第416話「ワイバーンの売却」

 俺はその日、思わぬ収穫になったワイバーンの処理方法について考えていた。無論ギルドに卸せば大喜びで買い取ってくれるだろう。しかしそれは安くなることを考えなくてはならない。ギルドに卸すのは最終手段だ。それにこの村には大量の商人がやってきている。この商売のチャンスを逃す手はないだろう。


 実のところワイバーンの死体には時間停止をかけているのでここで売る必要は無いと言えば無い。しかしストレージの中に何時まで経っても売れないデカブツを抱えておくのは心理的に気に食わない。


 というわけで、俺は村の中で稼いでいる商人を探すことにした。今回のワイバーンは成体ではないのでそれほど大金にはならないだろうが、それでも金貨一枚でも高く売りたいと思うのが人の心だ。


 そして商人たちが開いている市場を観察しに向かった。なかなかに賑わっており、観光客向けの商隊や、住人に必需品を売りつけるための店舗など様々なものがあった。中には冒険者向けの武器や、ポーションなども売っている。ポーションなら俺のストレージにも入っているので売るのもありかと思ったが、今はワイバーンのことに専念しようと思い直した。


 俺はその中でも金を持っていそうな商人を探す。宝飾品の類いを売っている商人は金を持っていそうだが、ワイバーンの素材を買い取ってもらえるとは思えない。やはりここは武器商人に目をつけるべきだろうな。


 そう思って武器を売っている店を回ってみる。しかしこの村は戦闘をする人が少ないのか、あまり良い武器を売っているやつは見当たらなかった。精々のところ鋼の剣を売っているくらいだろうか、オリハルコンなどを売っている店は見当たらない。


「兄さん! 見ていってくれよ! ウチの自慢の武器だぞ!」


 そう言われたので見てみたのだが、青銅の剣などあまり実用性も宝飾品としての価値も高くなさそうなものが並んでいた。あまり儲かりそうな取り引きは期待出来そうもないので冷やかしだけして店を離れた。


「ウチの武器はこの村一のものだぜ! ちょっと見て行けよ!」


 そこまで言うからにはさぞや凄い武器を売っているのだろうかと思った。そうしてあまり珍しさの無い武器を見ていると、一本の剣が目に入った。


「アダマンタイトの剣か……」


 なかなかの業物だ。魔物相手にしても十分な性能があるだろう。重いので俺が使うには取り回しが不便だが、それでも使い道くらいありそうな品だった。


「ほほう……それに目をつけるとはやるな。そいつはウチで一番強力なやつだぜ? 一本どうかね?」


 その言葉に俺は重く首を振って店主に持ちかけた。


「実はワイバーンの死体が綺麗な状態で丸々一匹あるんだが買わないか?」


 俺がそう言うと商人はガハハと笑って一笑に付した。


「兄ちゃんがどれだけ強いのか知らんがそんなもの持っていたらもう少しまともなところで売るだろうさ」


「ほほう……今回売却するものとは別ですが、これを見ていただけますか?」


 俺は収納魔法でストレージに手を突っ込みドラゴンの死体から鱗を一枚剥がして取り出す。途端に商人はキョトンとした顔をしてから鱗をじっと見てすぐに部下たちにお茶の用意と客人を案内するように言いつけた。素早い反応で何よりだ。


「そ……それはドラゴンの鱗ですよね?」


 商人の言葉遣いまで変わってしまっている。こんなもの一枚に大仰な反応をするなど馬鹿げているような気がするが、普通の人はドラゴンを倒したりしないせいか妙に反応がいい。


「ええ、確かにドラゴンの鱗ですよ、買い取りますか?」


「い、いや……今は手持ちが……」


 どうやらこの鱗一枚に大層な価値を見出しているらしい。物好きだなと思いながらこれで信用されただろうと思う。


「これでワイバーン一体にも説得力が出ましたかね?」


「あ……ええ……もちろんですとも! ワイバーンですか、なかなか景気のいい話でありますね」


 物好きなものだ、大したものではないだろうに。高く買い取ってくれるなら喜んで売り払うがな。


「それで、ワイバーンの死体は痛んでいないのですか?」


 それはごもっともな心配だな。いたんだワイバーンに価値はないだろう、相手がネクロマンサーでもない限りはな……


「ギルドの査定場を使わせてもらいましょうか。お金は持ってきてくださいね?」


「はは! もちろんです!」


 こうして俺と商人がギルドに向かったのだが、出迎えたリースさんは不機嫌な顔で出迎えてくれた。


「どうも、クロノさんにはしていただくべきでしたね」


「訊かれませんでしたから」


 俺はサラッと嫌味を流して査定場の利用手続きを進めた。リースさんも通信魔法か何かで知っていたのだろう、それ以上の嫌味は言わず、不機嫌そうに『どうぞ』とだけ言って奥の部屋への鍵を開けてくれた。


「さて、こんな感じで一匹狩ってきたのですが、ご興味がありますかね?」


 俺はストレージから大きめのワイバーンの死体を取り出す、その時に時間停止を解除するのは忘れない。


「ほ……本物のワイバーンですな……ここまで綺麗なものは久しくみたことがないですな」


「一撃で首を落としましたからね、食材としても使えると思えますよ」


 俺の言葉に衝撃を受けている商人だが、そのくらいの品質管理はしているぞ、そんな当たり前の管理を疑われるのは少し悲しい。


「これはなかなかのものですぞ! 幼体であるとは言えこれだけ綺麗に首を切り落としているのは素晴らしい!」


 そうだろうそうだろう、コイツ一匹倒すのに時間停止を使ったからな。余裕で倒せるとは言え、余裕で出会えるわけではないので金はしっかりといただきたいものだ。


「そ、そうですな……金貨五千枚でいかがでしょう。即決出来る金額の限界ですが……」


 ふむ……これを持ち歩く手間と気分を考えたら売り払ってしまう方がいいだろう。


「まあいいでしょう。その金額でお売りしますよ」


 商人は深く頭を下げて、召し使いに大量の金貨を持ってこさせた。俺はそれがしっかりとした量の金貨であることを確認して、引き渡し書類にサインした。


 こうしてワイバーンは無事売却出来たわけだが……


「クロノさん……報告を雑にすませるのは感心しませんねえ……」


「リースさんだって詳しく聞かなかったじゃないですか、それにどこに売却するかは依頼で決まっていないなら俺の自由でしょう?」


「それはそうですけど……ギルドを通せば手数料が入るのに……」


 ものすごく私欲を満たそうとしているようだった。それが失敗したから俺に文句をつけているのだろう、言いがかりも甚だしいが、俺はその日、一応一通りの愚痴を聞きながら酒を飲んで過ごしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る