第415話「ゴブリン討伐戦」

 今日は朝から平和そのものだった。だからこんな日に面倒な依頼など押しつけられるはずもないし、面倒事が俺に回ってくるはずもないのだ。いやあ、平和っていいなあ。


 そして朝食のオーク肉を食べながら、たまには興業でも見てみようかな、などと思っている。退屈な依頼なんて受けてもな……何しろ先日の件で『面倒事』をこなしてしまった。となると面倒なことは俺に割り当てればいいなどと思われている可能性もある。そんなのはもちろんいやだ。


 食事を終えてどこに行こうか悩む。楽しいことは多そうだ。観光地らしく様々なサービスが営業している。さて、どこに行こうかな……


「クロノさんじゃないですか、奇遇ですね!」


 ああもう……会いたくなかった人の声が聞こえた。無視するほど冷徹にはなれないので返事をする。


「奇遇ですね、リースさん」


 まったく……運命の神とやらは仕事をしていないのではないか、そう思ってしまうほどに運が悪い。しかし、ここから逃げる方法を考えるのが俺だ。


「では俺は演劇を見に行かなければならないのでさようなら」


「今日は上演してないですよ」


 くっ……よくやっている貼り紙をしているくせに今日はやっていないのかよ。とんだ無能じゃないか、肝心な時にやってないんだな。


「クロノさん、今日はお暇みたいですね?」


「えーっと……ものすごく忙しいですよ」


 面倒なことは全力でバックレたい、それの何が悪いというのか。誰にも責められるいわれは無いはずだ。


「ほほう……では何かご用事があるとでも言いたいのでしょうか? 先ほど嘘を言っていましたよね?」


 クソ……墓穴を掘ったか。しょうがない、話だけでも聞いてお断りすることにしよう。


「分かりましたよ、話くらいは聞きましょうか」


「さすがクロノさん、なかなか話が分かるじゃないですか! ギルドに行きましょうか。面倒な依頼はたっぷり残っているんですからね!」


 やはり面倒な依頼を押しつける気か……失敗したかなあ……とはいえ初手で嘘をついたのはマズかったな。正直に今は休日ですと答えるべきだった。覆水盆に返らずとはよく言ったものだな。


「では行きましょう!」


 俺はリースさんに手を引かれるままギルドに向かった。ギルドに入るなりクエストボードから依頼票を何枚か剥がして俺の所へ持ってきた。


「ささ、クロノさん、この中から好きなものを選んでくださいな」


「選択肢があるようで無いような紙ですね」


 ドラゴンからゴブリンまで、様々なものの討伐をよりどりみどりだ。しかしロクなものが無いというのを体現したような渋い依頼ばかりだ。リースさん、俺の事をクソ依頼を押しつけてもなんとかしてくれる人だとでも思っているのではないだろうか?


 依頼票に一通り目を通すが、討伐不可能な依頼は無いようだ。全部倒そうと思えば倒せる依頼だ。ならばできるだけ楽で報酬のいいものを選ぶべきだろう。


「じゃあ、これで」


 俺が一枚の依頼を差し出すとリースさんは露骨に嫌そうな顔をした。


「ゴブリンの討伐って……クロノさんならドラゴンくらい倒せそうじゃないですか、もっと難易度の高いものを選びましょうよ!」


「大事な依頼でしょう? それとも俺が本当にこの村で遊んでいた方がいいですか?」


 リースさんは非常に渋い顔をする。だって面倒くさいじゃないか。強い敵と戦うのは面倒なんだよ。いや、面倒なだけならいい、噂が噂を呼んでドンドン面倒な依頼が舞い込んでくるからいやなんだよ。


「でもクロノさんならもっと難しい依頼だってこなせるでしょう?」


 妙なところで俺の事をよく分かっているやつだな。そういうの面倒くさいからギルドでの詮索は禁止されているはずなんだが……


「俺にはこのくらいが限界ですよ。さっさと倒してくるので精々期待しておいてくださいな」


「はぁ……私の評価に関わるんですがねえ……」


 まったく、人を出世のための道具のように扱うのはやめてほしいものだ。と言うか正気だろうか? 実力をよく知らない相手にドラゴン討伐を振るなんて正気の沙汰とは思えない。


「受けてほしいんだったらこの依頼が限界ですね。納得していただけますよね?」


「はい……せめて大量に討伐してきてくださいね?」


「はいはい、ご期待に添えるように頑張ってきますよ」


 大量に討伐って……そういうのが面倒だからゴブリン討伐依頼を受けたんじゃないか、この人は呑気にも程があるだろう。


「出来るだけは頑張ってきますよ。報酬の準備をよろしく」


 それだけ言ってギルドを出た。討伐依頼はゴブリンの討伐、数は一体以上の任意、報酬はゴブリンの数次第。悪くない、雑魚を狩ってから金がもらえるなら悪い話じゃないな。


 さて……村の周囲の治安維持が目的と書いてあったな。村に来る人が減っては困るということか。


 村から森の中に入って目的のゴブリンを探す。探索魔法を使ったところ数匹の反応があった。


『クイック』


 加速してゴブリンの元にたどり着きサクサクと狩っていく。ゴブリンを倒すのは簡単でいいな。しかしリースさんもしっかりと薬草採集のような俺を動かすには役不足な依頼はしっかりと外していたあたり人が悪い。


「グエッ!」


 反応が見えたラスト一匹のゴブリンを狩り、死体をストレージにしまって他にいないか探索魔法を使う。すると一体の反応がひっかかった。


 この反応は……ワイバーンだな……ついでに狩っておいてやるか。商人に売れるものだろうし、それなりに稼ぐこともできるだろう。


 加速したままワイバーンの元にたどり着く、そこにはそれなりの大きさのワイバーンが眠っていた。


『ストップ』


 ピタリと動きが止まる。都合よく眠っていてくれたので耐性が下がっていたようだ。一発で時間停止が決まる。


 首筋にナイフをあてがって突き刺しぐるっと一周回る。ゴトリとワイバーンの首が落ちた。脅威は消えたので時間停止を解除するとドスンとその巨体を横たえた。


 ストレージに全部しまい込んで村に帰った。思わぬ敵との遭遇はあったものの、おおむね順調に進んでいった依頼だった。


 ギルドに入るとリースさんが俺に微笑んでから『こちらへどうぞ』と査定場へ案内された。


 ドンとゴブリンの死体をまとめて取りだした。アンデッド化しないようにする加工はギルドに任せる。


「相変わらずとんでもない数ですね……この村の周囲は定期的に自警団が討伐しているんですが、よくこれだけ見つけたものですね……」


「運がよかったんですよ、俺は引きが強いことにかけては自信があるんでね」


 ギルマスさんも自分で押しつけておいて意外な成果が出たと驚いている様は滑稽だ。上手くいったのでしっかりと成功報酬はもらってその日は酒を飲んだ。

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