第407話「チルの卒業試験」
俺は朝早くに起き、チルの屋敷へと向かっていた。そう、ついに雛が親鳥から離れる日が来たのだ。
コンコン
ドアをノックするとギィと音を立て立派なドアが開かれた。現れたのは案の定、従者だった。お嬢様に用があることを伝えると朝も早いというのに、嫌な顔一つせずわがままなお嬢様を呼びに行ってくれた。
パタパタ駆けてきたチルに今日の本題を告げる。
「準備はいいみたいだな、今日はお前の卒業試験をやる」
「ふぇ!?」
驚きの声を上げるお嬢様に正直な話を告げる。
「正直どこまでいっても強さに限度はないんだからいつまで経っても俺に頼られるわけにもいかん、いい加減卒業を出来るように頑張ってくれ」
そう、このあたりに出てくる魔物でホブゴブリン以上のものはまず出てこないだろう。つまりあとは本人の決意と覚悟次第でどうとでもなるという話だ。
俺はこの娘の親ではない、というわけでコイツの一生に何ら責任を負わないのだ。そんなものを負えないに決まっているので延々と引き延ばされるわけにはいかない。どこかに切れ目が必要なのだ。
「つまり私がクロノさんの課題をこなせば卒業で、後は知らないということですか?」
「そういうこと」
いい加減適当なところで終わらせないとな。わがままに付き合うのにも限度がある。
「つまり私が失格すれば……」
「ちなみにわざと失敗したら分かるからな? 死ぬかもしれないような場面で手を抜くような相手に命を預けるようなバカはいると思うなよ?」
念のため釘を刺しておかなければな。手抜きなんてされるわけには決していかない。戦いに手抜きなどあってはならないのだからな。まさかコイツが殺されない程度に負けるという微妙な調整が出来るとは思わないが、それをやったら特訓事態がおしまいだ。信頼関係で成り立っているのだから、それを反故にされればどうしようもない。
「いじわるですね……」
その言葉は聞かなかったことにしてギルドに向かった。まだ朝早いことから熱心に活動している人以外は居ない。
クエストボードに向かい、この辺で出てくる魔物の討伐依頼を剥がしていく。大体これだけ討伐出来れば不自由しないだろう。ゴブリンキングのような例外は力のあるやつに任せればいいからな。
剥がした依頼をチルに渡して受けてこいと言う。不満そうだったがいずれは受けてもらわないとならないことだ。
ロスクヴァさんは俺の方に視線を向けてきた。どうやらお目付役がいるから大丈夫という考えらしい。残念ながら俺はこの件が片付いたらさっさと出て行くつもりなんだがな。
受注が終わったらしく、「行きましょう」とだけ言ってのんびり町の中を歩いて行く。
「この依頼が終わったら出て行くつもりですよね?」
「分かってんじゃん」
俺がなんでもないことかのように言うとチルは頬を膨らませた、可愛い。
「クロノさん、永住とか考えてませんか?」
「無いな」
即答する俺の言葉に『ぐぬぬ……』と反応していた。俺がいる時間なんて限られているのだから当たり前だろう? 旅人はどこまでいっても旅人なんだよ。
「老後の心配とかしていないんですか?」
「くだらない、戦えなくなったら生きていけないのは当然のことだろう? 俺はそれだけ阿漕な生き方をしているんだよ」
老後って……お前は俺の老後の世話がしたいのか? 冗談だろう? くだらない。
「お疲れ様です!」
門番さんが今日は仕事を全うしているようで、俺たちが顔を見せるとすんなり門を開けてくれた。
「行ってきます」
「あんたも物好きだな……」
それだけ言えば通じ合う程度の親しみは感じていた。そこで後ろから耳を引っ張られた。
「物好きってどういう意味ですか!」
耳元で少女特有のキンキン声が響く。俺は『面倒な依頼を受けてるなって事だよ』とだけ堪えて門をくぐった。納得はいっていないようだが、キリが無いので『それだけだよ』とゴリ押しして草原に出た。
「さて、まずは一角ウサギの討伐から始めようか」
「今さらですか? ホブゴブリンを倒した私に敵はありませんよ!」
「ちなみに俺の協力は無いからな」
「む……まるで今までは協力していたような言い草ですね。全て私の実力ですよ!」
そう言うチルが一角ウサギを勘で見つけ出しサクリと喉元にナイフを突き立てた時には驚いた。まさかコイツ探索魔法無しでも勘で魔物が見つけられるのじゃあ無いだろうか?
空恐ろしい人間の力に驚きながら、俺たちは次の目的であるコボルトを探しに向かった。
今度は俺が探知魔法を使いコボルトを探した。幸い一匹で歩いている個体を見つけたのでさっさと片付けることにしてそちらに向かった。
「ねえ、クロノさんって魔物の位置が分かるんですよね? そうでないと説明がつかない場面が多すぎるんですけど」
「大したテクニックじゃないさ……魔力を周囲に広げてそれが干渉したものを探知するだけだ」
そのくらいは言っても構わないだろう。どうせそう簡単に探索魔法など使えるはずも無いのだ。
そこまで話すと俺に魔力の波があたって消えた。その魔力の元は……
「お前、案外やれば出来るんだな」
俺は今話したばかりの技術をチルが使えたことに驚きを隠せない。目の前の少女は案外実力があるのではないだろうか? それにホブゴブリンを見つけた時にビビっていたのも勘ではなく魔力を感じていたからなのでは……?
そんな益体もない考えを打ち切るように俺に声がかかった。
「コボルトはこっちにいますね!」
そうして駆け出す腕白少女に、俺は『お前、本当に俺の助けが必要だったのか?』と尋ねてみたが、『クロノさんが何かをしてくれていたことは知っていますよ、何をやったのかは知りませんがね。その補助が私には必要だったんです』と答えが返ってきた。
どうやら時空魔法の存在自体は知らないし、何度も蘇生された記憶は無いようだが、何かの補助がついていたことは知っているらしい。
「この先ですね……クロノさん、見ていてくださいね!」
「見てるけどさ……正直お前が負ける様子が想像出来んな」
余裕でぶっ潰してきそうである。実力を隠していたわけでもないのだろう、どちらかと言えば本当の実力に目覚めたと言うべきだろう。チルの魔力の扱い方は初心者にしては見事なものだった。
「それじゃあ私の勇姿を見ていてくださいね!」
そう断言して飛び出して行き、コボルト相手に自分の身体に魔力を流して身体能力を底上げして喉笛にナイフを突き立てていた。俺はそれを『もう放っておいていいんじゃないかな?』などと思いながら眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます