第374話「ワイバーンが来たので商人たちが俺に指名依頼を出した件」

 その日、町をぶらぶらしていると高級料理店に『ドラゴンステーキ期間限定提供中!』と書かれた看板が出されていた。その材料のドラゴンが何であるかと、やたら俺が商人にドラゴンを売ったタイミングと近いなあなどと訝ることは大量にあったが、その材料が俺が狩ったものだとしても所有権はもはや商人たちに移っていたのだから気にしないことにした。


「あ、クロノさん!」


 その店から出てきたのはエルだった。にこやかな顔をして俺を見るなり、新しいおもちゃでも見つけたかのように駆け寄ってきた。


「エルさんですか。奇遇ですね」


「いやー! クロノさんに納品してもらったお酒のおかげで私のランクも上がりましたよ! おかげさまでお金に困らなくなりましたよ!」


「そうですか、よかったですね」


 俺はもうその時点で逃げる準備をしていた。また何か買い取られそうな気がしたからだ。あまりたくさん売るものはないのでここは引き下がろう。逃げるにしかずとはよく言ったものだ。


 クルリと背を向けた俺の手をギュッと掴まれた。


「なんですか? エルさんばかりを贔屓するわけにもいきませんよ?」


「まあまあ、お話は最後まで聞いてくださいな。決して悪いお話ではありませんから」


「やっぱり商談なんじゃないですか! そういうのは気が進まないんですよ」


 俺の勘はどうやらピタリと当たったようだ。こういう事に巻き込まれないことが長生きの秘訣だ。別に極端に長生きしたいわけでもないのだが、不要な危険に巻き込まれるのはゴメンだ。


「クロノさん、話は最後まで聞いてくださいな! 悪いようにはしませんから! ね?」


「嫌ですよ、俺は安全に生きていきたいんですよ。どう考えても俺を金づるにしようとしている人と好き好んで関わるわけないでしょう!」


 エルさんはやり手というか、欲望が大きいというか、とにかく貪欲に奪っていくタイプだ。代金はきちんと払うようだがだからといって必要な物まで奪うような人とは関われない。


「あーあ……せっかくクロノさんが儲かるお話なんですけどねえ……もったいないなあ」


「儲かるっていってもどうせ危険があったりするんでしょう? 俺は危険から逃げるのは得意なんでね」


 そう言って逃げ去ろうとすると、エルさんが頭を下げてきた。困るんだよなあ……下手に出られると答えないわけにもいかないような気がしてくる。バックレるのが一番安全なのだが、誠意を見せられてしまうとそれに応えないわけにもいかない。


「しょうがないなあ……話くらいは聞きますよ」


「ホントですか! じゃあ是非このお店で話し合いましょう!」


 そう言って俺の手を引いて高級料理店に入ろうとするのでエルさんを止めた。


「いいんですか? ここってどう見ても高いんじゃ……」


「気にしないでください! クロノさんとの話し合いに使ったと言えば経費で落ちるのは間違いありませんから!」


「怒られそうなことを言っているのは自覚があるんですか!?」


「大丈夫ですよ! 私の懐は痛みませんから」


 そう言ってグイグイ引っ張られその高級な店に連れ込まれた。中では金を持っていそうな連中が談笑を上品にしていた。明らかに旅人の俺は場違いな気がするのだが、ラフな格好をしているのはエルさんも一緒なので、正装でないと入れない店というわけではないのだろう。


「オーク肉のコースを二人分」


 エルさんはそれだけ言って俺との商談に入った。


「さてクロノさん、私の依頼なのですが……」


「なんの無茶振りですか? こんなところを使っても許される位なんですからそれなりに面倒なのだと思ってますよ」


「ふふふ、話が早いですね」


 サラダを食べながらエルさんは本題に入った。


「実はですね、この町の近くの岩場にワイバーンが住み着いたという話でして……」


「討伐しろと?」


 話の流れからいって討伐して欲しいという話になるだろう。ワイバーンくらい倒せない相手ではないが、それを見せてしまうと手の内が明かされてしまう。リスクは避けるに限るのだ。


「まあ討伐は討伐なのですが、出来るだけ綺麗な状態で倒して欲しいと我々としては思っているわけですね、あ、このスープ美味しい」


 食事をしながら器用に喋るものだ。しかし俺がどうやって綺麗な状態で討伐可能だと知ったのか……そうだな、ドラゴンを綺麗な状態で提供したのだからワイバーンにそれが出来ないはずはないな。


「というわけでクロノさんには綺麗なワイバーンの素材を提供して頂きたいわけですね。町のギルドで頼むとボロボロのものになるとギルマスがはっきり言っていましたからね」


 ギルマスも一人くらい頼りになるやつを紹介できないのか……


「そんなわけなのでクロノさん、お願いしますね!」


「俺が受けるのは前提なんですか……」


「そうでないとここの料金が経費で落ちませんよ」


 ステーキをかみ切って柔らかな笑顔をこちらに向けるエルさん。もはや逃げ場はないということか……災難なものだな。


「分かりました、俺も不用意にこんな店に入るべきではありませんでしたね。受けますよ、受ければ経費で落ちるんでしょう?」


「流石クロノさん! 話が分かりますね!」


 どこまでも調子のいいエルさんにあきれながら、ワイバーンの滞在しているという岩場の場所を聞いた。場所さえ分かってしまえばどうにでもなる。しかし一つ心配事も……


「エルさん、討伐は構いませんがその様子は誰にも見せないようにお願いしますよ」


「ええ、そのくらいは簡単なことですが知られるとマズいことでも?」


「エルさんみたいに情報にめざとい人間がよってたかって依頼をしてくるのを防ぐためですよ」


 彼女はきちんと頷いてくれたので了承ととって俺は席を立った。


「では、ちゃちゃっと討伐してきますよ、エルさんの依頼ということでいいんですね?」


「はい!」


 そんなわけで俺はワイバーンのいるという岩場にやってきた。亜竜種とはいえそれなりの金になるのだろう。そういえば金の話をしなかったが、まあ報酬に不満があるなら売らなければ良いだけの話だ、死体はこちらの収納魔法でしまわれるのだからな。


「ガルルルル……」


 ワイバーンは聞いたとおりその岩場におり、日光浴をしていた。すぐに死体になるとは思ってもいないのだろう、人が明日死ぬことを想像しないように悠然と寝ていた。


『グラビティ』


 重量を増したワイバーンの体が地面に押さえつけられる。流石に目を覚ましたようだが、もはや手遅れだ。


『ストップ』


 ワイバーンの時間を停止したので動くことも出来ずピタリと止まった。俺は慎重に近づきその身体を観察する。エルさんは出来るだけ綺麗にと言っていたので首を切り落としたりはするなと言うことだろう。


 そっとワイバーンの体に触れて太い血管が通っている首筋を狙ってナイフを刺す。きちんと致命的な傷になったのを確認して時間を動かす。


「グルルル……」


 血液は重さを増し、どんどんと体の外に流れていく。しかし自分の体の重さでワイバーンは動けない。じきに重さによって血液は流れきりワイバーンの意識は無くなった。


『ストップ』


 再び時間を止め、ほぼ完品のワイバーンの死体を収納魔法でストレージにしまう。これにてお仕事は完了だ。


 町に帰ると商人のいる区画に向かった。すぐに俺を見つけたエルさんが近寄ってきた。


「クロノさん、首尾はいかがでしたか?」


「ほぼ完璧……だと思う」


「ではこちらへどうぞ、クロノさんに依頼したのが私であることをお忘れなく」


 そう言って俺の手を引いて巨大なテントに招き入れた。俺の顔を知っている商人が対応に回ってくれた。


「おや! クロノ殿ではないですか! 本日はいかがいたしましたかな?」


「ああ、頼まれて……」


 コツンと脇腹をつつかれた。


「エルさんに頼まれてワイバーンの死体を調達してきたんですよ」


 すると出迎えた商人は驚愕の表情を浮かべた。


「なんと! ワイバーンの死体ですか!? それは信じがたい……いや、クロノ殿なら可能なのでしょうな」


 納得して頂いたようだし……


「ここに出して問題ありませんね?」


「ええ、もちろんですとも!」


 俺はワイバーンの死体を収納魔法で取り出す。それを見るなり商人たちが群がってきて査定が始まった。


「このワイバーン、傷は? 見当たらないんだがちゃんと死んでいるよな?」


「ここに傷がある。一撃だな……」


「嘘だろ……ワイバーンの急所を突いたって言うのかよ……一撃だろ?」


「信じがたいがそれ以外傷が無いな」


 そうして死体を観察する時間がしばらく続いて、問題無い状態だったようで報酬の話となった。


「さて報酬ですが、金貨七千枚でいかがですかな?」


 ふむ……情報をもらったのはエルさん経由だしそんなものだろうか。ちなみにあの料理店の代金は二人で金貨千枚だったのでそれも考慮に入れている。


「いいでしょう。その金額で売りましょう」


「ありがとうございます!」


 気前の良い商人との交渉は終了して金貨を持って帰った。


 ――クロノの去った後


「よかったああああああああああああああああああああ!!!!」


「エル、お前がクロノ殿に依頼を出したと聞いた時は半信半疑だったが確かに本当だったようだな」


「そうですよ! だから接待代金を経費で……」


「しゃーねえなあ、今回は商隊持ちにしておいてやる。次は過剰接待は禁止だからな」


 こうして一人の商人がしばらくただ働きをさせられそうになっていた事態はなんとか避けられたのだった。

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