カナタ村編

第409話「お別れ、そして新天地へ」

 旅立ちの支度を終え、宿を出ることにした。この村の平和は、俺の育てた冒険者がしっかり守ってくれるだろう。宿で出した必要な物は忘れていない、しかしなんだかこの町をいざ出るとなると、なんだろう? 少しだけ心の中に冷風が吹き抜けていくようだった。


 普段の俺なら絶対に感じないような感情だなと思いながら、宿の受付で『延泊無しで』とだけ伝えた。向こうも『わかりました』とだけしか言って来なかったので俺のような客も珍しくないのだろう。


 そして宿を出てからギルドに向かった。アイツの家にも挨拶に行くべきだろうが、あそこは最後に残しておこうと思う。なんとなくこの町でロスクヴァさんの次くらいに多く話した人との別れはラストに取っておきたかった。


 ギルドへの道もいつもと違うように見える。見納めなのでしっかり心に刻んでおこう、何しろ勇者より言うことを聞いてくれる弟子を取った町だからな。


 ギルドへ行く前に食料を買っておいた。いくら食べなくても平気とは言え、飲まず食わずの生活は気分のいいものではない。パンと干し肉を買って時間停止してストレージに放り込んでおいた。これで一安心、水は魔法で生成することにしよう。シンプルな割に体積を消費するものなのでその場で生成した方が安上がりになる。まあ圧縮機能を使って収納魔法でねじ込むことは簡単なのだが不要なものを持ち歩きたくはないのだ。


 そしてギルドのドアを開けるとギルドは平和そのものであり俺が必要そうには思えない、出て行くにはちょうどよい日だったようだ。


 俺の様子を見て気がついたのかロスクヴァさんが俺に近寄ってきて話しかけた。


「クロノさん……やはりこの町を発たれるのですか?」


「ええ、お世話になりました。そろそろいいかなと思いまして」


 ギルドの受付なのだから旅立つ連中の見送りは慣れているはずなのに彼女の瞳に寂しそうなものを感じたのは気のせいだろうか。


 そう、いつまでもここにいるわけにはいかない。旅人であるためにはいずれ去って行くものだ。永住の地を目指しているわけではないので気楽に旅に出ればいい。ただそれだけの話じゃないか。


「ではロスクヴァさん、ありがとうございました」


「はい、引き留めはしませんよ、腕のいい新人を連れてきてくれたんですからね」


「ハハハ……あの無茶も無駄ではなかったと言うことですか。それではお元気で」


 それだけ言ってギルドを出た。円満に出ることができたのは珍しいことだ。勇者たちと一緒にいた時に『出て行ってくれるぞ!』と出て行くことを大いに喜ばれたのはいまだに申し訳なく思っている。あいつらの素行が悪すぎるんだよなあ……


 そしてこの町最後の挨拶として、出来の悪い弟子へのお別れをしなければならない。一応一人前まで育てたのだからな、この先も末永く生き残ってくれることを祈ろう。


 チルの屋敷へ足を向ける。随分と人と関わり合ったな、最近ここまで誰かのために動いたことは無かったな。アイツをみていると危なっかしくてしょうがないんだ、放っておけないというかなんというか……とにかく俺がなんとかするべきだと思ったんだ。


 屋敷に着いたのでドアをノックする。メイドさんが出てきたのでお嬢様を頼むと言い呼んでもらった。


「ふぁ……なんですか……あ! クロノさんじゃないですか……あまり楽しい用事で来たようではないですね」


「ご明察、この町を出ようと思う。お前を随分世話をする羽目になったからな、お別れくらい言おうと思ったんだよ」


 目の前の少女は複雑な表情をしていた。人間はこれだからよく分からない。面倒な教師がいなくなってさっぱりしたのか、それともあるいは……


「お世話になりました! 私はもうクロノさんに頼らなくてもなんとかなります、ですのでご心配せず旅立ってください」


 ああ、そうだ、目の前の彼女にもう俺は必要無いんだな。きっぱり別れられるというのも悪くない。やるべき事はやった、ここから先はこの娘の物語を紡いでいくのだ、そこに俺が関わることはないだろう。


「よく頑張った、実力は俺が保証するからギルドの連中の助けになってやってくれ」


「わかりました、私ももう皆さんの力になれるんですよね?」


「ああ、十分な戦力になれるさ」


 チルは目尻を潤ませながらも『ありがとう』と言って俺を送り出してくれた。ドールさんはまあ……挨拶するような人でもないだろう。


 一通り挨拶も終わったことだし、町を出るか……


 町の門に着くと門番が『お疲れ様でした』と一礼してくれた。


 俺は『お世話になりました』とだけ言って町を出た。気持ちのよいお別れが出来たなと思う。何かとトラブルが起きていたものだが、この町でこれ以上の大きな問題は起きないだろう、多分原因と思われた魔族は倒したからな。なんとなくだがアイツが元凶だったと俺の勘が告げていた。


 町を出て、轍を辿って歩いて行く。次の滞在地はどんなものだろうか、出来れば金が儲かって楽な依頼であふれているといいななどと俗な願いを持っている。歩いて行くと分かれ道の旅に車輪の跡は草で塞がれていく。いや、片方は人が大勢辿っているのだからそちらに行けという話ではあるのだが、なんとなく観光地となっているらしいという噂を聞いて向かっているだけなんだがな。


 どうやらあまり人が大勢いくタイプの観光地ではなく、ひなびた知る人ぞ知る観光地なのだろう。なんだか森が深くなっていくような気がするが、きっと苦労して行った分最高の観光体験が待っているのだろう。心地よくなれるに違いない、温泉とかあるといいなあ……


『ギャアアアス!!』


『ストップ』


 さっきからこうして何匹か猛獣の動きを止めて進んで行っているが、ここを乗り越えた先に楽しみが待っているに違いない。


 しかし先ほどから轍はほとんど消えて獣道の様相を呈しているのだが、道を間違えてはいないだろうか?


 ガサッと茂みをかき分けたところにその看板は立っていた。


『カナタ村へようこそ!』


 うん、一応村があったことには間違いないようだ。問題はしっかりとした道が無かったことくらいだろうか。


 とりあえず見えているギルドに顔を出そうと思ったのだが、そこまで行く間に数人の観光客と出会った。正直観光地とか全くの嘘で魔物の森におびき寄せられているのではないかと思っていたので非常に嬉しい。


 ギルドに入るとクエストボードに意外と結構依頼が来ていた。名義を見てみると商人名義の依頼が多く、町から出る時の警護依頼が結構入っていた。まだこの依頼を受けるわけにはいかないな。そう考えていると後ろから声がかかる。


「観光の方ですか? それとも冒険者?」


 ギルドの受付の人だろう。声をかけられるとはよほど暇なんだな。あるいはよそ者が珍しいのか……


「俺はクロノ、旅人をやっています」


「旅人さんでしたか。私はリース。この村のギルド職員にしてギルマスもやっています」


「要するにワンオペなんですね」


 明らかに受付をする格好でギルマスをしているということは、つまりそういうことだろう。


「言い方を考えてくださいよ……依頼を受けますか?」


「いえ、ここに来たのでギルドに顔を出しておこうと思っただけですよ。あと宿のオススメがあれば教えてもらえると助かります」


 リースさんは少し考えて答える。


「そもそもこの村には『スピカ』という宿が一軒あるだけですよ。それなりに大きいですし、設備も揃っているのでそこはご安心を」


「なるほど、分かりました。ではまた、次は依頼を受ける時に」


「はい、今度はきちんとご利用してくださいね?」


 そうしてギルドを出て大きな看板の出ている『スピカ』という宿に入った。


「いらっしゃいませ! 一晩金貨一枚で三食付になります!」


 料金は明朗会計、こちらから聞くまでもなく答えてくれるのは有り難い。


「とりあえず七泊」


 金貨を七枚カウンターに置いた。そうして鍵をもらって向かった部屋はそこそこ豪華なものだった。ほとんど収納魔法で旅道具を出す必要が無いくらいだった。


 俺は旅の汚れを時間遡行で落としてからベッドに飛び込んだ。よく干してあったのであろうマットレスは俺の疲れを染み取ってくれた。そのついでに意識も落ちていったのだった。

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