第408話「卒業試験結果は言うまでもなく……」

「さて、今度はゴブリンだな。俺が探す……といいたいところだがお前も探す練習をしてみろ。探索魔法は誰にだって使えるものじゃない。しかし使えるなら魔力次第で範囲を広げられるはずだ」


「えっ!? 私が探すんですか!?」


 俺は驚きの声を上げているチルに説明する。


「探索魔法は便利だからな。使えるなら上達しておいた方がいい」


 コイツは一応納得して魔力を広げ始めた。丁寧ではあるが少々遅すぎるな。


「もう少し一気に押し広げる感じでやってみろ」


「はい!」


 ぶわっと魔力の波が広がり、あっという間に周囲一帯に広がる。


「あ、魔物っぽいのはいますね……でもこれがゴブリンかどうかは……」


「魔力がほんの少しだけ強いやつがゴブリンだ。さっきのコボルトと同じくらいだな。一角ウサギよりは魔力を持っているが、それほど強いやつじゃないさ」


「なるほど、やたら数が多いのは一角ウサギなんですね」


「そうだな、魔物の中でも最下級の一つだからな。その程度の相手だろ?」


「少し強いやつ……見つけましたが……コボルトとまるで変わりませんね」


「一歩前進だな」


「へっ?」


 弟子の方が分かっていないようなので説明をする。


「コボルトだと分かったんだろ? 魔力の塊ではなく、『コボルトだと分かった』と言うことはちゃんと進歩しているということだよ」


 チルは自身がついたようで調子に乗って魔力を広範囲に広げていった。この方法は魔力が伝わるので知能のある魔物相手にやると不利になるのだが、まあこの平原で使うくらいは問題無いだろう。


「見つけました! 多分これがゴブリンです! ホブゴブリンと似た気配がしますね」


 どうやらきちんと判別がついているようだ。ゴブリン種というざっくりとした括りでも判別出来るだけで偉いものだ。


「じゃあ行くか、相手が何匹かは分かるか?」


 俺の探知したところによると単独でいるようだが、そこまでチルに理解出来るのだろうか?


「一匹……だと思います」


「正解、それじゃ行こうか」


 そうして俺たちはゴブリンのいる草むらへ分け入った。反応の直前で止まり、こっそりと草をかき分ける。ゴブリンが一匹そこで石斧を持って立っていた。


「いけるか?」


「問題無いです!」


 そう言って小柄な影はゴブリンに飛びかかり石斧を持っている手を素早く切り落とした。そしてゴブリンのかぎ爪が身体にたつその前に心臓にナイフをブスリと刺していた。


 一瞬のできごとだった。素早い動きで淀みない動作、練習の成果は出ているようだ。


 そしてゴブリンの死体を一体作って俺の方に笑顔を向ける。


「ね! 問題無かったでしょう?」


「そうだな……きちんと無力化してからの攻撃、爪攻撃の予想、どれも申し分ないものだったぞ」


「やったあ!」


 ゴブリンだったものをストレージにしまいながら問いかける。


「よく次の行動を予測出来たな、なかなか出来ないぞ」


「はぁ……自分でも不思議なんですが、ゴブリンの討伐に初心者って感じがしなかったんですよね」


 え……まさか時間遡行したのに記憶を保持しているのか? そんなはずはないのだが……まさか魂などと言うものには時間遡行が影響しないのだろうか? 不思議なこともあるものだ。


「そうか……じゃあゾンビドッグとも戦ってみようか。今回は討伐ではなく浄化をしてみよう、アンデッドは浄化しないと根本的には解決しないからな」


 勇者共が死体を放っておくので俺が浄化していったが手に余る部分がアンデッド化したのは苦い思い出だ。


「でも、クロノさんは切りつけるだけで倒したような……」


「ああ、それはナイフに聖属性エンチャントをつけているからだよ、コイツで切りつければアンデッドやゴーストみたいな切り裂いても解決しないような敵まで倒せる。


「はえー……便利なものもあるんですねえ」


 しかしチルは浄化を出来る。だったらそちらの能力を鍛えておいた方が後々のためだろう。エンチャントしたところで武器が破損すれば自力でなんとかするしかないのだからな。俺のように爆殺して塵にすることが出来るならまた違うのだろうが、さすがにそれは無理だ。


「便利な道具に頼らない、自分の力で頑張るんだよ。ほら、探知魔法を使って探してみろ。アンデッドは仄暗い瘴気を纏っているから魔力がわかりやすいぞ」


「なるほど……やってみますね」


 なんでもないことのように探知魔法を使う。コイツは不出来な弟子などではないな、勇者共よりよほど飲み込みが早い。出来ればの方から組めと言われるなら勇者たちよりここに居る少女の方がよほどよかったのではないか。


「アンデッドですね、これは間違いない様子です」


「よし、じゃあ目的地に行くぞ」


 そうして歩み出した俺たちはアンデッドの反応を目指して一気に進んでいった。周囲に見える一角ウサギは俺たちに近寄ろうともしない。俺が魔物避けに魔力を垂れ流しているのだから当然と言えば当然だがな。


 そうしてたどり着いたところは飼育していた動物が死んだ時に埋葬する場所だった。霊園と呼ばないのはあまりにも荒れ果てているからだ。忘れ去られて久しい場所、それが目的のアンデッド発生箇所だった。


「うへぇ……犬どころか猫もアンデッド化しているな……チルまずは首を落として動きを止めろ」


「はい!」


 腐臭を漂わせながら襲いかかってくるアンデッドたちをギリギリでよけて、飛びかかってきた魔物が着地したところで足を刺した。


「あなたたちには悪いですが消えてもらいますよ!」


 足を落とされ動きがのろくなったゾンビドッグとゾンビキャットに浄化の呪文を唱える。聖なる光が降り注いで綺麗さっぱり犬と猫は灰になってさらさらと消えていった。


「よく出来ました、完璧な結果だぞ」


「ありがとうございます! いやー私って才能ありますね」


「……」


 俺は敢えて褒めなかったがアンデッドの専門家として食っていける程度の力はあるのではないだろうか? このくらい可能ならそれなりに頼りにされると思うぞ。むしろ俺が必要無いのではないかというくらいだ。


「じゃあ最後の仕上げをしようか、分かるよな?」


 チルは悲しい目をして頷いた。


「ええ、ここの居る哀れな霊魂たちの浄化ですね」


「ああ、それをやっておかないとアンデッドが沸き続けるからな」


 アンデッドが悪いというわけではないが、放置しておくと人間にとって都合が悪いのできちんと消えてもらおう。罪はないが生者とアンデッドは共存出来ないものだ。


『神よ、迷える魂を救い給え……」


 詠唱が始まった。徐々に墓場だった場所はただの更地になってゆく。俺ならナイフを刺して『オールド』を使用するところだが、やり方は人それぞれだ。ただ……チルのやり方はとても優しい手段だと感じたのだった。


「ふぅ……綺麗になりましたね。アンデッドの気配も消えました」


「チル、俺はさっき完璧だったと言ったな、取り消すよ」


「え!? まだ何か危険が……?」


「いや、完璧以上にやってくれた。満点以上の成果だよ」


 すっかりお利口になった弟子は顔を輝かせて俺に飛びついた。


「やりました! クロノさんのお墨付きです! これなら文句を言われません!」


 そうして俺たちはギルドに帰った。ロスクヴァさんは露骨に安堵のため息をこぼしていたが、俺がついているのだから信用して欲しいものだ。


「ロスクヴァさん! 確認お願いします!」


「はいはい、チル様は相変わらずクロノさんと仲が良いようですね」


 チルはそれを聞いてドヤ顔で言う。


「確かに仲は良いですけど今回の獲物は全部自分だけで倒しましたよ!」


「は?」


 俺の方に視線が来たので『間違いなくチルが倒しました、俺は一切協力していません』と答えておいた。非常に驚かれたものの、それほど脅威になる魔物を討伐したわけでもないので信じてもらえた。有り難いことだ。


 査定が済んで小銭を受け取ったところでチルはこちらを寂しそうに振り向いて言った。


「クロノさん! ありがとうございます! 私、忘れませんから!」


 そう言って駆けだしたすっかり成長した少女に独り立ちの覚悟が出来ていなかったのは俺の方だったのかもしれないなとくだらない考えが浮かんでしまったのだった。

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