第371話「商隊の倉庫役になった」

 その日は大々的に商品をひっさげた商人たちが町の門から入ってきているのを見た。流石は経済が裕福なだけのことはある。商人共も客候補たちににこやかな笑顔を向けている。


 俺はそんな様子を宿の食堂に着いた窓から眺めている。あの商人たちもこの町の周囲には何も無いのだから、たまたまこの町に来たわけではなく、わざわざものを売り買いするためにこの町を目指してやってきたのだろう。


 そして商人たちに何か売れる良さげなものはないかと考えた末、この町で売った方が商人に売るより金になるのではないかと思い至った。


 そうしていつも通り宿を出てギルドに向かうのだが、商人たちが道ばたで目をギラギラと金払いのよさそうなヤツに向けているのが印象的だった。


 そんな目で見られたところで俺は金を払うつもりはないのだが、向こうさんもそれをなんとなく分かっているのか俺の方へ届く視線はほとんど無かった。おかげで快適にギルドまでの道を通れたのだが、ケチだと思われているなら少しの悲しさを覚えてしまう、必要無いことに金を払わないだけでそう思われるのは心外だ。


 とはいえ買う意志がないというのに買うそぶりを見せるのも失礼なので視線をそらしながらギルドに入った。ギルド内では酒と食べ物を商人が販売しており、それを買ってギルドで調理サービスを頼むという商売をしていた。俺は朝飯を食べたばかりなので縁のないサービスだな。


 クエストボードを見ようと、そちらに向いたところで背後の受付の方から声がかかった。


「クロノさん! 指名依頼が来てますよー!」


 やれやれ……どうやらトラブルはいつ起きるか分かったものではないと言うことか。回避不能なアクシデントが起きるのはしょうがないが、指名依頼に俺を当てにして担当させるのはやめて欲しい、そういうのは常連の仕事だろうが。


「なんですかネリネさん。俺に依頼なんて出す物好きがいたんですか?」


 ネリネさんもうんざりと言った顔をして言う。


「実は、クロノさんである必要は無いんですがね……とにかく優秀な収納魔法持ちを雇いたいとたっての希望なのでね」


 収納魔法なんて珍しくもないだろうに、よほど大きなものでもしまい込みたいのだろうか?


「収納魔法を使える人くらい居るでしょう? この町は優秀な人が集まってくるじゃないですか」


 俺以外にも大容量な収納魔法持ちが出てきてもおかしくないはずだし、ギルドの依頼を渋々受けることの多い俺より、喜々として受けている従順な人材の方が適当ではないだろうか。


「クロノさん……もしかして自分の収納魔法がかなりの容量だと知らないのですか?」


 唐突な発言に俺は困惑した。確かに容量はそこそこあるが、並ぶものが無いといえるほど自慢にしているわけではない。確かに容量節約のために空間圧縮で実質容量を増やしてはいるがそれでも最高峰だとは思っていない。


「俺はごく一般的な容量しかないと思っていますがね」


「クロノさんは一体何を基準にしているんですか? まるで基準を賢者様とでも比べているようなのですが……」


 何を言っているのだろう、そんな大層なものな訳ないではないか。


「大したことないでしょう? 昔組んでいた連中はまったく珍しがっていませんでしたよ?」


 勇者たちが何でもかんでも押しつけてくるから俺はそれを引き受けて入るだけストレージに入れていたのだ、それを『凄い』とか『天才』とか褒められたことは一切無い。収納魔法をちょっと使えるヤツ程度なのだろうと思っているのだがな。


「大したことですよ……それはこの際置いておいて、今回の依頼はかなり簡単ですよ、聞く価値はあると思いますがね」


「本当だったら確かに素敵なことなんですがね……」


 ギルドにとって金になるというのは受注者にとって金になるというわけではない。それでもギルドの取り分も増えるが、同時に受注者への依頼料もきちんと増えるので悪いことではない。問題はネリネさんが『簡単』と言ったが本当にそうであるかどうかということが問題だ。


「本当ですよ! 今回は収納魔法で荷物をしまって数日間過ごすだけでいいんですからね!」


 なるほど、確かに旨みのある依頼だ。しかし……


「なんでそんな奇妙な依頼があるんですか? 普通に金庫にでもしまっておけばすむ話では?」


 要するに俺を金庫代わりに使いたいと言うことだろうが、だったら初めから本物の金庫を買った方が圧倒的に早いだろう。


「実は……商人さんが大量にこの町に入ってきたのはご存じですよね?」


「そりゃまあ……すぐそこでものを売っていて気づかないわけがないですしね」


 ギルド内で取り引きをしているのに気が付かないはずがないだろう。


「その商人の方々の荷物持ち担当の方が収納魔法を使って持っていたのですが、体調を崩されまして……数日間で元気になるそうなのですが、それまで荷物を保管してくださる方を探していまして」


「なるほど、そこで収納魔法持ちが必要になったと?」


「そういうことです」


 悩むところだが商人の金払いがいいなら受けることもやぶさかでは無い依頼だな。


「ちなみに報酬は?」


「金貨五百枚です、衣食住は向こうが担当してくれるそうなので、本当に収納魔法を使うだけでお金になる依頼ですよ」


 安いな……というのが正直な感想だが、商人がその間の生活を監視も兼ねて保証してくれるなら悪くない金額だ。一度収納してしまえばそれを取り出すだけで済むのだからほぼ寝ているだけでもこなせる依頼だ。


「そうですね、受けましょう。商人さんを紹介して頂けますか?」


「はい! ラドルさん! 受けてくれる方が来ましたよ!」


 ネリネさんはギルドの食事席の奥の方に向けて声を張った。それに答えていかにも裕福そうな小太りの男が一人こちらにやってきた。


「こちらの方が?」


「はい! 実力はギルドが保証しますよ!」


「それは心強い! あなたのお名前は? 私はラドルと申します」


「俺はクロノです」


「では早速ですが急ぎで収納魔法でしまっておいていただきたいものから順に運んできますので少々お待ちくだされ」


 そう言うとラドルと名乗った商人はパンと手を叩いて部下であろうものを呼び、何か耳打ちをしていた。俺はただそれを見ているだけだった。


 そうしてしばし待っていると商人たちが籠を持って入ってきた。大体一個で大人が一人は入れるくらいのサイズの籠を背負った商人たちが、俺の所へそれを持ってきた。


「日が当たると質に関わるものでしてね、入るだけ入れていただけますかな」


「はいよ」


 俺は収納魔法でストレージに商人用の区画を作りそこへポイポイと籠を入れていった。全部を入れたところでこれで全部かラドルさんに確認した。


「これで全部ですか?」


 ラドルさんは何かに驚いた顔をしていたが、すぐに顔を戻して俺の方を見た。


「はい、収納魔法が必要な物は全部ですな……それにしてもクロノさん、かなりの収納力を持っているようですな」


「大したことはないですよ。これを保管しておくだけでいいんですね?」


「はい、それで構いませんとも。申し訳ないが商品なのでクロノさんはウチの商隊の連中が回復するまで管理下に置かせていただきますが構いませんな?」


「ええ、三食付で監視されるくらいどうって事はないですよ」


「ではついて来てくだされ、私が滞在している宿屋の隣に部屋を取っておりますからな」


 そうして連れて行かれた宿は俺の泊まっているものとは天地の差で、その上層階だというのだから驚きを隠せない。俺の部屋には家具が一通り揃っており、待っていると昼食が運ばれてきたのだが、それが非常に豪華なオーク肉のステーキだった。


 オークの肉とは思えないほど柔らかく、これ目当てに泊まるヤツもいるらしいものだそうだ。


 それから数日は楽園にいるようだった。掃除も洗濯もサービスであり、毎食運ばれてくるし、やることと言えば商談がまとまった人たちにストレージから籠を取り出すくらいだった。


 あっという間に心地よい二日間は過ぎて、収納魔法持ちが回復したからと俺はお役御免となった。


 そして商人立ち会いの下収納魔法持ちに預かっていた籠を渡した。収納魔法持ちを複数人雇ってこの町にやってきていたのには驚いたものだ。しかし割のいい商売というのがこの世にはあるのだなと、受け渡しが終わって報酬を受け取った時に思ったのだった。

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