第372話「ドラゴンの素材を売ってくれと請われた」

 本日、いつもの宿で食事を取っていたのだが、商人の皆様に美味しい食事とふかふかのベッドを提供されていた身としては普通の食事に普通の寝床がどうにも貧相に感じてしまう。決してこの宿が悪いというわけではない、一度上がった生活の水準は容易に下げがたいというだけのことか。


 固いオーク肉を噛みちぎり、固めの黒パンを食べて朝食を終えた。宿のグレードを上げようかとも思ったのだが、この町レベルの宿をどこの町にでも求めるのは国というものだ。ここで快適至極な生活に慣れてしまえば他の町にいった時、最高グレードの宿に泊まっても満足できない可能性が大いにある。そんなわけで豪華で絢爛な宿を求めるのはやめて元の宿で過ごすことにした。


 ギルドで稼いで余裕のある生活というのにも憧れるのだが俺は自慢ではないがそんな贅沢をしたら金に困って破綻するのが目に見えている。だから安い依頼を受けて安い宿に泊まる、それが正しい答えなのだと思う。


 そして結局ギルドに入ったのだが、そこでは思わぬ顔が待っていた。


「おや! 奇遇ですな、先日はお世話になりました」


 商人がニコニコ顔で出迎えてくれた。この商人は先日俺に良い暮らしというものを教えてくれた連中の中にいた一人だ。なんとなくだが無理難題を押しつけられそうな気がして憂鬱になる。


「何のご用でしょうか?」


 金勘定に関係無く来るような奴らでは無いことくらい知っている。しかし逆に言えばコイツらがいつも何を目的に動いているのかは知らない。結局推察するしかないのだが、秘密主義の俺の所へ来るというのは何かあったに違いない。


「実はですな……」


 商人がコソコソと話をするように俺に近寄ってきた。おっさんに近寄られても暑苦しいだけなのだが、何か用があるのだろうしそのくらいは聞いてやるか。


「クロノ殿がサンドドラゴンを討伐したと我々の情報から聞き及びましてな、是非その素材を売っていただけないかと思いまして……」


 ふむ……周囲から目立たないように小声で交渉を持ちかけたのは評価してやろう。しかし、しかしだ……


「どこでその信用ならない与太話を聞いたのですか?」


 俺がそう尋ねると商人は無言でギルドの受付の方を見た。このネリネさんは本当に情報を簡単に漏らしてくれるな、結構な人材だよまったく。ネリネさんはギルド職員などではなく情報屋をやった方がいいのではないだろうか、そう思わせてくれるくらいの情報の大サービスだった。ついでに言っておくなら俺にもきちんと情報を渡して欲しいものだ。金を持っているヤツが正義のこの町ならではの価値観でもあるのだろう。


「クロノ殿、その噂は真実なのですかな?」


 俺は全てを諦めた心境で答えた。


「そうです、全て真実ですよ。しかし真実だからと言ってペラペラ喋る人は信用なりませんね」


 チクリと聞こえるように嫌味を言っておいた。ネリネさんはどこ吹く風といった顔をして俺の言葉を聞き流していた。この人のメンタルはオリハルコンよりも柔軟で固いのではないだろうか?


「それでは我々に売却してくださいませんかな? 無論このギルドへの売却をするより良い値段をつけさせていただきますぞ」


 はぁ……もう手の内が全部バレているならここで断ってもしょうがないな。さっさと売却してお帰り願おう。


「分かりました、売りますよ。どこで査定をしますか?」


 ギルドの査定場もあるが、ギルドに売却しないなら使用料がかかる。目の前の金に目がない商人がそれを考えていないはずがないだろうと理解していた。


 すると商人はギルドの出口に向かって行き、俺を手招きした。どうやら自前の査定用スペースがあるらしい、結構なことだな。


 俺たちがギルドを出て商人たちがたむろっている区画に向かうと、そこには冷却魔法の込められた魔石で空調を完備している涼しいスペースが広がっており、様々な商談が繰り広げられていた。俺はその中にあるテントの中でも一番豪勢なものの中に招かれた。中では商人たちが待ち構えており、俺が座るなり酒を美女が注ぎに来た。至れり尽くせりだな。


 そして目の前の恰幅のいい男が俺に声をかけた。


「あなたが『竜殺し』ですな?」


「その二つ名は恥ずかしいのでやめてください、俺はクロノです」


 竜を倒したことはあるが別にそれを誇りたいわけでもないし、その噂に引き寄せられて面倒な話が舞い込むことだって十分あり得る、そう言った厄介ごとは芽の段階で摘んでおかなければならない。


「いや、失礼。単独でドラゴンを討伐したような方とは滅多にお目にかかれませんからな」


 ドラゴンだって弱いやつなら単独討伐可能な人間はそれなりにいるだろう、俺が特別ということは無いはずだ。


「それで、サンドドラゴンの素材で構いませんかね?」


「そうですな、我々もサンドドラゴンの素材を求めてここに来ましてな……大抵ここに来た時には討伐素材はパーティで分け合って散逸しているのを集めるのですが、今回は単独討伐を成し遂げたと聞きましてな、ついつい興が乗ってしまいましてな。不快にさせたなら申し訳ない」


 なんとか商談に入れたようだ。さっさと売り払って帰りたい。


「それではクロノさん、ここにサンドドラゴンの遺体を出していただけませんかな」


「分かりましたよ、よっと……」


 ストレージ内に収納されていたドラゴンの死体がドサリと落ちてくる。時間停止魔法は取り出す時に解除しておいた。


「まるで狩りたてのような綺麗なものですな……これはなかなか……」


 商人たちが総出でサンドドラゴンの死体を探っている。傷は致命傷となった一カ所のみだそれなりの金額がつくだろうとは思っている。


 しばし商人がああでもないこうでもないと喧々諤々な議論を交わしてから話が付いたらしく初めに俺に話しかけてきた商人がやってきた。


「素晴らしい状態ですし我々は交渉の余地すらありませんな。金貨一万枚、それだけ払いましょう。ご不満はありますかな?」


 結構な金額だ。当面よほど生活コストの高い町に行かなければ生活に困ることは無いだろう。商人も交渉して値をつり上げられても困るということだろうか。


「分かりました、その金額で売りましょう」


「おお! ありがとうございます! おい! クロノ殿に支払う金貨を持ってこい!」


 そうして運ばれてきたのは結構なサイズの金貨の袋だった。俺はそれをストレージにしまった。商談も終わったところだし宿に帰ろうとしたところで声をかけられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る