第375話「デザートゴブリンの討伐」

 いやあ、ここのところ面倒な依頼が多かったな。こうして静かに朝食を食べられるのは貴重なことだ。オーク肉のステーキを食べながら考える。目立つ依頼ばかり受けていたのでどうにも面倒事がこちらに回ってきているような気がする。平和を望んでいるのに闘争ばかりしている気がするのだ。


 商人の以来を連続で受けたことだし、たまにはギルドに出向くとするか。ネリネさんが不機嫌になっていそうなのでたまには顔を出しておこう。あの人も俺に頼りきりというのはどうかと思うんだよな。


 オーク肉が皿から無くなったところでフォークとナイフを置いて宿を出た。ギルドに向かうわけだが美味しい依頼はあまり残っていないだろうな……あそこは競争率が高いからな。


「クロノさん! あなたはこの依頼を受けてください」


 そう言ってギルドに入るなりネリネさんに依頼票を差し出された。理由を聞こうとしたのだが圧が凄い。


「ちょっと待ってください! いきなりなんなんですか!? まだクエストボードも見ていませんよ?」


 しかしネリネさんは堂々と言う。


「ペナルティです!」


「ペナルティ?」


 はて、何かギルドに不利益なことをしただろうか? まったく心当たりがないのでそんなことを言われても何が悪かったのかさっぱり分からない。しかしネリネさんは俺に対して確信的に瑕疵があったと思っているようで堂々と俺に言う。


「クロノさん、ギルドを通さずに依頼を受けましたよね?」


 あくまで営業として笑顔を保っているが内面で切れているのがわかりやすい。というかギルドを通さないからなんだというのか? ギルドの稼ぎにはならないだろうが、リスクは自分で引き受けたのだから文句を言われる謂れは無いぞ。


「でも、ギルドを通さないからと言って自己責任で受ける分には自由ですよね?」


「そういう問題ではないんですよ! 大きな依頼を個人で受けられたらこっちも商売あがったりなんです!」


「えぇ……」


 完璧にギルドの都合ではないか、しかしギルドの方が立場が強いのもまた本当のことだし、出来れば良好な関係を維持しておきたいのも本音だ。ギルドと利用者は建前上対等だが実力者と何とか食っていくために来ているやつ、それとギルドでどうしても序列が出来てしまう。ギルドが強権を持っているのはしょうがないことなのだろう。


「というわけでクロノさんは『デザートゴブリンの討伐、報酬金貨百枚』を受けて頂きます!」


「報酬が安すぎませんかねえ!」


「あら、非公式の依頼で十分に稼いだのでしょう? それならお金に余裕はあるはずなんですがねえ……?」


 くっ……確かにギルドの仲介料無しの分それなりの金額だったが……別に禁止されていることをしたわけでもないのにこの扱いは酷くないか?


「それ一件だけ受ければいいんですね?」


 次から次へと無茶な依頼を増やされても困る。この一件だけでネリネさんの怒りが収まるならそれでもいいだろう。ギルドとの関係は良好にしておきたいというのもまた本音だしな。


「はい! 砂漠地域にゴブリンがわいたので討伐を頼まれまして……公共の地帯に出てきたので安値でギルドに投げられた依頼なんですよ。というわけなのでクロノさんがこの金額で受けて頂ければとっても助かるわけですね」


「俺としては出来れば勘弁して欲しいんですがねえ……」


「あらあら、可愛い商人さんに鼻の下を伸ばしていたって噂ですが?」


「どう考えても根も葉もない噂ですよねえ! 風説の流布はやめてもらえませんかねえ!」


 勘弁してくれ、そんな噂が立ったらたまったもんではない。ゴブリンを倒すくらいどうと言うことではないが正当な対価くらいは支払って欲しいものだ。この町以外であればそれなりに高いのであるが、いかんせんこの町の報酬は他がやたらと高すぎる。


「では受けて頂けますね?」


 ほとんど脅迫のように言うネリネさんに俺もどうにも反論できず頷いてしまった。結局受ける以外の選択肢は無いのだろう。世の中は何が災いするかなんて分かったものではないな。


「そこまで言われては受けるしかないですね、それで手打ちと言うことにしてくださいよ?」


「もちろんです! では受注処理を進めますね」


 こうして俺はゴブリンの討伐をするハメになった。選択肢など無いのだろう、仕方のないことだ。


「それではクロノさん、いってらっしゃい!」


 良い笑顔で言うネリネさんに悪態をつきたくなったが倍になって悪意が返ってきそうだったので俺はそっとギルドを出た。目的は砂漠。デザートゴブリンと言うことはそれほど難しい相手ではない。さっさと倒してギルドに報告を上げよう。


 急ぐ理由は何もないのでのんびり歩いて町の出口まで来た。


「助かったよ、あんたが受けてくれないと俺らみたいなのが狩り出されるんだ」


 そう門番は言っていた。別に俺が受けなくてもよかったんじゃあないだろうか? あるいは私怨なのかも知れないな。ネリネさんを敵に回さないように気をつけることにしよう。


 門を出て『スロウ』を使用して汗をかく量を緩やかにした。暑さの方も伝わりにくくなるので便利に使うとしよう。


 そして歩いて行くとゴブリンが巣を作っている砂漠の荒野地帯にたどり着いた。見たところ数十匹のゴブリンが僅かな虫の類いなどを掘り起こして食べながら生きていた。慎ましく暮らしている連中には悪いが倒させてもらうとしよう。残念ながらゴブリンと人は共存できないのだ。


『クイック』


 加速してナイフを取りだし目にもとまらぬ速さでスパスパとデザートゴブリンの首を切り落としていく。絶望する暇すらないほど一瞬で切り裂いていったので苦痛はなかっただろう。


 そしてゴブリンたちの体をまとめてストレージにしまった。そして町にのんびりとした歩みで帰った。日も傾いてきているので涼しげな風が吹き付けてきていた。ゴブリンを倒すのは簡単だからと言って俺に安直に受けさせるのはなんだか納得がいっていなかった。


 そこで俺はギルドに戻るとデザートゴブリンの耳を切り取ったものを討伐の証拠として提出した。ネリネさんは満足げに頷いていたので依頼は無事完了となった。


 ――商隊テントにて


「では、この事は内密に……」


「クロノさんもただでは済まさないんですねえ」


 俺はエルさんを見つけ『デザートゴブリンの素材を売る』と持ちかけテントに案内された。そこで大量のゴブリンの死体を取り出すと多少の金額がついた。ギルドに売るより高額がつくし、このくらいの役得はあってもいいはずだ。


「クロノさんもなかなかやりますね……」


「商魂たくましいでしょう?」


 そう言って報酬の袋を受け取りながらエルさんと笑い合った。

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