第406話「チル、ホブゴブリンを倒す」
「チル、準備はいいか?」
俺たちは少し難易度の高い依頼を受注していた。さすがに今回はチル単独の受注ではなく俺とチルのパーティで受注した。というか、受注させてもらえなかった。今回の依頼を受けようとしたらロスクヴァさんが『これはクロノさんが一緒でないと絶対に受注させられません!』と断言した。どうやら俺がついていくことは知っているが、最悪の事態になった時に俺に逃げられてはたまらないということらしい。
そんなわけで、俺たちはホブゴブリンの討伐の依頼をなんとか受注できた。正直言ってチルの実力をつけるためにやっていることなのだから俺がやるのは時間遡行による復活だけでいいのだが、そんなことを明らかにするわけにもいかないので、死んだ人は生き返らないという一般的には当たり前となっている事実を曲げる事も出来ない。
仕方なく受注処理の時に俺が代表としてサインをしたのだが、チルはそれが随分と不服だったらしく、こうして町から出ても文句を垂れ流していた。
「ひどくないですか? 強い人がいれば私が居ようが居まいがどっちでもいいって思ってるんですよ? そんな言い方ってあります?」
チルの口からは町の門を出た時からずっと不平不満が流し続けられている。その様はまるで水源からあふれる水のようだった。
「そんなもんだっての、信用なんてここ数日で積めるほど簡単なものじゃないんだよ。そもそも俺がついていったのはバレているんだからあちらさんだって薄々俺がなんとかしているんだろうと察してるんだろ」
しかし文句は続く。
「だって! 討伐は私がやってるじゃないですか! クロノさんにはアシスタントとして参加してもらっていますけど、それでも私だってちゃんと倒しているじゃないですか!」
まあそれはそうなんだがなあ……
「そもそも俺がいないと何回か死んでいる場面はあったぞ? 自信があるのは結構だけど死に急ぐような真似をしないようにっていう配慮じゃないか?」
チルはどうしてそんなに無謀なことを繰り返すんだ。死ぬだけじゃないだろうか?
「遊んで暮らしていけるんだったらそれでもいいと俺は思うぞ? 無理してこんな命の危険のあることをすることはないだろ」
俺だって諸国漫遊の旅を税金で行えるなら是非やりたい。路銀を稼ぐのだって楽じゃないんだよ。コイツは十分な金を持っているのにどうしてこんな無謀な選択をしてしまうのか?
「私は轍のある道を歩むつもりはありませんよ! 私の道は私が切り開くんです!」
あー……そっち系ね。子供が大人になる過程で必ず通る親離れ、それが遅くやってきたって感じかな。本当に独自の道をいったら後悔するパターンだ。
「なんですかその顔は!? まるで子供のお遊戯を見るような目ですね!」
実際お遊びじゃん。といったところで聞く耳も持っていないだろうし、俺のお説教は右から左に聞き流しているようなやつだ、俺が忠告をすれば聞いてくれるがお説教はまるで聞かないので無理もないだろう。
「さっさとホブゴブリンのところに行こうか、向こうも多分倒されるのを楽しみにしているんじゃないか?」
「倒されるのを楽しみにしているって随分と変態さんな魔物ですね」
「冗談は冗談と分からないと大変だぞ?」
「私の心をもてあそびましたね!」
「いや、妄言を本気にするのが悪いんだよ」
俺だって妄言だという事くらい知っている。そんな事よりホブゴブリンをどうやってチルに討伐させたものだろうか。
とりあえず補助魔法は必須だな。敵が見え次第『スロウ』を書けるのは必須だ。チルのナイフでも十分ホブゴブリン程度なら突き刺せるだろう。弱体化魔法はろくに習得していないので出来るだけ足止めが必要だな。
とりあえず探索魔法を使うか……
魔力を周囲に広げていくと、そこそこ大きな魔力の反応があった。この前のゴブリンキング程ではないがそれなりに大きな敵だということは分かった。なら行ってみてから考えることにしようかな。
「チル、とりあえずターゲットのところに行くぞ。ここでくだらないことをうだうだ言ってても始まらないだろ、まずは敵情視察だ」
「はいはい、クロノさんはいつだって正しいんでしょうね、でも私は感情を優先しますよ」
それはとても人間的な判断だと思う。感情のない人など居ない。俺だって助けられるやつなら全員助けたいが、そんなことをすると無数の敵を作ってしまうからやりたくないだけだ。
「グダグダ言わない、歩くぞ」
「地味ですねえ……転移魔法とか使えないんですか?」
「無い」
ぶっちゃけた話あるのだが、一度行った場所にしか行けないし、コイツにそんなものを教えても使えるようになるとは思えない。やはり冒険者志望ならそのくらい自分で努力しなければ俺に頼りきりになってしまう。そうなったら俺がいなくなったところですぐに死んでしまうだろう。
草原の若草を踏んで歩いて行く。道に草が茂り、木々が見えてきたところで手を使ったチルを制止した。
「止まれ、この先に目的の敵がいるぞ」
「それはどうも……探し歩く手間がなくて助かりますよ」
コイツは皮肉が言いたいのだろうか? その言葉もホブゴブリンの前では恐れをなしてビクビクしている。
『スロウ』
俺は強めの魔力で遅延魔法を使用しておいた。コイツはかなりハンデを与えないとチルでは死んでしまう相手だ。いや、補助しても何回かは死ぬだろうけどな。
一歩先を行き目的の敵を見つけるこちらを見られる前に筋骨隆々としたその魔物を見てからチルのところへ戻った。
『サイレント』
消音魔法でチルが出す音がかき消えるようにする。
「これで近づくまで見つからないだろうからやってみろ」
「は……はい!」
いざ現場となるとさしものチルもビビっているようで、恐る恐るといった感じでホブゴブリンのところへ向かっていった。
バタッ、プチ……
あー……これはやられましたね。
小走りに現場に向かうとチルが頭から血を流して死んでいた。俺は時間遡行を利用して時間を戻す。チルはビビった表情のままで森から出ていくようにバックステップで戻っていった。俺以外見ていない光景だが滑稽なものだとは思った。
そして時間が戻る前に『ストップ』を使用して魔物の持つ石斧をナイフで切り刻んで使い物にならないようにしておいた。
戻ってチルが動き出したところで助言をする。
「ホブゴブリンなら武器を持っていなければ攻撃してから離れろ、飛び道具をとばすような知恵のある魔物じゃない、危ないと思ったらいったん下がれ」
「はい」
俺のアドバイス通りにチルは森へ入って行き、今度はホブゴブリンの絶叫が上がった。さて、チルのやつは無事勝てるのだろうか? 自分の頑張り次第ではある。
とりあえず結果を確認しに現場に向かうと、数カ所の切り傷を負ったチルと、ナイフで何カ所も刺されて死んでいるホブゴブリンがあった。
「やれたようだな?」
「は、はい……実感はないんですが倒せたんでしょうか?」
「間違いなくお前が倒したよ、俺が保証する」
まあ補助付ではあったが、ここまで出来れば薬草採集くらいは不自由しないだろう。
「じゃあこれをストレージに入れて……」
「いえ、少し待ってください」
そう言うと呪文を唱えてホブゴブリンの死体を浄化し、アンデッド化しないようにした後、耳を自分のナイフで切り取った。
「今回は間違いなく私が大物を倒した証拠にしたいのでクロノさんは持っていかないでください」
「……わかった」
それだけ言って俺たちはギルドに帰った。やはりというかなんというか、訝しい目で見られたものの、最近の成果の賜物だろうか、ロスクヴァさんも一応チルのことを信用したようだ。相変わらず向けられる俺への胡乱な視線も気にしない事に決めた。
「それでは、こちら報酬になりますね」
「はい! ありがとうございます!」
こうしてギルドを出るとチルが謝礼を支払おうとしたのだが、俺が何かしたと思われても困るので今回は丁寧に辞退した。まだ貯蓄に余裕はたっぷりあるしな。
そうして一仕事こなした後に飲む酒はとても美味いものだった。
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