かに収納魔法は珍しいものではないようだな。


「他にも何か売りいただけるものはありますか?」


「そうですね……」


 ワンドで金貨一枚か……勇者共もロクなものを俺に渡していなかったようだな。まあこの商人がマージンを多めに取っている可能性もあるが、それほど思い入れのあるものでもないし売ってしまえばいいだろう。


 ストレージから盾を一枚取り出した。勇者パーティのタンクが使用していたというそれなりに由緒ある品だ。まあもっと良いものが手に入った途端俺に処分を任せたものだがな。


「この盾はどうです? なかなか防御力の高い品ですよ?」


「ほう……なかなか興味深いですね……」


 意外なことに商人は面白そうにそれを見ていた。


「いかがですか? なかなかの品ですよ」


 商人はにこやかに答えた。


「これはいいですね。盾としての防御力は使い物になりませんが装飾が豪華ですね、なぜ盾に柔らかい金属のはずの金が使われているのかは分かりませんが飾るための品でしょうか?」


 なんとなく見た目は豪華だなと思っていたが、使いものにならんのかい! 勇者パーティのタンクとしての自覚は無いのかよ!


「それで、いくらくらいの値が付きそうですか?」


「金持ちが装飾品として買いそうなので金貨五十枚くらいですね、やはり宝石と貴金属が使われていると値が付きます」


「じゃあそれも売ります」


 思い出もクソもない、俺に役に立たないものを押しつけてきたのだから売って何が悪い! 大体あいつらときたら俺の収納魔法が大量に入るからって押しつけすぎなんだよ! あいつらは俺をゴミ箱だとでも思ってたんじゃないのかよ!


 思わず昔のことでイライラとしてしまった。良くないな。


「ではこちら、金貨五十枚になります」


 俺はそれをストレージにしまって他に何か売るものが無いだろうかと考える。そういえば勇者のやつが『お前にはそれくらいで十分だろ』と渡してきた装備があったな。


「これなんですがいくらかにはなりますかね?」


 俺がストレージから取り出して尋ねたものは綿布のローブだった。時間遡行で綺麗な状態にはしてあるが、大した値は付かないだろうな……


「ふむ、ローブですか。清潔にはしてあるようですね、まるで新品だ」


 そりゃ新品レベルまで時間遡行がしてあるからな。ただあまり高値はつかないだろう。これは勇者たちとの思い出をきっぱり袂を分かつための売却だ。どうせもう連中と組むこともないだろうし、女々しくも保管していた連中と組んで初めの頃の装備を売り払ってしまおう。


「布としての価値なら銀貨三枚くらいですね、どうしたんです? 突然笑顔になって?」


「いえ、思い入れなんて所詮そんな価値しかないことが笑えましてね」


 売ってしまえばなんてことはない、連中との思い出は銀貨三枚だ。ワンドより安いとは笑える話ではないか。まったく、今まで感傷に浸っていたのが嘘のようにスッキリした。ああ、ついでにアレも売っておこうか。


 ストレージから普通の片手剣を一本取りだす。


「これも買い取ってもらえますか?」


「ええ、構いませんよ」


 そうして金色に光る目に優しくない剣をじっと調べる商人。コイツは勇者が初期に使っていた剣だ。有名になってしまうとすぐに用済みとでも言いたげに放り出してしまったものだが、一応それなりに偉い人からもらったものだから保管していた。今ならもう手放しても何の問題も無いだろう。


「あの……これは領主様の家系の刻印が入っているのですが……こんなものを一体どこで手に入れたんです?」


 突然丁寧にその剣を持って商人が訊いてきた。実用性に欠けるし装飾が豪華という理由だけで勇者が要求したものだがそんなにビビってどうしたのだろう?


「ああ、昔の知り合いが必要無くなったからと渡してきたんですよ。俺には必要無いものですからね」


「そ、そうですか……これは値がつけられないのですが……その……一応ここらで商売をやっている身としてはこの剣が市場に流れていたことを報告しなければならないのですが、あなたはこれを領主様から賜ったわけではないんですよね?」


「ええ、俺がもらったものではないですね」


 なんだよ、値が付かないのか。


「ではこちらは領主様に私の方でお返ししておきます。この剣を流した人はタダではすまんでしょうなあ……」


 勇者たちが文句を言われるとかかな? まあアイツが捨てたようなものだし遅かれ早かれバレたことだろうし問題無いな。


「ではそちらの後処理はお願いしますね」


「はい、確かにお受けしました」


 こうして勇者共に不要品の一部を売り払った。ロクな金にならなかったのはイラッとしたが、思い出と決別するという意味では必要だったことだろう。


 そうしてさっさと宿に帰った。翌日、ギルドでリースさんに会ったのだが、特段怒っている様子も無かったので、つい尋ねてしまった。


「リースさん、俺は昨日商人と取り引きしたんですけど……ギルドを通さなかったことで怒ってますか?」


 リースさんはキョトンとした顔をした。


「いいえ、まったく」


「え? 商人と直接取り引きしていいんですか?」


 リースさんは俺の目をじっと見て言った。


「価値あるものを売ったならともかく、二束三文のものを売り払ったからと言って怒りませんよ」

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