第376話「劇団が来た」

 朝食を済ませ、町をぶらついているとチラシがそこかしこに貼ってあった。


『劇団ジュエリー公演! 当日チケットあり」


 劇団のショーをするのに当日チケットがあるのは珍しい。あまり売れていない劇団なのだろうか? なにしろ俺も聞いたことのない劇団だからな。


 なんとなく珍しく思えたのでそこに向かうことにした。幸い今日は平和なので面倒な依頼などは出ていない、ギルドではネリネさんに『来たんですか……』ととてもやる気のない対応をしてもらった。実際急ぎだったり報酬の良い依頼がなかったりしたので俺は依頼を受けずギルドを出た。


 チラシをよく見ると、商人たちが設営しているテントの近くに公演会場として大規模なテントを設営しているらしい。暇つぶしには丁度いいな。次の公演は……昼からか。


 正午からなのでそれまで暇を潰すために食堂に入って早めの昼飯を食べることにした。オーク肉のステーキを食べているわけだが、隣で劇団のものであろう、ショーの感想を言っている人が近くにいた


 俺は自分の耳に時間停止を使って話が聞こえないようにシャットアウトした。


 無音の中ステーキを食べ、時間停止を解除して、お金を払って店を出た。そして劇団のテントに向かうとそこには大規模な円筒形の上に布を張った大きなテントが出来ていた。このサイズなら公演にも十分なスペースがあるな。


「さて……演目はなにかな?」


 そんなことを考えながら立ててある看板を見るとこう書いてあった。


『勇者列伝! 最強勇者と魔王軍四天王』


 なんとなく嫌な思い出が蘇ってくるような演目だった。というかあいつら魔王軍の幹部と戦うほどの実力はないだろ。バッドエンドで終わらせる気か? それはそれで斬新だとは思うが……


 考えていても答えは出ないので受付に当日券を買いたい旨を告げた。


「あの、この公演の当日券ってまだありますか?」


 受付の少女は目を輝かせてチケットを渡してきた。


「金貨五十枚になります!」


 まあ……そのくらいなら払ってもいいか。ストレージから小袋を取り出し支払った。金額を確認して『中へどうぞ』とテントの中に案内して貰った。


 しかしこの劇団は……


 そう、あまりにも客が少なかった。当日券があるような劇団なのだから当然と言えば当然なのだが、座っている人はまばらで、自由席で舞台がよく見える席が空いていた。


 そこに座って待っていると、劇の解説冊子が配られてきた。観客が少ないからこそ出来るサービスだろう。しかもこの冊子、有料で配られていてもおかしくないような紙質のものだった。


「えー……本日は『勇者と魔王軍四天王』公演に来ていただきありがとうございます。それでは始まるまでの時間パンフレットをご覧になってお待ちください」


 そんな声が聞こえてきたので薄暗いテントの中でその冊子を開いてみた。中には勇者たちの活躍が載っていたのだが……やはりというかなんというか、俺の存在は綺麗に消されて勇者の冒険譚が書かれていた。いや、見覚えのあるエピソードなのだが、勇者たちは記憶にないにせよ俺がなんとか助けたのにそれはすっかり無かったことにされていた。


 まあいいんだけどさあ……勇者たちは元気でやっているのだろうか? 魔王軍と戦ったら初見で絶対に死んでいると思うのだがな。


「それでは公演を始めますので皆様楽しんでいってください」


 その声と共に舞台に照明が灯った。オイルランプの照明はなかなか雰囲気を感じられる。


 そして公演が始まったのだが……内容は魔王軍四天王に攫われた王国の姫を助ける話。勇者とその仲間が必死に戦いたどり着いた四天王のもとで、姫からの愛によって奇跡が起こり、勇者が奇跡の力で魔王軍を退けるという内容だった。


 正直なところ語るにおよばないような内容だった。勇者のワンマンパーティになっているし、勝つ理由が奇跡の力というのも陳腐だ。なにより……なにより勇者はそんなに強くない、そう主張したいのだ。


 そんなことを考えているうちに勇者役が敵を倒し、姫を救い出し帰還するシーンになった。こういう美味しいところをとっていくのは非常にリアルだなと思う。


 始終ツッコミを入れたくなる演劇だったのでついつい最後まで見てしまった。引き込まれるというよりは、傍目から見ておかしいシーンが次から次へと出てきたので退屈しなかった。


 まあ……一応勇者様の物語と言うことになっているし、もし勇者自身に脚本を書かせたらこんな内容になるだろうなと思える話だった。


 終幕を迎えまばらな拍手が起きて、テント全体のランプが灯った。


「皆様、我々の演劇はいかがだったでしょうか、素晴らしい演劇を出来たと自負しております。皆様が楽しめたことを信じて終幕とさせて頂きます。


 座長の挨拶が終わったので俺はテントを出た。正直言ってあまり良い脚本ではなかったが、演技という点ではなかなか迫力もあったし炎や水の演出もなかなか凝っていた。出来ればもう少しマシな脚本を用意した方が良いだろうな。そう思って貰った冊子を見る。


『監修、勇者ブレイブ』


 ……なんと言っていいのだろう、まさかの勇者監修だった。それならあの誇張も納得だ。むしろ勇者があの程度で我慢したのだから褒めてやるべきかもしれない。


 そしてカフェに寄り、劇の解説冊子を眺めてみた。驚いたことに勇者たちが魔王軍と日常的に戦っているだとか、ドラゴンなんて瞬殺出来るとか、驚愕のインタビューが載っていた。俺がいなくなってからも鍛錬を続けてドラゴンを倒せるようになったとかだろうか……? 無いな、あの勇者が地道に鍛錬するなどとは思えない。生まれ持った力で生きてきた連中だ。


 そして勇者の冒険譚のページではいかに自分が偉大であるかの自慢話が掲載されていた。その中のイベントに俺の助け無しでは死んでいたであろうイベントも大量にあったし、金目当てで受けたろくでもない依頼については伏せてあった。あきれながらコーヒーを飲む、そうすると苦味があの頃を思い出させてくれる。


 あれだけ世話の焼けるやつが自信満々に語っている様はもはや面白くさえあった。そして最後のページに勇者の歴史が載っていた。そこに俺の名前は一切載っていなかったのだが、果たしてここに名前を載せることが名誉なことなのかどうかは言うまでも無いだろう。全ては客の入りが表している。


 俺はその晩、勇者たちに押しつけられた安酒をストレージから取り出して飲みながら、あの苦い過去に思いを馳せたのだった。

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