第417話「コボルトウィザードを倒す」

 その日は朝早くから目が覚めた。決して昨日早めに寝たわけでもないのだが、とにかく目が覚めたのだ。原因は村の付近にある魔力、そこそこの魔導師のものと思われる魔力の塊があって呑気に寝続けられる魔導師は少ないだろう。


 あの魔力の質は魔物のものだった。ならばギルドに依頼の一つでも出ているだろうと思い、朝も早くからギルドに向かった。


 ギルドのドアを勢いよく開けて入る、リースさんは眠そうな顔で出迎えてくれた。髪もろくにといていないのだろう、雑な格好をしていた。


「どうしたんですかクロノさん。そんなに慌てた顔をして?」


 え? まさかこの人、あれだけの魔力を無視しているの? 危険なレベルの魔物だと思うのだが、この村では当たり前の相手なのだろうか? だとしたらこの村は恐ろしい実力者が集まっているのではないだろうか?


「いや……かなり大物の魔物がいますよね? まさか気づいていないんですか?」


 俺が尋ねると小さなギルマスはうんうんと頷いて話を聞いて答えた。


「も、もちろん知っていますよ! 誰か始めに気づいた人に任せようかなと思っていたんですよ!」


 え……じゃあ始めに気づいた俺は……」


「そういうわけなので始めに来たクロノさんにお任せしますよ。もちろんこの村を守ってくれますよね?」


「あれだけ魔力が大きければ気づく人も多いんじゃないですか? 俺に任せるって不安じゃないんですか?」


 俺一人に任せて死なれても困るだろう。もちろん死ぬつもりなどさらさら無いのではあるが。とはいえそこそこの魔物を単独で倒せというのは案外無茶振りもいいところだ、正直に言えば勘弁してほしい。


 他にいくらでも適任がいると思うのだが、この村は傭兵でも雇った方が良いのではないだろうか。もう少しまともな対応をしてほしいものだ。


「俺がやるんですか? これだけ目立っていれば参加者も多いと思っていたんですが」


 これだけの大物なら気づいている連中も多いだろう。そういった人たちの仕事を奪うのはよくないことだ。俺は金に不自由していないしな。


「クロノさんが最速で気が付いたようなのでお願いしますよ、他の人は気づいていないか、主人のお世話で精一杯のようですし、気がついた方にお願いするのがピッタリですから。まさか負けるようなことは無いですよね?」


「まあ確かに負けるような相手ではないでしょうが、ギルドがそんないい加減でいいんですか?」


 しかしギルマスは堂々と言う。


「私としては依頼を右から左に流して上前をはねるのが仕事ですからね。依頼になっていないものなんて雑にもなりますって」


「リースさんって人間性が悪すぎませんか?」


 俺の嫌味もどこ吹く風でギルド名義の依頼票を作成している、どうやら俺がこの依頼を受けさせられるのは確定らしい。


「出来上がりっと!」


 それを読むと『異常な魔力の調査、報酬金貨十枚』と書かれていた。どんな相手かも分からないのにご丁寧に報酬を決めてしまうあたり度胸があるというかなんというか……とにかくやる気になって欲しそうにしているので受けてあげようか。まったく気は進まないがな。


「ではクロノさん、サインしちゃってください」


 言われるままにできたばかりの依頼票にサインをして、受注処理が進み、あっという間に俺が担当にされてしまった。


「ちなみに討伐の証拠とかはどうするんですか?」


「ああ、クロノさんなら魔物の死体まるごと収納魔法でしまっちゃえるでしょう? それを使ってください、お願いしますね」


 俺の収納魔法が持つ容量まで知られている以上倒したという報告だけではダメだということか。雑な依頼の割に面倒くさいな。


「じゃあ行ってきますね」


 そう言ってギルドを出ようとしたところで『死なないでくださいね』と言われ送り出された。身の危険があると知っているなら物量で押した方が安全だろうとは思うのだが、報酬が金貨十枚では集まるものも集まらないだろうな、一人あたりにした時の金額が安すぎる。


『クイック』

『サイレント』


 気配を断って加速して村の周囲の森の中でその膨大な魔力の反応の元へと向かっていく。反応の近くにコボルトが数匹いたので処理しておいた。コボルトがいるということはコボルトメイジあたりだろうか? それにしては魔力が多いような……


 コソコソと魔力の流れ出している方を覗き見るとそこにはコボルトウィザードがいた。なるほど、あれだけの種ならそれなりの魔力を持っていてもおかしくない。


『ストップ』


 時間停止を範囲で使用して取り巻きのコボルトたちの動きを止める。コイツらには時間停止が効くのだが……


「ウガアアアアア!?」


 俺がコボルトの取り巻きを倒していくとそれに気づいたコボルトウィザードは迷うことなく範囲に効果のある炎魔法を使ってきた。かなりの威力があったので取り巻きごと焼き払いやがった。コイツには配慮というものが無いのだろうか? 同族をあそこまで簡単に切り捨てられるのはある意味凄い。


「ニンゲン、オマエ、ツヨイ、ダカラ、コロス」


 まったく、魔法が使えるからといって実力の差までは分からないご様子だ。俺はとりあえず『グラビティ』を使用した。


 しかし自分が重いほど効果を発揮する魔法はコボルトという小柄な種にはそれほど効果が無く、少し動きが遅くなったものの平気で歩み寄ってきた。


「ワレラガカミヨ、ニンゲンヲウチハラエ」


 俺が加速でよけたから良かったようなものの、地面が爆発して大きめの穴が開いた。結構な力を持っているご様子だ。しかも魔物のくせにご丁寧に詠唱をしている、ニンゲンであったらかなり尊敬される威力の魔法を平気で撃ってくるな。


『ハイパークイック』


 俺はこっそりと奥の手の超加速を使用して狗の魔法を回避して懐に潜り込みナイフを心臓に突き刺した。コボルトはあまりの早さに何が起きたかも理解出来ていない様子で、気がついた時には俺がナイフで急所を突いていた。


「ウゴゴ」


 ドサリと倒れたコボルトウィザードを収納魔法でしまい、村に帰った。コボルトでもウィザードクラスになると素材としてそれなりに優秀なのだが、討伐の証拠としてギルドに提出しなければならない。もったいないな……


 まあそんな愚痴のようなことを考えてもしょうがないのであたりにころがっている素材にもならないようなコボルトの死体に聖水をかけて浄化しておいた。コイツらはウィザードの範囲魔法に巻き込まれて死んだ個体だ。恨むなら精々クソみたいな上司を恨むんだな。


 そしてギルドに帰るとバッチリにメイクを決めたリースさんが愛想のよい接客をしていた。人に依頼を押しつけた時とはえらい違いだなとは思いつつ、『討伐終わりましたよ』と声を掛けると査定場に案内された。


「それで、何が魔力の源だったんですか?」


「コイツですね」


 査定場に大きめのコボルトの死体を置く。リースさんはようやく事態を察したのか青い顔をして俺に尋ねてきた。


「これは……コボルトウィザードですよね!? こんな個体が村の近くにいたんですか!?」


「ええ、何をしようとしていたのかは知りませんが村の近くで群れていましたよ」


「そ……そうですか、ではクロノさん、コボルトウィザードの死体はギルドに納品してくださるということで構いませんか?」


「構いませんよ、金になると判断した途端愛想が良くなるあなたも嫌いではないですね」


「では査定を……するまでもないですね。胸の傷一撃で死なせていますね。相変わらずクロノさんのやることはよく分からないんですよねえ……」


「で、いくらで買い取っていただけますか?」


「そうですね、金貨百枚は出しますよ」


 商人に直売したら倍の値が付くだろうと思ったのだが、ギルドの依頼で行動したのだからしょうがない。俺はその値段で売却の契約書にサインをした。


「ではこちらが報酬になります」


 リースさんに金貨百枚の売却代金と金貨十枚の依頼達成報酬をもらって宿に帰った。もう少し高値がついたかなと、交渉すれば良かったなと少しだけ後悔したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る