第410話「温泉に使う薬草採集」

 俺は朝起きて食堂に向かう。この宿は食事付なので是非とも値段に見合う美味しさをお願いしたい。何しろこの厳しい自然環境をくぐってきたというのに宿代は金貨と来ている。これならそれなりの料理くらい出してくれないと割に合わないだろう。


「いらっしゃいませ」


 そう言って給仕が出迎えてくれた。食堂には身なりのよさそうな家族がいくつか座っているのが見える。どうやらこの宿は村で唯一の宿だから高級なだけのことはありそうだ。


「こちらがメニューになります。料金は宿代込みですのでお好きなものをどうぞ」


 そう言って俺にメニューの書かれた紙を渡してきた。何を食べればいいのかは分からないが、同じものばかり食べるのもつまらない。そう考えているとぴったりのものがメニューに書かれていた。


「日替わり定食をください」


「かしこまりました」


 そう言って給仕は厨房に注文を通しに行った。俺は手持ち無沙汰になりながら、まわりの人が何を食べているのか観察してみた。


 身なりの良い家族が多く、ここが観光地であることを理解した。しかしまあ皆さん馬車でいらっしゃっているようで、身なりに崩れ一つない。つまりはお金持ちであり、従者共は自分でなんとかしろということなのだろう。


「こちら、日替わり定食になります」


 他人を観察していたら料理が運ばれてきた。今日の定食は白パンに、これは……チーズだろうか? が入ったものとオーク肉入り野菜炒めだった。


 味の方は申し分ないがいかんせん量が足りない。足りない分は外食をしろと言うことなのだろう。


 贅沢な村だなとは思ったものの、貧乏くさい村よりはよほどマシだろう。観光地ということなので、ギルドの報酬も期待出来る。


「美味いな」


 俺は観光地価格というお高い料金を支払わされていることがよく分かる。この村は観光地で成り立っているようなので期待薄だな。


 そんなことを考えて席を立った。宿代が食事込みだったことは助かる、この村の食堂を多用した日には金がガリガリと削られていきそうな値段を払わなければならない、そんなのはゴメンだ。


 そうして俺はギルドに向かった。まあ何か依頼くらいでているだろう。商人の警護は出来ないが、多少の敵なら倒せるしな。


 ギルドのドアを開けるとなんともやる気のないリースさんが出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ……そちらから依頼は選んでください」


 ものすごく雑な対応だったいい加減というかなんというか……やりたくてギルマスになったのではないタイプなのだろう。まあそういう食にあぶれる人はいつだって居るものだ、リースさんがそうだったとしても何の問題も無い。


 クエストボードを眺めると、『商隊の警護、報酬金貨千枚』などと行ったものが多かった。一見報酬はよさそうだが、『最低二十人以上必須』と付記されていたのでどれも大規模な商隊が複数の冒険者などを雇っていくためのものだろう。お一人様で受けられるわけはないということか……


 ふと目に入った依頼票を眺めてみた。


『薬用温泉に使う薬草採集、報酬金貨十枚』


 そう書かれて依頼が貼ってあった。なるほど悪くない、薬草だけで金貨十枚とは割が良いではないか。


 俺はその依頼票を剥がしてリースさんに見せた。しかしその反応は芳しいものではなかった。


「その依頼ですか……受けたいなら止めませんが……納品量の欄は確認しましたか?」


 納品量? 別におかしなところはないと思ったがな。


「俺が間違えていなければ三袋ですね」


「そうです、そしてその袋がこれです」


 そう言ってリースさんが持ちだしてきたのはなんとも巨大な袋だった。この袋を満たすだけだろう? 別に面倒なだけで不可能ではないと思うのだが。何しろ薬草なんてこの村周辺一帯に大量に生えているのだからな。


「その袋を目安に持ってくればいいんでしょう? そんなに難しくないですよ」


「難しくないって……そもそもこの袋だけでも持ち運ぶのにも苦労するんですけど……」


「ああ、袋は持っていかないのでご心配なく、その程度なら収納魔法に入れた方が早いですからね」


 俺が軽くそう答えるとなんだかリースさんの様子がおかしくなった。


「あの……商人のお付きの方……とかではないんですよね?」


 妙なことを聞く人だな……


「もちろん違いますよ。しかしまたなんでそんなことを?」


 ばつが悪そうな顔をして説明をしてくれた。


「収納魔法なんて持っているなら商人に仕えた方がよほどお金になりますよ? だからこの依頼はダメ元で貼られてたんですよ。というかクロノさん、サラッと収納魔法が使えるとか重要情報を出すのは勘弁してくださいよ……私だってこの村のギルマスとして情報開示はしっかりしてほしいんですからね?」


 怒られてしまった。収納魔法なんて珍しくもないだろうに。ここに来る商人だって雇っているやつはいるだろう、フリーでやっているというのがそんなに珍しいのだろうか?


「とにかく薬草をたくさん採ってくれば良いんですよね? さっさといってザクザク刈ってきますよ」


「分かりました、信用しましょう。では薬草はその辺に生えているので適当に刈り取ってきてください。頼みますよ?」


「ええ、余裕ですからご安心を」


 どこの世界に薬草採集に命を賭けるやつがいるんだ。そんな過酷な環境があるなら薬草を集めるより移動した方がいいだろう。


 そうしてギルドを出て村を出ようとしたのだが……なんとこの村、外壁も境界線も無いようだ。森と一体化した村と言えば聞こえは良いが、要するにそう言うものを維持出来ない程度の財政状態ということだろう。あるいはこの辺に魔物が出てくることが少ないからかもしれないが、なんにせよもう少し危機感を持てと言ってやりたい。


 出口らしい出口が無いので馬車が通った跡のあるところから村を出て轍を歩いて行った。横を見ると薬草が鬱蒼と生い茂っている。これを刈るだけなのだから村の人もギルドに頼むようなものではないだろうと思わなかったのだろうか?


 とりあえず密生している薬草を刈るために魔法を使う。


『ウインドエッジ』


 バサッと刈ると多少周りが見えるようになった。そのまま生えている薬草を枯れ果ててしまわない程度に大量に刈り取った。あまり品質のいいものではなかったが観光地価格ということなのだろう。


 ギルドで見せられた大きな袋に詰められるであろう位には刈り取れたのでギルドに帰ることにした。しかしこのままではあまりにも不自然……


『オールド』


 ニョキニョキとたった今刈った薬草は元気に成長して元通りになった。


「さて、帰るかな……」


 そう愚痴りながらギルドに帰還した。


 リースさんは俺が手ぶらなのを見ておかんむりだった。


「クロノさん! きちんと規定の量をですね……」


「しっかりストレージに入っているのでそれでいいでしょう? 薬草はきちんと刈り取ってきましたよ」


「え……いやしかし、この袋ですよ? 分かってます? 常識的とはとても思えない量ですよ? これを収納魔法でしまったと仰るんですか!?」


「このくらい簡単に入りますよ、それより取ってきた薬草の査定をお願いします」


「はぁ……では査定室にどうぞ」


 そう言われて査定場に向かった。広い部屋に大量の薬草をぶちまけるとリースさんは目を丸くした。


「いくら何でも多過ぎでは?」


「あの袋ならこのくらいあれば十分だと思ったんですよ、かなり膨らみそうな袋でしたしね」


 素材の柔軟性が感じられたので伸縮しそうだから目一杯詰め込めるように多めに刈ってきたのだが、何かマズいだろうか?


「確かに薬草を刈ってきているわけで……まあ報酬はお支払いしますね」


 そういうギルマスとしていろいろ聞きたそうなリースさんには何も話さず、金をもらったら宿に帰った。この村の物価を考えれば安い依頼ではあるが簡単なのでしょうがないか……全てに満足出来るものなどないのだろうし、そこそこの成果で満足しておこう。


 夕食は美味しいスープとパンだった美味しいのだが、他所で金を落とせという無言の圧力を感じたので何杯もスープをおかわりしてパンとスープだけで腹を満たすことに成功した。観光地で湯水のように金を使えるほどの人間にはそう簡単にはなれないのだ。


 現金をいくらか持っているにしてもいざ支払うとなると渋りたくもなる。だからこそ安いもので済ませることに慣れてしまった。


 向こう数日は生活出来るだけの金をもらったので怠惰な暮らしをしようかとも思ったのだが多分またギルドに顔を出すのだろうな、それは性分のようなものだ。


 全てを諦めた頃に夜の帳が下りてきたので深く考えるのはやめて寝ることにした。

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