第432話「オーク討伐報酬増額キャンペーン」

 朝食を食べに宿の食堂に行ったのだが、そこには一枚の札がかかっていた。そこに書いてある内容はこうだ。


『オーク肉の在庫僅少! 食べるなら今!』


 へー、オーク肉なんてその辺で狩ってくれば補給出来るのに売り切れそうなのか、珍しいこともあるもんだ。


 俺はオーク肉より牛肉派なので食堂に入って牛のシチューを頼んだのだが、メニューのオーク肉を使用している料理の項目で値段に横線が引かれ、元の値段より高額な価格が張ってあった、ご丁寧に『宿泊の方も追加料金をいただきます』と書かれていた。


 シチューが届くまでパンにバターを塗ってモソモソ食べていると慌てて食堂に入ってきたやつがオーク肉のメニューを頼んでいた、しかも一人ではなく数グループがだ。どうやらオーク肉が今はよほど貴重品らしい。シチューが運ばれてきたのでのんびり食べていたのだが、そのグループは明らかに宿泊客ではないような代金を支払っていた。なんとまあ……宿の客でもないのにわざわざここに来てオーク肉を食べていったのか。


 これはもしや金になるのでは? オーク肉はストレージにいくらか入っている。しかしそれを売り払うにしても在庫が空になるのはもったいないので、オークをいくらか狩っておいた方がよさそうだな。この様子ならギルドに多分依頼が出ているだろう。それを受けていくらか商材を補給しておこう。オーク肉は牛肉ほど美味しいとは思わないが保存が利く、まあ俺のように時間停止をしよう出来るなら関係の無いことではあるが、この村のように旅路を辿ってくるような村ならば保存の利く食料は出て行く人に十分な需要があるだろう。


 そうと決めたらシチューをかき込んで宿を出た。珍しくギルドで依頼を進んで受けようという気になっているので早いところ受けた方がいいだろう。自分で言うのもなんだが、とにかく気まぐれで気が変わりやすいのだ。依頼を受けようなどと言う前向きな決意をしたなら気が変わる前に受注しておきたい。


 宿からギルドへ向かう途中にはいくつかの食堂があるのだが、そこかしこに『オーク肉売り切れ』や『オーク料理を食べられるのは今だけ!』などと書かれた札が掛けられている。それを見ながら俺は商材がしっかりあることを確信してギルドに急いだ。


 ギルドに入るなり、大量の依頼票が目に入った。読んでみるとどれもオークの討伐依頼だった。しかもきちんと『素材として使用するので状態の良いものを納品してください』と書いてあるものがほとんどだ。先ほどから数枚が剥がされ、リースさんの元に持って行かれて受注手続きをすませているが、剥がされる度にリースさんが新しい依頼票をクエストボードからあふれるようになんとか貼り付けていた。


 俺も先人に倣って一枚のオーク討伐依頼を剥がして受付に持って行った。


「あ! クロノさんも受けてくださるんですね!」


 ギルマスはとてもにこやかにそう言ってきた。もちろん受けるつもりだが何か事情でもあるのだろうか?


「オーク討伐を受けたいんですが、どうしてこんなにオーク討伐がたくさん貼られているんですか? その……ハッキリ言うとあまり手強いとは思えない相手なんですけど」


「ああ、その事ですか」


 何の事も無い話をギルマスは説明してくれた。


「実はハイオークが出ましてね、それだけだったらハイオークを避けて通常個体を討伐すれば済むのですが……今回のハイオークは群れへの帰属意識があるそうでして、弱っちいオークを倒そうと狙うとハイオークが大急ぎで向かってくるので逃げざるをえないそうです」


「ハイオークってそんなに強かったですかね? オークが少し力持ちになった程度の認識なんですが」


「それはクロノさんだけですよ。普通ならパーティ組んで損害が出ることもある相手ですよ」


 そうなのか? オークキングクラスならともかくハイオークなんてオークとそう変わらないだろうに。まあせっかくの商売のチャンスなのでしっかりと利用させてもらうとするか。


「ここだけの話ですけど、この村の皆さんは観光で食べて言っているかたが多いので、そもそも受けてくれる人が少ないんですよ」


 ああ、そういえばそうだった。この村で冒険者をやっているような連中はほとんどが行商人の子飼いだったな、そりゃ受けてもらえないのも納得だ。ここで無茶をして商人が出ていけなくなったら本末転倒もいいところだものな。


「じゃあ受注処理を進めてください、安全にオーク料理が食べられるようにしてあげますよ」


「ホントですか!? クロノさん! 信じますからね! 絶対にハイオークの討伐お願いしますよ?」


「ええ、二言はありません」


 そう伝えるといつものリースさんに戻ってテキパキと大急ぎで俺の受注処理を終わらせてくれた。ギルドから出て行く時には『吉報をお待ちしていますね!』とニコニコ笑顔で送り出してくれた。大したことでもないのに大げさだなとは思ったが、歓迎してくれるならもちろんその方がいいので俺は気分良くギルドを出た。


 そして境界もない村を出て探索魔法を魔力多めで使った。辺り一帯を探すには多少魔力の多い方がいい。


 そうするとすぐにハイオークらしき魔力の反応があったのでそちらへ『クイック』を使用して加速して向かった。驚いた事に、俺に比べれば非常に鈍重でのろまだったが、魔力を放った俺の方に向かってハイオークが移動してきた。向かう必要も無いかなとは思ったのだが、ここで討伐すると絶対に目立つので仕方なくハイオークが向かってくる方向に疾走した。ハイオークさえ討伐しておけば残りの反応である通常個体は討伐に不自由はないだろう。


 オークにしては巨大なその反応めがけてまっしぐらに突撃をする。ハイオークとはいえ納品物なので出来るだけ綺麗な状態で保管しておきたいのが人の性だ。


『グオオオオオオ!!!!』


 俺が三分の二ほど近づいたところでこちらに向かってきていたハイオークとかち合った。そして切られたことすら感じさせる暇も無いほど素早くジャンプをして喉元にナイフを突き立てた。血しぶきを上げてハイオークはドサリと倒れた。それをしっかり血抜きして、それ以上ハイオークがいないことを探索魔法で確認したらストレージに収納魔法でしまい込んで依頼は完了だ。ハッキリ言ってチョロい。美味しい依頼だったなと思いながら村へと帰っていった。ハイオークは幸い一匹であり、交配して個体数を増やしてはいないようなのでこれで問題無いだろうと思われた。


 ギルドに帰るとギルマスのリースさんが、キリッとギルマス顔をして『査定場へどうぞ』と奥の部屋へ案内された。


 部屋に入り石畳の上にハイオークの死体を取り出す。血抜きをしっかりとしているので床にはほとんど血が流れることはなかった。


 リースさんは神妙な顔でその死体を見ながら『ふむ……』とか『なるほど』とか言っていた。ハイオークの死体にそんなに個体差は無いだろうと思うのだが、興味津々と言った風に見ているリースさんを止めるのも気が引けたので黙って査定が終わるのを待った。


「クロノさん、これでハイオークは全部と言うことでいいんでしょうか? あとから二体目や三体目が出てきたりしませんよね?」


 リースさんがビビりながらそういうので『それで全部です、当分変異個体は出てこないと思いますよ』と言って安心させておいた。この前の水晶砕きで変異種の発生する確率は下がっているはずなのでコイツさえ倒せば多分問題無いだろう。


「それでは素材として金貨二百枚で、ハイオークの討伐報酬として金貨千枚を支払いますね」


「おや、随分と気前がいいんですね? 大丈夫ですか?」


「大丈夫です! 安全にオークが狩れるようになればそのくらいの支払いすぐに元が取れますよ!」


 と言うわけで俺は金貨千二百枚をもらってギルドを出た。そして俺がハイオークを倒したことが伝わったのか、ギルドではオーク討伐を受ける人が大量に出てきた。危険も無いだろうし俺の知ったことではないのだが多少の責任を感じずにはいられないな……精々死なないで欲しいなと思う。そして願わくば牛肉もたっぷり食べられますように。

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