第418話「低級神が信者を増やしてと依頼してきた」

 その日は空が真っ青に染まっており、快い光が降り注いでいる。心地よい日差しに食堂でのんびり腹を満たしていると眠気さえもやってきてしまう。こうも天気が良いとお日様の差し込む中でのんびり寝てしまいたくなることはしょうがないことなのだろう、決して俺が怠惰というわけではない……と思う。


 そして日が本格的に昇り始めた頃、ようやく俺はギルドに行くことを決めた。いや、決めたというのは正確ではないだろう。ただ習慣で行かなければならないと思っただけだ。なんとなく不穏な気はしていた。驚くほどに青い空、必要以上に人通りが多い、何かあるのではないだろうか、それに気づけなかった俺の敗北だ。


 そしてギルドのドアを開けると幼女がリースさん相手にごねていた。


「じゃから我は神じゃと言うておろう! 何故信者募集の依頼が貼り出せんのじゃ!」


 あー……これ面倒くさいやつだなあ……あの幼女が本物の神であろうと無かろうと絶対にロクなことにならない。今すぐギルドから出て行きたいくらいだ。


 依頼のコーナーは幼女が占領しているので、ギルド内で売っているエールを買ってちびちび飲んだ。あの自称神はしつこくギルマスに依頼をしたいと申し出ているが、にべもなく却下されている。だというのにしつこくこだわるのは理解に苦しむな。


「おいおぬし! 我を崇め奉らんか? 現世利益はたっぷり与えてやるぞ!」


 俺の方へやってきた幼女は胡乱なことをいいだした。現世利益を保証する神って大抵ロクなものじゃあないんだよな……もっとも、死後の世界は理想郷であるという連中が信じられるかと言えば信じられないのだがな。


「はいはい、神様ちゃんは偉いな、今後の活躍をお祈りしているよ」


 俺が何気なくそう言ったところ、自分の身体に魔力が満ちあふれ、疲れはとれて、意識がハッキリ覚醒した。


「なんだこれ!? お前の力なのか!?」


「ふっ……お主は我に祈りを捧げたのじゃ! 恩恵があるのは当然であろう?」


 先ほどの『お祈り』という言葉は遠回しに『どこかに行ってくれないか』という意味だったのだが、このポンコツ神は本気で祈祷したと勘違いしたらしい。しかしその効果は目を見張る物がある。


「お前、地味に凄いな……名前はなんだ?」


「我はソフィ、慈愛の神じゃ!」


 慈愛の神ねえ……博愛ではないことは俺だけにバフをかけてくれたことから分かる。


「のうお主、ちょっと我から依頼を受けてくれぬか?」


 突然依頼を持ちかけられて困惑した。どんな文脈で依頼が出てくるんだよ……


「依頼ってなんだ? そもそもギルドを通せよ」


 しかしこの神は首を振った。


「なっとらん! このギルマスは我を微塵も信用しておらん! お主が我の力で強くなれたことをアピールせねばならんのじゃ! お主が活躍すればあの頭の固いギルマスだって我の言うことを信じるはずじゃ!」


「はぁ……そういうことなら分かりました。ただ一つ言っておきますよ?」


「なんじゃ?」


「多分俺が討伐をこなしてもあなたのおかげとは思われないと思いますよ?」


「? 分からんの、まあいってくるのじゃ! この森の中には魔物がたっぷりいるのじゃ! 討伐して目にもの見せるのじゃ!」


 というわけで俺は幼女型の神様から依頼を受ける羽目になってしまった。目標は大量の討伐だが、あの幼女、力を与えたのだから報酬はギルドでの買い取り金額で我慢しろと言いやがった。あの放漫さで崇拝される神になりたいなど正気の沙汰とは思えない。


「さて、行きますか……」


 ものすごく気は進まないのだけれど俺は森に向かうことにした。何故ならあの幼女のバフが永続的なものだったからだ。さすがに能力の底上げをしてもらったのに頼みを断るほど俺は薄情ではない。


 のんびり森に入ると気配を大量に感じられた。それは探索魔法によるものではなく本能が直感的に敵対しているものを察知したといった方が正しいだろう。


「グルル……」


 狼が俺の方に吠えて突進してきた。それをあえて俺は回避しなかった。体力が底上げされているので近寄ってきた狼の頭をぶん殴って気絶させた。どうやら反射神経も向上しているらしい。もしかしたらナイフが必要無いのかもしれない。


 とりあえず頭蓋をぶん殴られて昏倒した哀れな狼を収納魔法でストレージにしまった。チョロい相手だったな。


 そこへ気配が飛んできた。ゴブリンの投げてきた石つぶてを軽く手でキャッチする。わざわざかわす必要すら無い攻撃だ。しかしそれを受けた手のひらには傷一つできていない。あの神の恩恵は随分と体力に効果があるんだな。


 その調子でザックザクと狩っていった。驚いたのはオークの気配を察知した時点で俺は迷うことなく身体が誰かに動かされているかのようにナイフをそちらに向けて投げた。


 そのナイフはオークの眉間に直撃して一撃で命を奪った。


 ゴブリンからオークまで、様々なものをストレージに詰め込んで帰ることにした。まだあの自称神……いや、これだけ能力が向上したのだから神と呼んでもいいだろう。そいつをギルドで認めさせなければならない。


 ギルドに入ると俺は皆から奇特な目で見られていて、いかにも何か倒してきたのだろうと興味津々と行った視線がこちらに集中する。


「のうお主、我の祝福はどうじゃ? 効果の程をあのギルマスに見せてやれ」


「はぁ、まあ別に構いませんがね」


 俺は受付のリースさんのところに行って今回の成果を説明した。一々ストレージから出さなくてもリースさんは信じてくれた。何しろギルドからの依頼ではないのでいったもの勝ちだからな。


「どうじゃ? 我の力を見たかの? こうして力を付与出来るんじゃぞ? このギルドに社の一つでもつくっても罰は当たるまい?」


 ドヤ顔でそう言う自称神だが、リースさんは涼しい顔をしていた。


「クロノさんならそのくらい簡単に狩りますよ? 本人が強いのであなたの加護なんて本当にあるのか怪しいんですよね。というかドラゴンだって倒すような人が今さらオークだのオーガだの、ましてやゴブリンだのを倒したからってあなたのおかげとは認められませんね」


 自称神には申し訳ないが今日狩った魔物は全部バフ無しでも勝てる相手だった。雑魚過ぎやしませんかね……せめてドラゴンくらい倒さないと説得力の欠片も無い、それが俺という存在だった。


 ショボンとして俺のところにやってきた神に申し訳なさそうな顔くらいはしておいた。


「悪かったな、俺はそういうやつなんだよ。化け物は大抵倒してきたからな。今さらその程度で驚かれないんだ」


「お主はワシの力無しで勝てると思っておるのか! 我の力は必要じゃろう?」


「そうだな、それなりに役に立ったよ」


 そしてドヤ顔をして『あーあ、せっかく神の力をわけてやろうというのにやる気が失せたわ、またの』と言って消えてしまった。いなくなったのではなく、その場にいたはずなのに瞬きの合間に消えたのだ。


 それを目の当たりにして、ようやくアイツは神なんじゃないかと思われ始め、もったいないことをしたものだと嘆いている人たちがいた。


 俺は永続バフという有り難い強化法を施されたのでほぼ丸儲けだった。

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