第420話「ゴーストドラゴンを殴った」

 俺は気分良く朝食を食べていた。自分の力が強くなるのはめでたいことだ、依頼の達成が楽になる、こんな素晴らしいことはないだろう。今ならドラゴンにだって素手で勝てそうな気がする。


 朝食のシチューに入っている硬めの肉が軟らかでふんわりとしたマシュマロのような歯ごたえに感じる。加減をしなければ大体何でもできるんじゃないだろうか。朝食から栄養をしっかりと摂れる。おそらくこの調子だと腹の中までしっかり強化されているのだろうな。なんだか人間をやめているような気さえするほど食べ物が何でも食べられた。おかわり自由の固くなったパンさえ美味しく食べられる。


 幸い朝食を美味しく食べられたので気分良くギルドに向かうことになった。いつもと変わらない朝食なのだが内臓が強くなると美味しく食べられるようになるようだ。


 ギルドのドアを開けると聞こえの良い挨拶が聞こえる。それがリースさんの『おはようございます』であることはすぐに気づいた。俺も適当に挨拶を返してクエストボードを眺めた。いつもと変わらないような依頼しか残っていない。朝食をじっくり食べたので割の良い依頼は取られてしまったのだろうか。


 俺が退屈そうにクエストボードを眺めていると後ろから『退屈ですよね?』と声がかかった。


「なんですか、リースさん」


「いえいえ、クロノさんにとっては退屈な依頼ばかりだと思いましてね。そこで! この依頼はいかがでしょうか?」


 そう言って差し出された、まだ貼り出していない依頼票には『ゴーストドラゴンの駆除、報酬金貨百枚』と書かれていた。ゴーストドラゴンは見たままドラゴンのゴーストだ、生きているものよりは弱いが呪いをまき散らしたりと面倒なところのある相手になる。


「報酬が安くないですか? 竜種を倒すならもう少しもらっても悪くないでしょう?」


 俺がそうクレームをつけると悪びれることもなくリースさんは答える。


「まあゴーストですからねえ……それほど強くもないですし、これでも高い方ですよ? それにゴーストだと素材の買い取りも出来ないのでそこに配慮して色をつけているつもりです」


「面倒な相手なんでしょう? 確かに倒せなくはないでしょうが急ぎの依頼でもないでしょう?」


 ゴーストなら俺よりプリーストのようなやつの方が適任だろう。魔導師兼戦士をやっている俺より適任がいると思うのだが……


「まあまあ、チョロい相手ですから。ね? クロノさんがちゃちゃっとゴーストを除霊してくださるとこちらとしてもとても助かるんですよ。厄介ごとではないので安心して受けてくださいよ、クロノさんにぴったりの依頼ですよ」


「はあ……話くらいは聞きますよ」


 この人は譲るつもりがないようなので話くらいは聞くことにした。話を聞いた上で断るならつけられる文句も少なくて済むだろう。


「さすがはクロノさんですね! ではでは、僭越ながらドラゴンがゴースト化した経緯をお話ししましょう」


 そう言って大仰な姿勢でリースさんは語り始めた。


「それはただのドラゴンだったのです……そう、そのままならゴースト化するはずも無いものでした……」


 話が長くなりそうでイヤになる。話は結論から話せと教わっていないのだろうか? 肝心な部分を持って回った言い回しをすると信用を得られないぞ。


「ドラゴンは人間から隠れ住み、人間もドラゴンから逃げてなんとか生活していたのです……そこに実力があるパーティが討伐しましょうと持ちかけたんですね。残念ながら人間はドラゴンの素材を前に求めずにいられるほど強いものではないのです、そしてドラゴンはそのパーティによって討伐されました。死体の処理もされずにです……そしてドラゴンの魂はゴースト化して近寄った人間に襲いかかるようになりました。そこで人間は無用な争いに首を突っ込んだことに気がついたのですね。

 しかし残念ながらパーティは素材を売り払って村を出ており、今さら討伐を頼むこともできません」


「で、俺に頼むって訳ですか? 人間の過失百パーセントのような気がするのですが、助ける必要あります?」


 俺が素直な疑問をつけると、うんうんと頷いてからお話を始めた。


「実はですね、ゴーストドラゴンは生息地を荒らしていることで有名なんですよね。人間への怒りなのか環境をあらして人間への報復を企んでいるわけですね。と言うわけで残念ながら人間の敵になったドラゴンの残滓を駆除していただきたいわけですよ」


「うへぇ……面倒くさい」


「まあまあ、報酬はしっかりお支払いしますから、ね?」


 まあ力に余裕があるので戦うくらいのことはできるだろう。ゴーストごときにおくれを取るわけにも行かないし、倒してやれば少しはさっぱりするだろう。何より、今は少し強い敵をぶっ潰したいような気分だった。


「分かりましたよ、受注しますので進めてください」


「ありがとうございます!」


 リースさんは嬉しそうに依頼票にギルド印を押して詳細を俺に話した。曰く、森の奥でドラゴンだった物が激しく暴れているそうである。力があろうが始末の仕方が悪いと後が面倒になるという良い例だ。


 しかし勇者共はほとんど死体の始末をしなかったな、あいつらのたちの悪さに比べたら幾らかマシではないかとさえ思えてしまう。さっさと討伐してしまおう。


「ではクロノさん、ドラゴンは森の中央部にいるのでそこで駆除してきてくださいね」


「はいはい、分かりましたー」


 適当に聞いてさっさとギルドを出た。軽く足を動かして調子が良いことを確認する。そして走って森の中へ突っ込んでいった。かなりの速度で走っているのだが、身体に当たる木の枝や葉が気にならない。それだけ身体の耐久が上がっているということだろう。大急ぎで森の中に突っ込むと前方のものをへし折りながら中心部へ向かった。


 森の中で瘴気が湧き出ているところにたどり着く。そこには真っ白なドラゴンの魂と呼べるものが眠りに就いていた。荘厳であり、これを倒したというなら結構な実力を持っていたのだろう。それだけに死体の処理を雑にすませたのがもったいないとしか思えない。


「…………グオオオオオオオオオオ!」


 いきり立ったドラゴンの魂が覚醒し咆哮を上げる。俺はそのゴーストめがけて思い切り殴りかかった。


 チュドオオン


 いい音とともにゴーストドラゴンは吹き飛んだ。それとともに瘴気は霧散して消え去った。


「グオオオオオオン!」


「悪いが人間のために死ね、完全にな」


 どうやら神の力のおかげだろうか、アンデッドに対して俺の攻撃の威力が上がっているような気がする。気前よく吹き飛んだゴーストドラゴンに追撃で頭を殴りつけた。ゴーストドラゴンを構成しているエーテルが消し飛んで綺麗さっぱり消え去った。チョロい相手だったな。


 雑魚ではあったのだが少し申し訳ないような気もする相手だった。倒し終えて俺は足取りも軽くギルドに帰った。


「あ! クロノさん! 倒していただけましたか?」


「ええ、軽く倒してきましたよ」


「ありがとうございます! おかげで森の資源が取り放題です!」


 なんだか私欲のために倒したように感じてしまう。まあ倒したのだから文句を言われる覚えも無い。俺は報酬を受け取って、久しぶりに強い酒を飲んでみたのだが、以前ほど酔えなくなっていた。強くなるというのも良し悪しがあるな……


 そう強く思わされて、強くなるというのは得るものばかりではなく失うものもあるのだなと少し残念に思った。

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