第411話「オークを狩ろう」
俺は宿の食堂に向かった。別の食堂で食べてもいいのだが、『本日オーク肉キャンペーン中』と書かれた貼り紙には勝てなかった。牛肉の方がいいのだが、それでも他の何が出ていくらになるか分からない食堂よりも朝食は安定したものを食べたい。
朝、ほんの少し出遅れたので食堂は混んでいるかと思ったら、温泉が湧いている大浴場が人気で人が集まっていたため、食堂の方は案外に少ない人数しか集まっていなかった。
食堂に入り席に着くと給仕が俺に注文を聞きに来た。
「ご注文をどうぞ」
「オーク肉のステーキで」
「申し訳ありません! オーク肉が品薄でして、薄切りのものなら提供出来るのですが……」
やれやれ、品切れとはなんとも悲しい話だ。だったらアピールなんてしないでほしいと思うのだが、宿泊客全員に潤沢に提供出来るほどの肉が無いのだろう。
「その……牛肉でしたらお出しすることが出来るのですが……」
「え? そうなんですか? じゃあ牛肉でお願いします!」
「かしこまりました、少々お待ちください」
ラッキーだったな。オーク肉が無いおかげで牛肉が食べられるとは。牛肉はどこから出てきたのだろうか? 今までメニューに無かった牛肉が出されるということはおそらく商人が持ってきたというところだろう。
しばし牛肉を楽しみに待っていると、中には分厚いオーク肉を食べている身なりの良い人間もいるようなので、そちらに目をやると料理が運ばれてきた時、給仕に金貨を渡していた、結局のところは世の中金であるということだ。
「お待たせしました、牛肉のステーキです」
「ありがとうございます」
牛肉を持ってきた給仕に礼を言ってパンをかじり肉を噛みちぎる。やはり牛肉は美味い、商人共はオーク肉をありがたがって別料金まで払っているがもったいないことではないだろうか?
ステーキを美味しく食べて宿を出た。ギルドに何か景気の良い依頼は出ていないだろうか? 期待をするだけの価値はあるのではないかと思っている。それともあいつらはオーク肉を食べると精がつくとでもいう根拠の無い噂話の信奉者だったのだろうか? 物好きなことだと思うよ。
ギルドに向かうとリースさんがブロンドのロングヘアを振り回しながら俺に抱きついてきた。突然抱きつかれるって大抵ろくでもないことだぞ、それがギルマスとなれば尚更なのは確定だ。
「なんですか!? ギルマスがみっともないですよ!」
「だってえ! 商人の方々がオーク肉をご所望なんですよ!」
ああ、オーク肉が不足しているわけか。村でただ一つの宿でオーク肉のキャンペーンなどやった日には足りなくなることは必然だろう。そんなことにも気がつかなかったのだろうか?
クエストボードを見るとオーク肉の納品依頼が大きく貼ってある。それだけ不足しているということなのだろう。
「オーク肉なんて珍しいものでもないでしょう? その辺で狩ってくればいいじゃないですか」
俺の言葉もこの人には届かないようで、気にした様子も無く泣きついてくる。アイスブルーの瞳を潤ませて『お願い』をされている様子はなんとも怪しい関係に見えなくもないだろう。だからきっぱり言っておかなければならない。
「報酬は一体金貨百枚を保証してもらいますよ?」
「構いませんが……本当に可能なんでしょうか? その……私が言うのもなんですが、クロノさんとは先日お会いしたばかりですし……」
急に正気に戻るリースさん。さっきまでギャン泣きしていたかと思ったら、急に常識を取り戻すのはビビるのでやめてくれ。
「ではオークを狩ってくればいいんですね? チョロい依頼ですしお気になさらず、二三匹狩ってくれば宿で出すには十分な量でしょう?」
従業員まで含めると食べられないだろうが、そこは我慢してほしいな。
「ではクロノさんはオークを狩れるだけの実力があるんですか!?」
「サラッと失礼なことをいいますね……まあ討伐くらいなら簡単なのでいってきます」
話し合っているといつまで経ってもキリがなさそうなので会話を打ち切ってギルドを出た。
この村は全方位に柵さえもないので出入り自由どころかどこから入っていいか迷うほどだ。
さて、倒しますかね……
村の周囲の森に入り、草木で身体が見えなくなったところで探索魔法を使用した。目立つものだし見えるところでやるようなことでもないな。
魔力の反応でそこそこ大きいものが五体ほどひっかかった。そこへ行ってさっさと狩ってしまうことにしよう。
『クイック』
『サイレント』
隠れながらオークの首を掻き切るためにスキルを使用して高速で魔力の元へ向かった。やはり魔力の質からしてオークだったようだ。
陰のように素早く背後を取ってその巨体の首筋にナイフを突き立てる。鮮血が噴き出しその体躯は横に倒れた。
やはりチョロいな。この程度の相手なら苦戦することもないだろう、次行こうか。
そうして狩り続けて最後に見つけたのはなんとハイオークだった。現在オークを四匹狩っている。そこに一匹足すためだけに村に無用な混乱を植え付けるべきではないだろう。
『ストップ』
動きを止め心臓にナイフを思い切り突き立てた。そしてオークを一通り狩り終わったら、全てストレージの中に放り込んできたのだが、ハイオークの死体は時間停止して、ストレージの中の隔離区域に特別に入れておいた。ここが戦場だったらそんな余裕など無いのだが、村の側にハイオークが出たと突然言われても困るだろう。
パニックを防ぐために一匹を隠して四匹の納品をすることにした。ハイオークならそれなりの値が付くだろうがここで売却する必要も無い。全ては経済という得体の知れない魔物次第と言ったところだ。
「リースさ~ん! オークを狩ってきましたよ!」
俺は浴びていた返り血を時間遡行で落としているのでとても戦闘を経験したようには見えないだろう。ギルマスが俺を評価出来ない格好をしているので、俺の実力を勝手に推し量ることが出来ず丁度いい。強いとバレたらバレたで大変だからな。
「ご無事の様子で何よりです。査定場でオークの死体は出してくださいね」
そうして査定場に行くと新鮮なオークをドサリと四匹置いた。何故かリースさんはひどく驚いた顔をしているが、このくらい出来る人は居るだろう。珍しがられても困るだろう。
「よくまあここまで綺麗に狩ってきたものですね。店売り品だとしても驚きませんよ」
まあ傷は致命傷になった一カ所のみだからな。商品に傷がつくのはよくないという配慮が怪しまれるとは。
「これなら全部で金貨五百枚ってところですね、色をつけておきましたよ」
「分かりました、平和な食事のためにその値段で売りましょう」
こうしてオークの売却は終わった。案外あっさりしたものだった。そしてその晩、俺は宿の食堂で皆がオーク肉を食べている中、牛肉を食べていた。やはり好きなものがいいんだよな。
翌日、『牛肉が底を尽きまして』と言われた時には文句の一つも言いたくなったのだった。
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