第412話「商人たちに勇者パーティの愚痴を聞かされた」

 俺は食堂巡りをしていた。退屈だというありふれた理由だったが、予想以上に多くの人が観光客相手の商売をしていた。宿で売っていた『温泉饅頭』という遠くから来た者が、作り方だけ教えて去って行った料理はなかなかの味だった。その勢いで村の食堂巡りでもしようかと思い手近な店に入った。


 中は混み合っており、景気がいいようで何よりだ。


「いらっしゃいませ! ただいま混み合っていまして、相席になるのですが構いませんか?」


「ええ、構いませんよ」


 相席か、観光客の話でも聞けるのだろうか?


「こちらへどうぞ」


 案内された席に座る。目の前にはいかめしい中年の男が座っていた。まあ綺麗なお姉さんがいるような店では無いことは知っていたがな……


 むさ苦しいのは我慢しよう、せめて料理が美味しいことに期待するしかない。


「何になさいますか?」


「オーク肉の串焼きをパンとセットで、それとエールを一杯」


「かしこまりました」


 そう言って給仕さんは下がっていった。


「なあ兄ちゃん、旅でもしてるのかい?」


 目の前のおっさんに話しかけられた、始めは俺の事だとは思わずポカンとしてしまった。


「ええ、旅人をさせてもらってます」


「そうか、俺はカイル、行商人をやってる」


「俺はクロノです」


 そうして自己紹介をした、こうして相席になったのも何かの縁だろう。話くらいはするか。


「旅の話でも聞きたいものだな、何か面白い話は無いかね?」


 そんな無茶振りをされてもなあ……


「面白い話なんてそんなに無いですよ。ただ町から村まで各地を歩き回っているだけですからね」


「そうか、勇者ほど波瀾万丈ってわけでもないんだな」


 俺の好奇心が鎌首をもたげてきた。


「勇者たちの話はあまり聞きませんが順調にやっているのですか?」


「あまり良い噂は聞かんよ、関わらないことを俺ならオススメするね」


 あいつら、やっぱり苦労しているのか……もう少し頑張ってほしいとは思ったが根性が無さ過ぎるにも程があるだろう。世話が焼けるやつだと思っていたが、俺が関わらなくてもいいと断言したあいつらは自信満々だったのだがな。


 しかし勇者のプライドの高さから言って俺に頼ってくることもないだろう。もう連中は俺の手を離れたのだ。この前物覚えのいい弟子を育てて分かったが勇者たちは能力があれどもそれを適切に使おうとしていなかった、今さら連中に付き合えと言われたら断るだろうな。


「勇者たちは何かミスをやらかしたんですか?」


 そう尋ねるとカイルさんが苦笑していった。


「やらかしたか……やらかした噂もあるがな、一番多いのはやらかせないほど弱くなったって話だよ」


 意外な回答に俺は虚を突かれた。


「やらかせないって……どういう意味ですか?」


「言葉通りだよ、勇者共もやらかす以前に強い魔物に勝てないから雑魚狩りばかりやっているらしいぜ、ケチな連中だよ。自分たちが失敗しない依頼だけをこなしているんだからな」


 俺は勇者たちが雑魚狩りをやっている様を思い浮かべてあきれてしまった。確かに勝てるのだろうが連中はそれで満足しているのか? 雑魚ばかり狩っていると自分たちの評判に関わるだろうに。


「勇者たちはドラゴンも倒したという話を聞きましたがね」


 嘘ではない、俺がいた頃はドラゴンだって倒していた。まあ何度も時間遡行は繰り返したわけだが……とにかく倒していたのは嘘ではない。


「そういう話は聞いたがな……正直にわかには信じがたいな。今の勇者たちがドラゴンなんぞに挑んだら軽く消し炭になるんじゃないかともっぱらの噂だぞ」


 なんだかなあ……あいつら自信満々に俺を追い出したくせにこの有様か、しかし連中はもう少し強かったと思ったのだがな。ドラゴンだって辺り一面を吹き飛ばして仲間の命さえ顧みないような方法なら倒すことは可能だったはずだ。アイツ、火力だけは十分にあったからな。


「じゃあ今の勇者はどんな相手を倒しているんですか? まさかゴブリンを狩っているというわけでも無いでしょう?」


 カイルさんは心底嫌そうに答えた。


「恩給だよ、今は一時的な不調だとか言って税金を引っ張ってきて糊口をしのいでいるそうだ。せめてギルドの依頼をこなして稼いで欲しいものだよ。まあその恩給もそのうち切られるという噂だし、そのうちゴブリンの討伐で稼ぐ勇者様が出てくるのかもな」


 俺はその言葉を聞いて気が重くなった。


「オーク肉の串焼きセットとエールになります」


 俺は運ばれてきた串焼きに歯を立てるとカイルさんは何かを思い出したかのように言った。


「そういえばあんたの食ってるオークの串焼きで思いだしたがね、勇者連中、オーク討伐に失敗したことすらあるそうだ。あきれる話だろう? 勇者がたかがオークに負けるんだぜ? まあ噂話だから本当に負けたかは知らんがな、なんにせよそんな噂が立つ程度には不調だそうだよ」


 肉を噛みながら考える。あいつらの手伝いでもしてやるべきだろうか? いや、だったらチルのやつを使えるレベルまで育てる方がまだ楽な話だな。


 俺は景気の悪い話にあきれてエールを一気に飲み干した。ガツンと頭を揺らされる感覚、どうやらこの村ではエールもなかなかキツいらしい。


「ところでクロノさん、あんた旅人なんだろう? 勇者がいつからこうなったか知ってるかね?」


「いや、さっぱり」


 大嘘をついた。明らかに俺が抜けた時点で勇者は弱体化していた。そこまで弱くなるとは思っていなかったのが俺のミスだろうか。


「なんでも勇者パーティには記録に残っていない化け物じみた猛者がいたらしいぜ? あんたはその噂を知らないのか?」


 俺はおかわりで頼んでおいたエールを飲みながら答えた。


「そんな噂はさっぱり知らないですね。勇者パーティにいたなら有名なのでは?」


 多分俺の事だろうが噂にまでなっているのかよ……もう少し頑張れよ、勝手に俺が有名になりそうじゃないか。


「勇者が言うにはそんなやつはいたことがないそうだがな……まあそんな噂が立つ程度には勇者たちも苦労しているようだな」


「あまり愉快な話ではないですね……」


 俺がそう答えると、カイルさんは苦笑してから言った。


「俺らみたいな人間にはお上の考えることは分からんがね、少なくともあんたが食べている串焼きのオークだって今の勇者には荷が重い相手なんだぜ? そう考えると少しは笑えるだろう?」


 俺は勇者たちがオークも狩れないという弱さになっていることに驚きを隠せなかった。しかし不思議なことにここまでの道中でしっかり報酬を支払って信頼を得ていったので、今さら勇者たちに付き合う気にはなれなかった。


「じゃあな、クロノさんもエールは程々にしておけよ?」


 その晩、意識がハッキリした頃に財布を確認してみると金貨が五枚ほど減っていた。どうやらこの村ではエールも結構な値が張るらしい。村のくせになかなか景気がいいじゃないかと思いながらぼやける意識を抱えて布団に飛び込んだ。

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