第424話「商人に回復薬をねだられた」
朝食を食べていると給仕さんに話しかけられた。
「ミユを助けてくださってありがとうございます」
ミユ? はて、そんな知り合いがいただろうか?
「えっと……誰のことです?」
「クロノさんに回復薬をもらったと言っていた娘です」
「ああ、あの人ね」
口外するなと言ったのに早速漏らしているじゃねえか……人の口を塞ぐのは随分難儀なことなんだな……
「あの人から聞いたんですか?」
すると給仕さんは首を振った。
「いえ、あの方のお父さんが『ウチの娘のおかげで元気になったよガハハ』と触れ回っていたんですよ。その時に旅人さんからもらった薬のおかげだと言っていたので、誰とは言っていませんが聞いた人のほとんどがクロノさんの子とだと察したそうですね」
そういや父親のためにエリクサー買おうとしてたんだっけ。となると父親の方も口止めが必要だったな、噂というのはどこかから漏れてしまうものなのか……ままならないものだな。
「あの娘、私の友達なんですよ、ありがとうございました」
「気にするな、依頼をこなしただけだからな」
「それでも、あの娘のことを助けてくれたのに違いはありませんから」
そう言って厨房にもどっていった。食事を終えたらギルドに行こうと思っていたのだが、食後にプディングがついてきたので感謝されてはいるらしい、ありがたいことだと思うよ。
そして宿を出ると、今日はさすがに平和そのものだった。オークの巣を破壊したおかげで強めの魔物が大体消し飛び、殺伐とした雰囲気はなりを潜めていた。
とりあえずギルドに向かうか……
そうしてたどり着いたギルドは景気の悪いことになっていた。スッカスカのクエストボードにいくつかの採集依頼が出ているだけだった、もちろん常設の依頼だ。
「ふぁ……あぁ、クロノさんですか。随分派手にやりましたね」
ギルマスが寝癖付の頭でカウンターに立ってぼんやりとしていた。
「どうしたんですかリースさん? 依頼が随分と少ないようですが……」
「あ・な・たがそれを言いますか……討伐対象が集まっている地域を誰かさんが吹き飛ばしたので討伐依頼が減っているんですよ。どことは言いませんがね」
ああ、あそこってそういう地域だったのか。派手に吹き飛ばしたのはマズかったな……しかしそれでもどうやって消し飛ばしたのかを聞かないあたりギルマスとしてのプロ意識は感じるな。
「めぼしい依頼はもうみんな取って行かれましたよ。常設依頼でも受けますか?」
「いえ……今日はやめておきます」
そうしてギルドを出る時に後ろから『やり過ぎないでくださいよー……』としっかり文句を言われたのだった。どうやら俺はやり過ぎる癖があるらしい、あの程度で困るのもどうかとは思うのだがな。しょうがない一面はあるとは言え、楽をしようと思うと悪評が広がる。依頼の遂行に王道は無いと言うことだ。
しかし暇ができてしまったな……思わぬ自由時間ができてしまった。
「あの、クロノさんですか?」
俺に声を掛けられたのでそちらを向くとバックパックを背負った商人の娘が立っていた。
「ええっと、確かに俺はクロノですが、どこかでお会いしましたか?」
俺は思わず女を口説く時のような台詞を吐いてしまった。誰だこの娘? マジで記憶に欠片たりとも残っていないんだが……
「ああ、失礼しました。私は商人のメイリン、下級ポーションから特級エリクサーまで扱っています」
話が見えないな。
「それは分かりましたが……その薬屋さんが何のご用ですか?」
「先日私のお客さんを奪いましたよね?」
「え?」
思いだしてみるがこの人いたっけ?
「ほら! エリクサーを買いに来た人ですよ!」
「ああ、俺が最上級ポーションをあげたあの娘ね」
「そうですよ! 私のお客さんを奪ったのですから私にも多少の便宜を図ってくれても良くないですか?」
「それを自分で言いますか……」
少女は自信満々に言う。
「私はお客さんが望むエリクサーを提供しようとしていたんですよ?」
知らんがな。実際に客が必要だったものは俺の回復薬だったわけで、それはいいわけではないだろうか?
「で、売り上げの補償でもしろって言いに来たんですか?」
なんでそんな当たり屋みたいなやつに絡まれなきゃならないんだ。知らんぞそんなもん。
「いえ、クロノさんには私にポーションを売っていただきたいと思いましてね」
おや、意外と商人として忠実なようだな。俺から仕入れるのはいい判断だと思うが、誰にでもは売っていないぞ。
「まあきちんと評価していただけるならお売りすることはできますがね、高いですよ?」
ストックはたくさんあるが無計画に売り払うと相場が崩れるからな。
「でしょうね、結構な効き目だったと飲んだ方が喜んでいましたからね」
言いふらすのはやめて欲しいな。あの娘のオヤジさんにも口止めが必要だろうか?
「そこで一本見本を見せていただけませんか? もちろん買い取りますので」
「そうですね……そこそこのヤツで金貨十枚ですが払えますか?」
「はい!」
元気よく宣言するメイリンに、悪い人に騙されやしないかと不安になるな。
そうして差し出された金貨十枚を受け取って、それを財布に入れてから上級ポーションをストレージから取り出す。
「ほぅ……収納魔法ですか? 私の相棒になってほしいですね」
「生憎俺はソロが好きでしてね、はい、ポーションです」
そうして手渡されたものを受け取った商人は商人としてしっかりと商品を確かめている。それを傾けたり光に透かせたりして品質を確かめたようだ。
「これは……これが金貨十枚なんですか?」
「ええ、高いでしょう? なので俺はこれで……」
立ち去ろうとしてところでがっしりと腕をメイリンに掴まれた。
「十本買います!」
「え?」
何を言っているんだ? 十本って……しかもただの上級ポーションだぞ?
「在庫がありませんでしたか? なら持っているだけでもいいので……」
「ちょ!? ちょっと待ってください! ただのポーションに金貨十枚も払ってそれを十本ですか!?」
俺が驚いて思わずそう尋ねると、何を驚いているのかという顔をしているメイリンが答えた。
「上級ポーションでここまでの品質なら文句は全く無いですよ! ですからどうか売ってください!」
そうなの? そのポーションレベルくらいだったら今の俺なら量産出来るぞ?
しかしメイリンの目がマジなのでその事は絶対に黙っておこう。集られるのが確定してしまうからな。
俺はストレージから十本のポーション入りフラスコを出して検品を頼む。メイリンはそれを確かめて満足げに頷いてからパンパンの財布を取り出しそこから金貨を取り出した。
「どうぞ、金額を確かめてください」
俺は十本分、金貨百枚あることを数えて確かめそれをストレージに入れた。
「ありがとうございます! この村でこんなにいい取り引きが出来るとは思いませんでした!」
大喜びしているところだが俺はしっかりと念を押すことにした。
「いいですか? 絶対に俺から仕入れたことは黙っておいてくださいよ? 話したら二度と何も渡しませんからね?」
「当然じゃないですか! 商人が商材をペラペラ喋るわけが無いでしょう! そこは信頼してください!」
この人には利害関係がある分信用してもいいだろう。もし喋ったら
そう心に決めてメイリンと別れた。思わぬ報酬になったので俺は他所で売れるように取引が終わったら宿に帰ってポーション作りに精を出し、百本ほどのポーションを量産した。量産したのだが……
これ全部一カ所でばらまいたら値崩れ起こすだろうなあ……
そんな市場原理に作ってから気づき、頭を抱える羽目になった。
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