第421話「エリクサーを納品しよう!」

 その日悠長にギルドに向かうといきなりリースさんが俺に懇願してきた。


「クロノさん……エリクサーとか、持っていませんか?」


 エリクサーか……一応ストックはあるがあんまりにも放出すると需給のバランスが崩れるから出し渋ることにしているんだよな。あんまり持っているからと何でもかんでも売るのは良くないと思っている。


 特にエリクサーなどは商人に恨まれる可能性もあるのでそれなりの値段をつけてもらわないと売らないことにしているんだよな。何より、ここには怪我人がいない。緊急で一刻を争うような事態ではないと言うことはハッキリしている。


「売るようなものは無いですね、怪我人でもいるんですか?」


 そう尋ねるとリースさんは露骨に狼狽えてから答えた。


「いえ、実はクロノさんがエリクサーを持っていると噂になっておりまして……商人の皆さんが売ってくれるなら是非欲しいと仰っているんですよね。ですから無茶を承知で一応頼み込んでいるわけです」


「ダメ元で頼み込むのはやめてくださいよ……そんな内情をぶっちゃけられて『はい売ります』なんていう人がいると思っているんですか?」


「なるほど、その反応は持っているということでいいですね? だったら是非売ってください!」


 この人、グイグイ来るな……傍迷惑にも程があるだろう。好き放題やっていいとでも思っているのだろうか?


「とにかく、死にそうな人でもいない限りは売りません!」


 俺はそう断言した。元気な人が道楽で飲むのは迷惑極まりないのでお断りだ。時々二日酔いや擦り傷にエリクサーを使う成金がいるがそういう使い方をすると本当に欲しい人に行き渡らない、それは避けたいと思う。


「だって……クロノさんが強い魔物を駆除してくれたおかげで怪我をする人が減ったんですよ? これはほぼクロノさんのせいと言ってもいいのでは?」


 痛いところを突くな。確かに俺がエリクサーを必要とするような依頼は片付けてしまった。しかしそれを押しつけてきたのはリースさんであることを忘れないでほしい。


「俺がそれをやる意味がありますか? 直接商人に納品すればいいだけじゃないですか?」


 そう、商人が望んでいるのなら始めから、俺が直接取り引きをすればいいのだ。このギルドを通す意味はほとんど無い。


「私が一目置かれる存在に成れるじゃないですか! それは取っても大事なことでしょう?」


「清々しいクズですね」


 俺の辛辣な言葉を無視して平気で俺にねだってくる。本当にいい根性をしていると思う。


「ですので私を助けると思って、クロノさんがこのギルドにエリクサーを納品していただければ、とっても助かるんですよ」


 なんでリースさんを助けなきゃならないんだ……


「エリクサーが必要なんですか? そもそもハイレベルのポーションで十分事足りることは多いですよ?」


 そう、実用上はエリクサーはポーションの上位互換だが、ポーションで事足りることがほとんどだ。高ランクのポーションと低ランクのエリクサーに効果の違いはほぼ無い。


「エリクサーの方が高く売れるのでエリクサーが欲しいそうです、まったく金の亡者ですよね?」


 あんたがそれを言うのか……目の前の金の亡者が離れた場所の金の亡者に呆れ顔をしている。どっちも大概だと思うのは俺だけだろうか?


「しょうがないですね、売るのは構いませんけどそれなりの値段をつけてもらいますよ?」


 その言葉を聞いて目を輝かせるリースさん。子供が新しいおもちゃを買ってもらったかのような顔をしているが、実際は金のために行動していると考えると純粋な欲望って強いんだな。


「それで、いくらくらいで売っていただけるのですか?」


 そうだな……ふっかけるのは当然として、買い取れないであろう金額を提示しなくてはな。


「一本金貨五百枚でどうです?」


 俺は思いきりふっかけた掛け値無しのぼったくり、金の亡者でも取り引きを渋るような金額設定で売却を持ちかけた。


「うーん……」


 いや、悩むのか!? 即座に切れてお断りするような金額だぞ? まさかこれを遠回しなお断りと気づかないほどリースさんはいい加減なのか?


「分かりました! その金額で買い取りましょう!」


「は?」


「いえ、クロノさんの言い値で買い取ると言ったんですよ」


 しれっと言うリースさんだが、正気だろうか? この村は案外金を持っているのか?


「え……はい、分かりました、これがエリクサーです」


 俺はストレージからエリクサーを取り出してリースさんに渡す。それを満足げに眺めてからカウンターの下から金貨の袋を五つ取りだした。


「では、これで買い取りますね」


「ええ……まあ買い取っていただけるのは構いませんが、赤字では?」


「私が商人の皆さんにもっと高値で売りつけますからご安心を!」


 自信満々のリースさん、目に迷いがないので問題無いようだ。俺は金貨をストレージに入れながら尋ねる。


「阿漕な商売は程々にしておいた方がいいですよ?」


 俺の忠告にリースさんは笑う。


「お互い様じゃないですか、金に汚いのは商売をする上での才能ですよ」

 断言されたのでもう放っておくことにした。商人は高値で買い取る様子なので精々がんばってほしい。商人に少しだけ同情しながら、俺はもらった金を使ってギルドで薬草を買った。別に自分で採集してもいいのだが、取りすぎは良くないしな。


 それからギルドに帰って錬金セットを取り出した。神の祝福、永続バフ、要するにそれがポーションを作る時にも効果を発揮するのか試してみたかったのだ。


 乳鉢でゴリゴリと薬草をすり潰しては液状になったものをフラスコに入れる。それからフラスコを炎の魔石で温めていく。三脚の下に炎の魔石を置いてその上にフラスコを置く。


 跡はしばらく放置しておくだけで煮沸され余計な成分がとんでポーションが完成する。手間はかからないのでポーションはそれなりに安いのだが……


 俺が液状になった薬草を見ているとポコポコと泡が立って、不純物が蒸発していく。そして規定の時間熱したものを三脚から外し、そのおかしな液体を眺めていた。


 まさか……いやしかし……俺は出来上がった液体を鑑定してみた。


『低級エリクサー』


 そう鑑定結果が出た。あの神はこんな事までできたのか。ハッキリ言ってこんなものが広がったらロクなことにならない。あの神が誰彼構わず力を授けなかったのは正解だったな。


 俺はそれを確認してから酒場に行った。


「一番強い酒を頼む」


「かしこまりました」


 酒場の主人にそう言ってどぎつい酒を出してもらった。それを数杯飲んでから宿に帰った。


 そして酔いがいい感じに回ったところで、先ほど作ったエリクサーをゴクリと飲んだ。途端に酔いが覚め、意識がハッキリとした。これは間違いなくエリクサーだな。


 この結果は秘密にしておこう。低ランクとはいえエリクサーがポンポン作れるなどと知られてはマズいからな。そうして俺は次の日起きて頭が痛くないことを確かめエリクサーの贅沢な使い方をしたなと思った。

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