第414話「ランドワームの駆除」

 俺はその日、普通の食事をしていた。ごく普通の日でありそんなに大した問題は起こらないだろうと考えていた……朝食中は。


 朝食を終えて表に出ると人気がないことに気がついた。なんだか何かを恐れているように家々がカーテンを閉めている。かさっと音を立てて窓の隙間から俺の事を見て要る人の気配もある、はて? 何かあっただろうか? 思えばこの時ギルドに行かず宿に戻っておくべきだった、しかし全ては後知恵だ。


 俺は脳天気にギルドに入った、途端に弾丸でも突っ込んできたのかという衝撃が俺に入った。


「クロノさーーーん! よかった! 誰も来なかったらどうしようかと思ってましたよ!」


「リースさん、落ち着いてください! ドラゴンでも出たんですか?」


 この慌て様はよほど強い敵が現れた時のものではないかと思う。そして現在に至る。


「ランドワームの駆除ですか……」


 壁にはその依頼票が貼り出されており、他の依頼は隅の方に追いやられている。どうしても『ランドワームの駆除、報酬、金貨百枚』と書かれた依頼を受けさせたくてしょうがないようだ。


「そうなんですよ! 商人の皆さんが引き連れてきた護衛の方はギルドに来ませんし受けてくださる方がいないんですよ!」


 なるほど、商人に雇われているのだからその反応は当然かもしれない。しかしこの程度の依頼であれば報酬が破格だし、受ける人の一人や二人出てきてもおかしくないような気がするのだが……


「ランドワームの駆除くらいなら簡単ですが、なんでこんなに大々的に貼りだしているんですか?」


 そう尋ねるとリースさんは重い口を開いた。それはこの村が自然にあふれているがゆえの問題だった。


「それが……この辺に出てくるランドワームは変異種でして……その……大変気持ちが悪いんですよね……皆さんあんな気持ちの悪い相手と戦わなくても生きていけると主張しておりまして……」


 しかしランドワームとは精々大人二人分の身長程度の大きさにしかならないはずだが、何をそんなに恐れているのだろうか?


 所詮はミミズの大きいやつだ。多少気持ちが悪いにしてもこの金額なら受けてもいいのではないだろうか?


「なんでそんな有象無象レベルの相手にこの報酬が出るんですか? いや、もらう方としては嬉しいですけどこの金額ではもらいすぎな気もしますね」


 ピクリとリースさんの表情筋が動いた。どうやらワケありの依頼らしいな。


「変異種といいましたよね? ここら辺に出てくるランドワームは十人分くらいの長さでヌメヌメとした粘液を出しているんですよ、気持ち悪いでしょう? しかも絶妙に強くて怪我くらいはしそうな相手なんですよ!」


 まくしたてるリースさんだが、そのくらいの敵なら慣れているので俺としては簡単だ、しかし何を恐れているのだろうか?


「クロノさんなら受けてくださるんですか? いいえ、是非受けてください!」


「はぁ……まあ別に構いませんが標的は一体ですよね?」


 勇者が話を聞かずに受けて大量のランドワームの幼体を相手にするハメになったのは未だに根に持っている。あれはさすがに気持ち悪かった、結局魔法で焼き払ったのだが当然悪臭が広がって大量の苦情がきた。あの二の舞はゴメンだ。


「はい! ちょっとだけ凶暴になっていますが目撃は一体だけですよ!」


 ならば何の問題も無いだろう。しかし粘液持ちか……対策はしておくべきだろうな。


「分かりました、その依頼の受注処理を進めてください」


「ありがとうございます!」


 そうしてトントン拍子に依頼の受注処理は進んでいった。俺は討伐対象の位置を聞いたのだが、地面を動いているのでどこかとハッキリと言うことはできませんねえ。と言って誤魔化された。


 まあ村の中にいるわけではないのが分かっているので探索魔法を使えばいいだろう。地下に魔力を流すのは多少面倒なのだがな……


「ではクロノさん、受注処理は終わりましたのでよろしくお願いします。あ! 一つ重要なことがありました!」


 今思いついたかのように言っているが、おそらく隠しごとをしていたのだろう。そういう誠意のない依頼の押しつけは嫌いなんだがな。


「なんですか? ランドワームが大量にいるとかそういうことですか?」


「まさか! 一体だけです、肝心なのは死体の回収はしなくていいということです。お願いですからあの気持ち悪い存在を持ち帰らないでくださいね」


 そんなことを言ったら自己申告のみで依頼が完了してしまうのだがそれでいいのだろうか?


「とにかく、あの気持ち悪いミミズとは関わりたくないので駆除だけしておいてくださいね」


「はい、まあいいですけど」


 依頼の完了を申し出るだけで済むとは、随分とお優しいことだな。まあいい、有利な追加条件なら歓迎してやろう。


「では、お願いしますね!」


 こうして俺はランドワームの駆除を受けることになった。余裕の一言で済む依頼だろう。


 そしてギルドを出て、目的の魔物を探るために探索魔法を使った。遠くの方に反応があるな……そう思ってそちらに向かおうとしたところでランドワームの反応が急速に地下を這って近寄ってきた。


 ズモモモモ


 いきなり地面が盛り上がって勢いよくワームが飛び出してきた。俺は鬱陶しいので時間停止を使用しようとした。


『ストップ』


 ランドワームが場所の時間が止まった。勢いがよく素早く動いたのでかわされてしまった。ミミズの分際で素早いじゃあないか。しかも頭の部分が大きな口になっており、生き物を咀嚼するための牙までついている。粘液を残して地面に潜ったランドワームに対して探索魔法を使い続け、地面から出てくる瞬間を狙った。


『ストップ』


 今度は頭が出たところで時間停止を使用できた。動きを止めてから、俺はその大きな口に冷却剤を放り込んだ。ピキピキと粘液が凍結していき、ランドワームから生命反応が消えた。


 ランドワームについて調べてみたが、魔法で調べる限り、薄い表皮の下は泥で詰まっているようだ。しかも表皮は粘液に覆われて非常に気持ちが悪いときている、これでは値が付かないだろう。


『オールド』


 俺は時間加速でランドワームの死体をアンデッド化しないように土に還しておいた。討伐の証拠を求められていないのでこれで十分だろう。


『リバース』


 多少服について泥を時間遡行で落としておいた。


 そしてギルドに帰ると人がたくさん集まっていた。ランドワームの駆除の依頼票が剥がされればギルドを避ける理由も無いらしい。


「リースさん、ランドワームの駆除ですが終了しましたよ」


 俺が声を掛けると嬉しそうな顔をしてこちらに近寄ってきた。しかし一定以上の距離は保っており、俺の事を観察しているようだ。


「どうやったんですか? クロノさんが粘液まみれで来るかと思ったのですが……」


「まああの程度どうとでもなるんですよ。ハッキリ言ってチョロいですよ」


 ランドワームの素早さは予想外だったが駆除は比較的順調に終わった。怖がるような依頼でもないだろう。


「ありがとうございます! それではこちらが報酬になります!」


 そうしてずっしりと重い袋を手渡してくれた。中に金貨が入っているのを確認して、俺はあの程度の相手に苦戦する人が多くないことを祈るのだった。

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