第419話「戦闘が楽になった」

 神の力ねえ……ソフィの与えた永続バフがどの程度の者なのかは未だに分かっていない。しかしそれなりに効果はあるのだろうと思いながら朝食を食べていた。


 使える魔法の数に変化はない、スキルも変化は無いようだ。ただ、なんだかスープを食べるために使っているスプーンが軽いような気がする。木製の食器では重さの変化を実感出来ないが、宿にある銀のスプーンでは明らかに軽く感じる。


 宿を出て、道を歩きながらいつもより足取りが軽いような気がしている。ふと、足元に人の手で持つのに丁度いいようなサイズの石が転がっていた。何気なくそれを手に取り思い切り握ってみた。


 ガチャア


 石は渋い音を立てて砕け散った。普通の俺ならバフ無しでは不可能な芸当だ。どうやらあのエセ神のご加護もしっかりと効果はあるようだ。


 ギルドで適当な依頼を受けてみるかな……


 腕試しにはそれが一番手っ取り早い。魔物なら人間と違っていきなり切りつけても問題無いからな。


 我ながら勤勉なものだと思いながらギルドへの道を歩いて行く。時間停止無しでやってみようかなとも思う。まあ加速魔法だけで十分なことも多いんだがな。


 かくして俺は旅人であれば多少は受けるであろう依頼を自発的に受けることにした。良い依頼があると良いな、などと月並みな望みを持ちながらギルドのドアを開ける。


 ドアが開くと皆暇そうにクエストボードを眺めている。どうやら大きい依頼は無いようだな。


 おかしいのは誰も依頼票を剥がして持っていかないということだ。なんとなく気になったのでクエストボードを覗いてみた。そこには……びっしりと貼られた『ジェネラルオーガの討伐、報酬一匹金貨十枚』と書かれている依頼票があった。


 ジェネラルオーガを一匹金貨十枚で倒せなどと言うのは贅沢が過ぎないだろうか? もう少しまともな依頼を提示してもらいたいものだ。しかも全依頼票に『最重要』とか『緊急』と書かれて貼られている。


「クロノさん! その依頼に興味があるみたいですね? そうでしょうそうでしょう! なかなかジェネラルオーガなんて出ませんからね!」


「いやですよ、と言いたいところですが受けますよ。この村の人間が殺されると寝覚めが悪いですからね」


「は!? 受けるんですか!?」


 持ちかけた当の本人が一番驚いていた。ギルド内もざわついている。


『オイオイ、アイツが受けるってよ!」

『ヨシ! これで俺に回ってくることはないな!』

『安全圏というのは素晴らしいな』


 周囲で散々好き勝手を言っているが、今の俺ならジェネラルオーガでも多分平気だろうという予測の元で受けたのだ。


「クロノさん……本当に受けてくださるんですか?」


「受けるって言ってるでしょう。そもそもリースさんが言い出した事じゃないですか」


「は、はぁ……ちなみにジェネラルオーガの討伐経験は……?」


「無いけどなんとかなるっしょ、アレより強い敵くらい何度でも戦いましたし」


 少なくともドラゴンより強いという話は聞かないしな。アレに勝てるならオーガの亜種くらい余裕だろう。


「ではパーティを組んでくださる方でもいるんですか?」


「いませんよ? ソロ討伐です」


 当たり前だろう。そのくらいソロで勝てないと勇者共のお世話などで来たものではない。ドラゴンゾンビでさえ俺に後始末を押しつけるような奴らだぞ。今さら報酬が安かろうがジェネラルオーガごときに負けたりはしない。報酬の安さは擁護出来ないが、そこはバフの効果検証ということで目を瞑ろう。


「死なないですよね? 私がクロノさんを死に追いやったとか評判が立つと困るのですが……」


「安心してください、その程度の敵に負けたりはしませんから」


「では受注処理を進めても構いませんか?」


「ええ、どうぞ」


 リースさんはオドオドしながら依頼票にギルド印を押した。これで受注処理は完了だな。


「では、目撃例は森の中ですので、討伐お願いしますね」


「はーい」


 俺は軽い感じで受けてギルドを出ていった。ジェネラルオーガクラスなら探索魔法で軽く見つかるだろう。そこそこ強い敵だし余裕で見つかるな。


 俺は村の周囲の森まで行き探索魔法を使った。普段は魔力が散逸していくように周囲に広がっていくのだが、今回は普通に使っただけなのに大波のような魔力が流れていった。


 どうやら魔力までしっかり底上げされているらしい。叫び声がいくつか聞こえ、木々の間にいたり木の上にいた魔物がドサッと倒れていた。どうやら強すぎる魔力にあてられて気絶したらしい。膨大な魔力を至近で浴びたんだもんな、無理もないか。


 そして普段なら魔力が返ってきて魔物が何処に居るのか分かるはずなのだが、あまりにも勢いよく飛んでいった魔力は返ってこなかった。どうやらこのバフも便利なだけではないらしい。調整は必要なようだな。


 俺は極微弱な魔力を出すように意識して探索魔法を使用した。魔力がひゅうと風のようにとんでいった。幸い今度はしっかりと反応が返ってきた。


「あっちの方に何匹かいるな、チョロい相手だ」


 なんとなくチョロいと思った。ドラゴンと比べてとかそういう話ではなく、本能が危険を感じなかった。それを信じてそちらに向かって駆けていった。


「グルアアアアアアアア!!」


 おっと、ジェネラルオーガさん、さっきの魔力によほどイラついたのか、出てきた瞬間に切れている個体が殴りかかってきた。普段ならかわすのだが、俺はそれを素手で受け止めた。最悪腕が落ちても時間遡行で戻せるからという理由で無茶をしたのだが、余裕で受け止められてしまった。コイツはオーガのようだがジェネラルオーガではないのだろうか?


 俺の身体能力が強化されているにせよ雑魚過ぎるだろう。


「でえええええええい!」


 思い切りオーガの顔をぶん殴った。するとオーガを倒すくらいはできるのではないかと思っていたのだが、殴った首がスポーンと飛んでいった。俺は少しポカンとしながら飛んでいった首を眺めていた。


 いや、体術でこれはいくら何でも強すぎるのではないか? 反則だろうこれは。


「ウガア? アアアア!」


 俺に襲いかかってきたオーガの腹を殴った。こちらも気絶くらいはさせられるかと思ったら身体にぽっかり文字通り穴が開いた。


 その調子で数匹のオーガを倒して全てをストレージに入れた。こんな美味しい話があって良いのだろうかとは思うものの討伐完了ということで村に帰った。


『リバース』


 今回は返り血もしっかり浴びたので綺麗に時間遡行を使用して落としておく。それからようやくギルドに向かった。


 ギルドに入るなり周囲がざわつく。俺があまりに平然と無傷で帰ってきたからだろう。


「ク……クロノさん、討伐……もう終わったんですか?」


 ビビっているリースさんに頷きで返して査定をしてもらうことにした。売却くらいはしないとほぼ慈善事業のような行為をすることはできないからな。


 査定場で死体とドサドサと収納魔法で取り出すとリースさんは奇妙なものを見る目をした。


「これは……間違いなくジェネラルオーガですね」


「でしょう? 問題無いですよね?」


「え、ええ……問題は無いのですが……その、珍しいですね?」


「珍しい?」


 はて、ただの討伐依頼だというのに何がおかしいのだろうか?


「クロノさんのことだから全部綺麗に首を落として持ってくるんじゃないかと思っていたのですが、案外普通に傷をつけて倒していますね」


 ああ、そのことか。確かに死体の状態など気にせず拳を振るったので当然と言えば当然だ。


「今日は少々趣向を変えました。買い取り出来ませんか?」


 さすがに出来ない事はないだろうと思いながらも一応訊く。


「いえ、全く問題ありません! ジェネラルオーガ五体で金貨五十枚にこの素材の状態だと……そうですね、一体金貨三十枚といったところでしょうか」


「じゃあそれで売りますよ」


 全部で金貨二百枚、まあこの村にしては金が入った方だろう。


「ありがとうございます! それでは支払いますのでお待ちくださいね」


 そうして待ち時間にコーヒーを一杯頼み、報酬がもらえるのを待つという至福の時間を過ごしたのだった。

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